第55話 回答
「汝は森の王、遍く魔獣を統率し、選定の蹄にて秩序を築く者なり」
戦いは長時間に及んだ、心身ともにボロボロだが、今ここが最良のタイミングだと俺の勘とボスの目が言っている。
「汝は猛きもの、強欲の牙にて敵を穿ち、荒ぶる咆哮を万里に轟かせる者なり」
シャルメルは魔力切れで一足お先にダウンして、カトレアさんに面倒を見てもらっている。ジム先輩は最後まで付き合ってもらったが、愛剣がへし折れて、革鎧もボロボロだ、弁償しろと言われたらどうしよう。
「汝は山の如き威容を示し、森の如き静謐さを湛える」
限界ギリギリの状態だが、残った魔力をかき集める。詠唱が進むたびに体から力が抜けていく、詠唱を進めるたびに血液が沸騰しそうになる。
召喚符はビリビリと震え、今にもはちきれそうになる。
ゴクリと誰かの唾を飲む音が聞こえる。
俺とボスとを繋ぐ魔力のパスが光を増す。
「汝の名はスース・スクロファリス!偉大なる獣の王よ!我にその力を貸し与えよ!!」
轟と手に持つ召喚符が炎に包まれた。その炎は消える事無く俺の腕をチリチリと焼く!
「アデムさん!」
「大丈夫だアプリコット!」
森の神と契約をするんだ、最初から腕一本ぐらい上等だ!
武風!
ボスが猛烈な鼻息を吹き付け、その炎は一瞬で俺の全身を包み込む。
声が聞こえる、風の向うに、皆が俺を呼ぶ声が。
いやそれだけではない、聞いたことの無い、だが聞き覚えのある声だ、この森の様に何処までも深く重い声。ああ、そうか、これがボスの……。
「アデム!」「アデムさん!」
気が付くと炎は消えており、俺は地面に膝をついていた。見上げると俺を見つめるボスと目が合った。
「この馬鹿大丈夫なの!」「酷い傷です!今すぐ回復魔術を!」
ああ、大丈夫だ。大丈夫、確かにこの腕に感じる。俺は火傷を負った右腕をボスに見せつける様に天に掲げる。
「お前との絆、確かにこの腕に刻んだぜ!」
俺の右腕には、奇妙な紋章の様に刻まれた火傷の痕が深々と刻まれていた。
「ひゃっほー! 最高だぜー!」
行きは散々苦労した森もボスの背に乗ればあっという間。木々を蹂躙しつつ突き進むその姿は、正しく森の帝王だった。
「まったく、信じられないわ」
チェルシーがブツブツと呟くがこれが現実、いや俺の実力だ。
「わわっ、わっ、揺れます揺れます」
「お嬢様、私にしっかりとおつかまり下さい」
「ふー、良い風ねジム」
「左様でございます、お嬢様」
皆それぞれの楽しみ方でボスとの旅を堪能しているようで何よりだ。
「けどこれで漸く、あの召喚師の正体が分かるって事か」
俺は感慨深くそう呟く。と言うか、知っていてずっと黙っていやがったのか。全く神父様も人が悪い。
「ところでもう一度その人の事を教えてもらってよいかしら」
「ああ構わないぜチェルシー、何度だって話してやる」
とは言え、話せる事などそうそう無かったりもする。幼い俺の記憶と言う事もあるが、そもそもあの人は顔を仮面で覆っていたのだ、男か女かも定かではない。
分かっているのは多種多様かつ強力な召喚獣たちを操り、瞬く間に野盗を成敗してくれたこと、唯それだけだ。
「声や、手とかから分からないものなの?」
「んー、手は手袋をしてたし、声は……よく覚えてないな」
朧げな記憶だが、目の前で召喚をしたのじゃなく、召喚獣を引き連れて現れた様な気がしなくもない。
背丈も、どうだったか。子供目線では高かったような気もするし、今となればそうでもないような気もする。
他の村人の話によると大きくは無かったと言う話だが、フワフワしていて実感が持てない。
「あやふやねぇ」とチェルシーは言うが、何せ物心付くかどうかの時の話だ、勘弁してほしい。
「まぁ、そのふわふわももう直ぐで終わりだ」
森の入り口近くまでボスに送ってもらった俺たちは、礼を言ってそこで別れる。まぁこれからは何時でも召喚できるんだ、一時の分かれと言うやつだ。
カトレアさんの擬態を待ってから森の外へ、このパーティ内では平気だが、残念ながら外に出れば彼女の姿は目立ってしまう。
準備が出来た俺たちは森から抜け出て村へ帰る。ワーワーギャーギャーとまとわりついて来る子供たちをあしらいながら、一路教会へ。
「帰って来たぜ神父様!」
「おや、お早いお帰りですねアデム」
神父様は読んでいた手紙を置いて、そう出迎えてくれた。
「ああ、ボスと契約を結んだからな」
俺は痣が残った右腕の袖を捲りつつそう言った。
「ほう、彼とですか、それは凄い。やはり貴方には召喚師としての才能があるようですね。まぁ私は召喚術についてはよく分かりませんが」
はっはっは、そうだろうそうだろう。今何か数年間の修行について、根底から覆されるような発言を聞いたような気がするが、聞かなかった事にしよう。
「ですが、彼はあくまでのあの森の守護者、みだりに召喚することは控えてくださいね」
ほんの一瞬あの森からボスの姿が消えた所で、生態系に変化が見られるようになるとは思えないが。それでもボスの不在は森の秩序に変化をもたらすことは確かだ。
神父様もその事を考えて、ボスを放置している。
「神父様、あの『門』が破壊された理由は何なのですか」
俺が上機嫌で戦果報告をしていると、チェルシーが痺れを切らせて会話に混ざり込んできた。
「それは私の口からは言えません」
だが、神父様は首を横に振った。
「『門』の制御方法、あれを解読して見せろと言うのが神父様の出した条件なのですか?」
「まさか、そんな無茶は言いません。ああいったオーバーテクノロジーは、人類がもっとゆっくり時間をかけて取り組んでいく共通課題だと私は思います」
「では、いったい何が正解だったのですか?」
「私は、あの『門』を見てほしかっただけです、ただの歴史見物ですね」
『門』あの門にどんな意味があるのだろうか、それともジェイとの腕試しが試験の本番でその他はついでだったのだろうか?
俺たちが頭に疑問符を浮かべていると、神父様は神妙な顔をしてこう言った。
「私が言える限界は、彼女の名前だけです」
「彼女って事は、あのサモナー・オブ・サモナーズは女性なのか!」
長年の疑問の一端が解明された瞬間だった。そうか、あの人は女の人だったのか。
「ええそうです、彼女の名はアリアと言います。とても優秀な召喚師で、かつての私の仲間です」
「ロバート神父のお仲間と言う事は、父の……」
「ええそうです、私とエドワード、そしてアリア、その他にも様々な仲間と共に旅をしました」
神父様は遠い過去に思いをはせる。
「ロバート神父、貴方の武名が轟いたのは今から20年ほど前、戦後の混乱期だと記憶しています。それはその頃の話なのですか?」
この中で誰よりも神父様について詳しいジム先輩が食いついて来た。
「そうですね、その頃の話です。あのころは長き大戦を終え、人心物資あらゆる面で荒れていました。
帝国と言う明確な敵が無くなってしまい、職にあぶれた傭兵や戦士たちは無秩序に暴れはじめました。帝国との講和を結んだ王家を軟弱だと反旗を翻した諸侯も、疲弊した王家に取って代わろうとする無法者すら現れた程です」
教会と王家は深い結びつきがある、その中で無双の戦士である神父様に白羽の矢が立ったと言う事だろう。訥々と物語る神父様の口調からは深い郷愁の念が感じられる。
「疑問があります」
と、ジム先輩が強い口調でそう言った。
「私は、神父様の武勇伝を幾つも拝見させていただきました。しかしそのどれにもアリアなる女性の名は記載されておりませんでした」
「え? ホントですかジム先輩」
神父様はその質問に、寂しそうな笑顔を浮かべたのだった。
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