第65話 女召喚師
俺に声を掛けて来たのは生意気そうな金髪のガキ、もとい少女だった。年頃は10に満たないだろうか?
「なんで私たちの夜会に、国王派のあいつが来てるのよ」
その少女は腰に手を当て、俺に糾弾して来る。そんなものは『アリアさん』と言うエサまで用意して俺たちを釣り出してきた風見鶏さんに言ってほしいものだ。
「俺……僕はお嬢様の付き添いですので」
「はん。付き添いもせずに間抜け面を晒している貴方が何を言っているのよ」
うーん、それは事実なのだが腹立たしい。一体ご両親はどういった教育をなさっているのだろうか。
「まったく、シャルメルも、こんなへっぽこ従者を表に出すなんて落ちぶれたものね」
散々な言いようである。
「あの、お嬢様。失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
だがまぁ、相手はお貴族様と言えども唯のがきんちょである、ここは年長者である自分が懐の深い所を見せて、大人の規範とならなければならない。
俺は、自己紹介をした後、彼女にそう尋ねた。
「まぁ! 私の名前を知らないなんて貴方は一体此処に何をしに来たのかしら」
がきんちょはやれやれと肩をすくめてからこう言った。
「いいわ、礼儀を知らない山猿に特別に教えてあげるわ。その貧乏くさい耳をよーく広げなさい。私の名前はエフェット。エフェット・ロノワール・セ・ラ・アデメッツよ!」
……はぁさいですか。取りあえず礼儀として話を振ってみたものの、その長ったらしい名前が何を意味しているのかさっぱりと分からない。
俺が、そんな間抜け面を晒していると、自己紹介が不発に終わった彼女がみるみる顔を赤らめ始めた。
「なによ! その反応は! 私はアデミッツ家の直系なのよ! 恐れおののきひれ伏しなさい!」
いやいや、無茶をおっしゃるお嬢さんだ。幾ら俺が土下座慣れをしているからと言って、何も意味なくそうすると思ったらお門違いだ。
あくまでノーリアクションを続ける俺に、感極まったがきんちょの怒りがピークに達しようかと言う時だった。
壇上に立った風見鶏さんが挨拶を始めた。
「皆さま、本日は
風見鶏さんは、大きなおなかを張り出しながら語りだした。
「先の大戦から30年、様々な艱難辛苦がこの国を襲いました。
多くの得難い人材が乱に飲まれ、その掛け替えのない命を散らしていきました」
俺の村は北方にある帝国とは真逆の寒村と言う事もあり、直接的な影響はさほどなかった。
だが、物資の不足と言う間接的な被害は大きなものだったとは聞いている。
俺の隣では、俺よりさらに実感が無いだろうがきんちょが訳知り顔でうんうんと頷いている。
「我々は彼ら英雄全てに感謝の念を送らなければなりません。そう『全ての』英雄にです」
風見鶏さんが『全ての』と言う単語を強調して話す、それと共に会場をざわめきが走った。
それは間違いなくアリアさんの事だろう。罪人の烙印を押されつつも戦後の混乱期を神父様と共に駆け抜けた彼女の事。
やはり、ある程度の上の奴らの間では彼女の事は共通認識として存在するのだ。
がきんちょは会場の雰囲気が変わった事に気が付き、落ち着かないようにキョロキョロとする。
「心配するな、俺が付いてる」
年長者の務めとして、不安にさいなまれる子供をほっては置けない。俺はがきんちょの手を握り、優しくそう語り掛けてやる。
「そう、全ての英雄にです! 神を愚弄した大罪人の娘としてその責を問われ、国家の使い捨ての刃として東奔西走させられた彼女の事を!
