第54話 最奥部

 あれ? 朝だ、何時の間に寝ちまったのだろう。

 いかんいかんと頭を振り、意識をしゃっきりさせる。なんだか胃がムカムカするが、あのジェイとか言う凄腕のリザードマンにやられた一撃の所為だろう。俺のフラ坊は暫く再起不能だ。


「よかった! 目が覚めたんですね! アデムさん」


 アプリコットがそう言って抱き付いて来る。柔らかな、非常に柔らかな感触が胸に押し付けられる。至福の目覚めとは正にこの事。

 等と思っていたら、冷たい視線のチェルシーと目が合って、俺は渋々アプリコットを引き離す。


「あーみんなおはよう。済まないな、いつの間にか寝ちまって」


 俺が謝罪すると、みんなは微妙な視線を投げかけて来て「記憶が……」「ええ……」とかぼそぼそと内緒話を始め出した。

 その事に不安に思い、アプリコットを見るとさっと視線をそらされる。一体昨日何があったんだろう。ジェイと戦い追い詰められたところまでは覚えているんだが。





「さて、それでは出発だ」


 アプリコットが淹れてくれた胃に効くと言う特注のハーブティーを流し込み、俺たちは遺跡の最奥を目指す。


 遺跡の大部は森に浸食されているとはいえ、その土台はしっかりとしたものだ。俺たちはチェルシーの解説を聞きつつ奥へ奥へと歩を進める。


 途中に何度か魔獣の襲撃はあったものの、昨日のジェイとの戦闘で連携度を深めた俺たちの敵ではない。鎧袖一触に蹴散らしながら奥へと進み……。


「ここが神父様の仰っていた場所だ」


 王都のクエストでシャルメルが見つけた通路の事を思い出しつつ、俺は真新しい破壊跡を見つけて、そう言った。


「地下迷宮ですわね」


 シャルメルが微妙な表情を浮かべつつそう呟く。なるほど彼女もあの時の事を思い出しているのだろうか。


 ダンジョンか。まぁ神父様が先行しているのなら、あの時の様にアンデットが残っているのはあり得ないだろう。彼はアンデットには容赦がない人だ、見つけ次第殲滅している。


 十分に注意を払いつつ、下へと降りると、予想とは裏腹にそこには一室があるだけだった。


 その一室は狭くも広くも無いが、何も置かれていないがらんとした空間だった。だが特徴的なものとして、壁一面に文字と絵が刻まれていた。


「これが、神父様が俺たちに見せたかったもの?」

「えー、ちょっと待ってね、いま解読してみる」


 フェニフォート人に詳しいチェルシーが目を皿のようにしてそれに食いついた。


「チェルシー、お前分かるのか?」

「あまり期待はしないでちょうだい。私は本職じゃない上に、彼らの文明はほとんど解明されていないの」


 解読はチェルシーに任せて俺たちはこの部屋の探索を始めることにした。


「……門、だよな?」


 それは丁度この真上にある巨大な輪状の建築物、通称『門』を描いた絵だった。


「……所で、この『門』って転移門と関係があるんでしょうか」


 細部は大分異なるものの、俺たちが王都からネッチアへと移動するのに利用した転移門との共通点が幾つも見受けられた。


「うー、アプリコット。ちょっとその話は後にして。けど召喚師の大先輩フェニフォート人の技術が使われていても可笑しくはないとだけは言っておくわ」


 眉根を寄せて碑文と格闘しているチェルシーが、アプリコットの呟きにそう返す。アプリコットはあわわと謝り小さくなるが、俺はチェルシーのその返事に疑問を抱く。


「どういう事だ? そのフェニフォート人の技術は解明されているのか?」

「あーもう、うるさいわね。完全解明はされていないだろうけど、部分的には分かってるんでしょ」


 ふむ、まぁフェニフォート人の遺跡が此処だけという訳じゃないだろう。だったら村はとっくの昔に冒険者や学者で大繁盛だ。


 その色々な場所にあるフェニフォート人の技術の断片を寄せ集めたのがあの転移門なのか。


 しかしここにある『門』は転移門なんかとは比べ物にならないほど巨大なもの、このサイズだったら人間の転移なんてちゃちな事を言わずに、それこそ上級竜ですら転移できるかもしれない。


「……もしかしてあの『門』って召喚陣なのか?」

「あーーーもう、うっとおしいわね! アンタそんな事も知らないの? そうよその通り! 詳しい事は時間がある時に教えてあげるから、今は解読に集中させて!」


 怒られたので、じっとしてよう。


「かっかっか、難儀しとるようじゃな、嬢ちゃん」

「全くよ、少しは静かにって出たーーーー!!!」


 くっ! ジェイの奴だ! 相変わらず神出鬼没にも程がある。一体何時現れやがった!


「かっかっか、まぁ拳をおろせ小僧。今日は喧嘩の相手になりに来たんじゃない、解説に来てやったんじゃ」

「解説?」

「おう、門番としての仕事は昨日で終わり、今日は暇なんでな、暇つぶしに解説してやるわい」


 そのもの言い、やはりジェイは神父様が差し向けた試練だったのだろう。奴は棒を横に置き床に胡坐をかいた。


「あんたやっぱり神父様の仲間だったのか?」

「かかか、そこら辺は言わぬが花と言う奴じゃ。まぁそんな事はどうでもいい、所で嬢ちゃん、その碑文を調べるんじゃったら王都に行けばゆっくりと調べられるぞ?」

「えっ? どういう事なんですか?」

「ああ、そんなもんは珍しくも無い、この大陸のそこら中にありふれちょる。学園にもその写しがあるはずじゃ」

「そっ、そうなんですか!」

「ああ、ただし閲覧できるかどうかは知らんがの」


 ジェイは煙管を吹きつつそう言った。


「なあ、あんたはここに何が書かれているのか知ってるのか?」


 分からない事は素直に聞く。俺は単刀直入にそう聞いた。


「かかか、儂は召喚師じゃないから詳しい事は知らんがの。そこに書かれているのは、その『門』の使用方法じゃと言う話じゃ」


「じゃあもしかして、これを完全解読できれば、上級竜ですら召喚できるようになるって言うのか!?」


 そんなもの、サモナー・オブ・サモナーズ処の騒ぎではない。スーパー・スペシャル・グランド・オブ・サモナー・オブ・サモナーズ。と言っても過言ではない。


「かっかっか、残念ながら現存しちょる『門』は全て念入りに壊されちょる。解読出来たとてそう簡単には事は運ばんじゃろうて」


「むぅ、確かに数千年前の遺跡だ、完全に残っていると言うのは無茶な話……」

「今、『壊された』っておっしゃいませんでしたか?」


 それまで黙って話を聞いていたシャルメルが口を挟む。


「おっとっと、口が滑ってしまった様じゃな。これ以上喋ったらロバートの奴に怒られちまう。それにこれは人族の問題じゃからな」


 そんなものは、答えを言ったと同じことだ。つまり『門』は人間の手で壊されたと言う事なのか? それは何のために?


「かかか、悩め悩め若人よ」


 ジェイはそう言い立ち上がる。


「小僧、あの蹴りはまぁまぁ及第点じゃ。そのまま励めよ」


 そして愉快そうに尻尾を振りながら、ジェイは階段を上って行ったのだった。

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