第64話 おさがりの燕尾服
30年前、帝国との講和が結ばれ、疲弊した平和が訪れた時代、反国王派は最大の隆盛をはかっていた。だがその後10年ほどに渡る長き戦後の混乱期を、国王派は何とか耐えきり、現在は、国王派が何とか盛り返すところまで政局は変化している。
その10年間、いつクーデターが発生してもおかしくなかった状況を取りまとめていたのが、ミクシロン家前当主であるゲルベルトだ。
「そして、今回招待状をお出しして頂いた、アレックス様は、その両者の間をフラフラとさまよっている、風見鶏と言う訳ですわ」
はぁ。と俺は殿上人の政治話を聞かされる。まぁ俺の村だって完全な一枚岩と言う訳ではない。あーだ、こーだと議論が捻じれる事もあるが、酒を浴びるほど飲んでぶっ倒れてしまえば、翌日には頭以外はすっきりだ。
「で、その風見鶏さんが、何だっていうんだ?」
話が今一掴めない、なぜ俺はシャルメルの家に呼ばれた挙句、採寸を取らされているんだろう。
「それがですね、招待状の中に『アリア』さんの名前があったからです」
「アリアだって!」
俺は思わず前のめりになり、採寸を取っていたメイドさんからお叱りを受けてしまう。
「それは本当なのか、シャルメル」
「いえ、あくまでもそう書いてあると言うだけの話、ブラフである確率の方が高いと思いますわ。
けど万が一の場合に備えて、アリアさんをその目で見たことのあるアデムさんにご同行頂きたいのです」
勿論それは願ったりかなったり。例えどれ程細い確率だろうが、それで彼女の手がかりを得られるならば、たとえ火の中水の中だ。
「けど、シャルメルはどうしてそう熱心なんだ?」
俺や、チェルシーと異なり、彼女には危険を冒してまで、アリアさんを探す動機がない様に思えるが。
「あら、水臭い。
それに
そう言ってシャルメルは悪戯っぽく口角をあげた。
「ジムのお古に簡単に手を加えただけで助かりましたわ」
それが何年前のお古なのか気になるところだが、そこは俺のプライドの為にも口を噤んで居よう。
俺はシャルメルの従者その2と言う事で、アレックス主催の夜会に訪れていた。
俺の様な半端者を連れて行くこと自体が、この夜会に重きを置いていないと言うアピールにもなり一石二鳥とのことだ。
「良いですかアデム。君は従者見習いと言う事になっています。何もしゃべらず何もしなくて結構です。下手に動かないように」
ジム先輩はそう言って釘を刺してくる。そんなのは承知の上、俺はシャルメルの顔を潰さない程度の置物として過ごすつもりだ。
「やぁやぁこれはこれは、シャルメル様、相変わらずお美しい」
「ありがとうございますわ、アレックス卿。本日はお誘いいただき心躍る気分でございます」
たっぷりと腹の出た若い男性が、シャルメルに挨拶をする。プンプン漂う小物臭に瞳の奥に見え隠れする下卑た光、これが風見鶏さんか。
俺はちらりと視線をやりつつ、ジム先輩を見習って、静かに頭を下げる。
「ところで、そちらの少年は? 一方は未来の剣聖とも名高い、ジム君だとは知っておりますが」
「あらあら、持ち上げすぎですわ」
シャルメルはそう笑ってから俺を紹介する。
「彼は、アデムと言いますの。
シャルメルは堂々とそう言ってのける。『お前の所の夜会なんて練習台程度だ』と正面切って言っている様なもので、失礼この上ない事を言っているような気もする。
「アデムと申します」
俺はボロを出さないようにそれだけ言ってまた頭を下げる、風見鶏卿の頬がひきつっている様に見えるのは気のせいではないだろう。
嫌な緊張感を漂わせつつも、何とか俺は無事会場に入場することが出来た。
豪華絢爛煌びやかな内装に、各々意匠を凝らした衣装をまとい、またそれ自身がこの会場を彩る舞台装置となっている。
そんな中でも、シャルメルの姿は一際輝いていた。
この夜会のランクに見合った二級品のドレスと言う事らしいが、醸し出している雰囲気は高嶺に輝く赤き薔薇。
「ふふ、今日はアデムさんからプレゼントされた香水をつけておりますの、匂いだけは一級品ですわ」
シャルメルはそう小声で呟くが、俺の香水なんて所詮は街売りの量産品だ。彼女の魅力は彼女自身のものだろう。
そうこうしている内に、華はミツバチたちに群がられ、あれよあれよという間に俺は壁際まで押し寄せられた。
「うーむ、勝手がわからん」
ジム先輩は手馴れたもので、上手い場所取りをキープできているが、俺は対応に戸惑っている間に壁の花、いや壁のシミになっていた。
とっととアリアさん(仮)の顔を拝んで、ずらかってしまいたいものだと退屈を持て余していると、声を掛けられる。
なんだ? ボーイさんと間違われたかなと思ってそっちを向くと、そこには見知らぬ女性が居た。
「貴方、シャルメルと一緒に居た人よね」
「はぁ、そうですが」
シャルメルを様付けで呼ばない、その程度の立場あるいは敵対関係にある人物、何にしろ本命と出会う前に面倒くさい事に巻き込まれてしまった。
俺はそう思いつつも返事をしたのであった。
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