第66話 迎え
「……化けもんかよ、あの女」
俺は夜空に消えた女を見つめながらそう呟く。ドラゴンの召喚。上級竜でこそ無かったが、現代の召喚師では手も足も出ない領域だ。あろうことかそいつを召喚しやがった。
「……ちょっと、下ろしなさいよ」
ん? と俺はがきんちょを抱えたままだった事に気づき。地面に下ろした。
「あれは、一体何なのよ」
がきんちょは自分の体を抱きしめつつそう呟く。だが、そんな事は俺が知りたいぐらいだ。
「まぁ、生き残れてよかったな」
俺は崩壊した2階を見つつそう言った。あの様子では生存者は数少ないだろう。
「アデム! 大丈夫ですの!」
俺がついて来るのが遅れているのを心配して戻って来たシャルメル達がそう叫ぶ。
「ちょうどよかった、ジム先輩、こいつ預かってて」
俺はがきんちょを先輩に預けると、崩壊した二階へと駆けだした。
「来い! フラ坊!」
フラットウッズの聴覚は人間を遥かに凌駕する。崩壊した建物の下から要救助者の呼吸音を探し出すなんて朝飯前だ。
だが、その試みは不発に終わった。
「生存者……無しか」
フラ坊の類まれ無い聴力を持ってしても聞こえてくるのは、瓦礫がパラパラと崩れる音と、外部の騒ぎ声、瓦礫の下から聞こえてくる音は何一つ存在しなかった。
「だが消えちまった訳で無いな」
瓦礫の下には無残に押しつぶされた死体が転がっていた。俺も伊達に神父様の手伝いをしていた訳ではなく、死体を見るのが初めてと言う訳ではない。
「綺麗な顔だな、まぁ洗脳されちまってたら恐怖なんて感じている暇なんてなかったか」
それは、せめてもの慰めになってくれるのだろうか。
しかし、生存者が誰一人として存在しないとは腑に落ちない。もしやこの会場に来た人たちを生贄にしてドラゴンを召喚したのではないか。
そんな不吉な想像をさせてしまう、そんな静寂が瓦礫の建物には宿っていた。
「アデムさん、どうでしたか」
シャルメルが悲痛な表情で問いかけるのに対し、俺は黙って首を横に振った。
「そうですか……」
落ち込み、顔を沈めるシャルメル、そして、顔を青ざめ茫然とする少女が居た。
「うっ……うそ……」
エフェットは茫然としてその場に立ちすくむ。
「残念ながらな」
俺の手は短く、この少女一人を守る事で精一杯だった。神父様だったならと、悔しさで拳を握りしめる。
「あー、シャルメル、所でこの子なんだが」
エフェットなんちゃらかんちゃら、シャルメルならば彼女の事を知っているかもしれないと思い問いかける。
「ええ、アデメッツ家の末子ですわ」
「そうだ、アデメッツだ、全く貴族の名前なんて一発じゃ覚えられっこない」
俺はそう言って、エフェットの頭をなでてやる。が、がきんちょは俺の脛を思いっきり蹴り飛ばした。
「気安く触んないでよ! 庶民風情が!」
ただまぁ、がきんちょの蹴り如きでどうにかなるような軟な鍛え方はしちゃいない。キョトンとしているエフェットを他所に、俺はシャルメルにこう尋ねる。
「で、アデメッツって何なんだ?」
「こっこの無礼者!」
がきんちょがワーワー騒ぐが、取りあえず無視。
「あー、おほん」シャルメルは咳払いをしてからこう説明をしてくれた。
アデメッツ家は反国王派の盟主と言うべき有力種族で、エフェットはその5人いる実子の内の末っ子なんだそうだ。
今回の夜会は若い連中同士垣根を越えて親睦を深めようと言う名目で開かれたもの。若い連中と言うにはあまりにも年若すぎるが、それが、アデメッツ家がこの夜会に付けた勝ちなのだろう。
「まぁ、そんなお偉いさんなら、迎えのものも直ぐに来るだろう」
「アンタ何なのよさっきから! 失礼にも程があるでしょ!」
貴族も農家も関係ない、がきんちょはがきんちょだ。
「はっ、今にもしょんべん漏らしちまいそうにブルっていたおこちゃまに言われても……ねぇ」
「しょ!? いっいいったい何なのよ! あんたは! シャルメル! こんな失礼な山猿何処から連れて来たのよ!」
はっはっは、逆上だろうが何だろうが、一時でも恐怖を忘れられたのならそれでいい。これも全て計算ずくだ!
「アデムさん、そのあたりにしておいてください」
シャルメルが苦笑いをしつつ、エフェットを宥める様に彼女の肩に手を置いた。しかしエフェットはその手を払いのけるとこう言った。
「馬鹿にするんじゃないわよ! ミクシロン家の施しなんて受けないわ!」
エフェットはそう言うと駆け去って行った。
「全く、君はどうしてこう女性の扱いが雑なんだ」
ジム先輩が呆れた口調でそう言うが、強力な姉と、甘えん坊な妹の間で育ったのだ。多少は雑になってもしょうが無いと言うものじゃないだろうか。
エフェットは突発的な事態に右往左往している従業員の所に言って更に右往左往させている。また何やら我儘を言っているんだろうが、取りあえずは無事だろう。
「そう言えば、シャルメル達は良く大丈夫だったな」
あの魅了の魔術はかなり強力な奴だった。耐性を持つ俺でさえ多少はくらっと来た程だ。
「それはまぁ、敵地に乗り込むんですもの、多少の用意はしておりますわ」
彼女はそう言って胸元をアピールして来る。そこには綺麗な緑色の宝石をあしらったネックレスが輝いていた。
「特級の精神耐性を誇るアミュレットですわ。そう言って彼女は微笑んだ。まぁそれはそうだ、両家のご令嬢である彼女が丸腰で挑む筈は無い。おそらくはそれ以外にも色々と仕込みはしてあるのだろう。
「まあ終わってしまったものは仕方がない。俺はエフェットの使いが来るまではここに残るから、シャルメル達は先に帰ったらどうだ」
「あらお優しい。もしかしてアデムさんはそう言ったご趣味がおありなんですの?」
シャルメルはそう言って意地悪そうに笑う。
「馬鹿言うな、『俺が付いてるから大丈夫』って約束したんだよ」
一方的な約束だが、約束は約束だ。それを違えるのは寝覚めが悪い。
「そうですね、
シャルメルは真面目な表情になってそう言った。やはり貴族様は面倒くさい。
「ではまた後で」そう言って彼女たちはこの場から立ち去った。あのドラゴンの動向は気になるが、遥か彼方へ飛び去ってしまってはどうしようもない。
暇になった俺がエフェットを眺めていると、トコトコと彼女が歩いて来た。
「どうしたエフェット、用事は済んだのか?」
「エフェット
相変わらずの我儘幼女、良いもの食ってるだろうに、どうしてこうなるのやら。
「アンタこそ、何時までここに残っているつもりなの、あの女はとうに帰ってしまったじゃない」
「ん? 約束したろ。俺が守ってやるって。まぁもう脅威はなさそうだがよ、お迎えが来るまでは一緒にいてやるよ」
「やっ、約束ってなんのことよ」
エフェットは顔を赤らめながらそう言った。照れているのは分かるが、そんな事は知った事じゃない。あの時握り返された手が約束の証だ。
「まぁいいだろ、俺の勝手だ。それよりお迎えは何時ぐらいになりそうだ?」
「今連絡に行かせたわ、もう直ぐ到着すると思うけど……」
エフェットは不安そうに俯いた。おそらくは、いや確実に彼女の従者たちも瓦礫の下敷きになってしまったのだろう。10にも満たない幼子が見も知らぬ場所で1人きり、不安にならない訳がない。
「まぁ、そんなら良かったな」俺はそう言って彼女の頭を優しく撫でる。
「だから、止めなさいっての無礼者!」
「ああすまんすまん、俺の妹はこうしたら安心してたんでな、つい癖だ許してくれ」
「なによそれ、訳わかんない」彼女はそう言ってそっぽを向く。うん、本格的に嫌われたようだが、彼女とは今夜きりだろうから無問題。それより、そんな風に萎れられるとかえって調子が狂ってしまう。
そうこうしている内に門の方が慌ただしくなってきた。エフェットの迎えが来たのかとそちらの方に目をやってみると、そこには剣呑な気配を漂わせた鎧姿の連中が押しかけて来ていたのであった。
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