彼女の献身こそが正しく英雄の所業なのです! 彼女こそが真の英雄の名にふさわしきものなのです!」
神を愚弄した大罪人の娘? 俺は、不穏なキーワードに眉を顰める。
がきんちょは、会場の雰囲気が嫌な方向に行くのを感じて、俺の手をぎゅっと握り返してくる。
「彼女こそは、国家の! 国王派の最大の犠牲者にて、罪人の聖女! 我々は彼女の思いに報わなければならないのです!」
「なにを言い出すんだアレックス卿! 彼女の事を公の場で話すなど!」
公然の秘密。客の誰かが、そう抗議の叫びを上げるが、風見鶏卿は意に返さない。
「復讐、いやこれは聖戦なのです。彼女は私に言いました。国王派は、いやこの国は罪と欺瞞にまみれて居ると!」
「彼女に言われただと! 一体いつの話だ! 卿は彼女と親しくしていた訳がない! 彼女は厳重に管理されていた筈だ!」
厳重に管理と来た。全くひどい危険物扱いだ。それにアレックスは20代の若造、ギリギリ年代が合わなくもないが、そんな危険人物と親しくするような胆力があるとは思えない。
「いつの話ですと?」
風見鶏卿がそうニヤリと笑う。
「それは、たった今の話です!!」
風見鶏卿が手を上げる、すると緞帳が広げられ、奥から仮面の人物が現れた。
会場に大きなざわめきが広がる。
「あの仮面は……」
確かに、あの時の召喚師が被っていた仮面と同じものだ。顔の半分を覆う、奇妙な仮面。俺の目に焼き付いている仮面と相違ない。
身長、背格好はどうだろう。分厚いマントを羽織っているので分からない、いやそもそも俺の記憶もあいまいだが。
「ばっ、馬鹿な! 彼女は死んだはずだ!」
聞き逃せない、叫びが届く。
死んだはず? 彼女は既に死んでいる? そして何をそんなに焦っているのだ? もしや彼女を罪人に仕立て上げたのに、国王派も反国王派も関係が無いのか? この国に生きるもの全てが彼女に罪を押し付けたとでもいうのか?
仮面の女がニヤリと笑う。
違う、その雰囲気は、決してあの時の召喚師ではありえない。
「偽もんだわ、ありゃ」
大がかりな会場を用意してみてくれたようだが、アレは偽物だ、あんな冷酷な雰囲気をあの召喚師は持ってはいない。
まぁブラフだったとはいえ、大きな収穫はあった。とは言え彼女を名乗る不届き者の姿をこれ以上目にするのも不愉快だ。とっととシャルメルと合流してずらかろう。このがきんちょは……どうするかな?
と、俺がそう考えていると仮面の女と目が合った。それは酷く冷淡でありながら、血に飢えた濁った瞳、此の世のありとあらゆるものを恨んでいるかのような邪悪な瞳だった。
「ひっ」とがきんちょが自分を睨まれたと思い、俺の腕にしがみ付いて来る。
「安心しろ、俺が付いている」
俺は、ポンと彼女の頭に手を置いた。やっぱりこのがきんちょも一緒にとんずらしよう。ちょっとばかりビビり過ぎている、今にもしょんべん漏らしそうだ。
「彼女だ」
騒めく会場からそんな声が上がる。あっ?何言ってるんだ?この節穴?と思っていたら会場に変化が起きた。
「彼女だ」「彼女だ」「彼女だ」「彼女だ」
その呟きはさざ波となって会場中に広がっていく。
「ちっ! ヤバイ! 強力な魅了の魔術だ! がきんちょ! 目を瞑れ!」
俺はがきんちょを小脇に抱え、大声を上げる。
「シャルメル! 先輩! ここはヤバイ! とっとと逃げるぞ!」
俺は神父様から色々と叩き込まれているので耐性がある。だが、シャルメル達は……俺がそう心配している時だった。
「分かっていますわ」
そう言いながらシャルメル達が駆け寄ってくる。安心したのはその一瞬。会場にいたその他全員が一斉に俺たちの方を振り向いた。
「ヤバイ! 襲ってくる! 走れ!」
俺は窓をぶち割り逃走経路を作る。ここは二階だがシャルメル達なら問題は無いだろう。
「どっせい!」
俺はテーブルに魔力激を叩き込み、砲弾と化して後続を足止めする。
「早く! 早く!」
「お先ですわ!」「気を付けろ!」
シャルメルと彼女を守る先輩が先に窓から飛び降りる。
「来い! 熊の助!」
俺は熊の助を殿に置き、彼女達の後を追う。その瞬間だ。強力な気配が室内から届いて来る。
「熊の助! 戻れ!」
殿等をさせている場合ではない、クラス4、いや5レベルの魔獣の気配が室内から届いて来たのだ。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 全員とっと逃げろ!」
俺は、突然割れた窓に驚き様子を見に来ていた従業員たちに声を上げる。その後だ、とんでもない大きさの鳴き声が室内から轟いた後、屋敷の屋根が崩壊した。
そしてそこからその声に見合った巨体が夜空に向けて飛び去って行った。
「まさか……ドラゴン!?」
俺はその背に立つ人影を見た、それは確かにあの女召喚師のものだった。
奴は酷薄な笑みを浮かべ夜空に消えていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます