第56話 ただいま王都
「そうですね、それはとても悲しい事です、ですが彼女との冒険の日々はこの胸で生き続けています」
その表情を何と言ったらいいのだろう。悲しそうな、寂しそうな、誇らしそうな、ありとあらゆる感情が入り混じった、今まで見たことの無い神父様の表情だった。
「彼女の名はアリア、それが私の言える精一杯です」
神父様は同じことをもう一度言った。それが神父様にできる最大限の譲歩だったのだろう。
俺たちは教会を後にした。
「次はいつ帰ってくるのですか」
ミントが俺の手を握りしめながらそう訴える。
「んー、悪いがミントそう簡単に約束できそうにないんだ。王都からここへは遠すぎる」
俺はミントの頭をなでながらそうあやした。今回はシャルメルのおかげで転移門を使う事が出来たが、それなしでは俺の懐じゃ厳しすぎる。
「あらアデムさん、あまり妹さんを悲しませるものではありませんわよ」
そう言ってシャルメルがミントの視線に合わせてしゃがみこむ。
「今度はミントさんが王都に来るのはどうでしょう、切符の手配は致しますわよ」
「いやそこまで甘え「わーいお姉ちゃん大好き! お姉ちゃんならお嫁さんになる事許して上げるわ」」
「ばっばか! ミント何を言ってるんだ!」
俺とシャルメルでは住むところが違う、いや別に住むところ云々ではなく、あれだ! それ!
「あらあら、ありがとうねミントちゃん。
シャルメルはそう言って俺に流し目を向けてくる……貴族ジョークだよ、な?
「しゃっシャルメルさん! 冗談は程々にしときましょう!」
俺の心拍数が急上昇していると、アプリコットの助け舟が入る。彼女はガバリとミントを抱きしめるとこう言った。
「船代程度なら私も何とか出すことが出来ます! 今度は私が案内する番です!」
あっれー、何か方向が違う様な?
「はぁ、子供をだしに何を言い争っているのよ」
チェルシーは興奮したアプリコットにぺしっと手刀を当ててから、ミントを自由の身にした。
「王都の案内は任せてミントちゃん。私は生粋の王都っ子よ、何処でも好きなことろを案内してやるわ」
チェルシーは、ミントの両肩を掴んでぎらぎらと燃える瞳をミントに向ける。
お前もかよ! そんなにミントの支持が欲しいのかよ! そんなにミントが気に入ったのかよ! 確かに姉弟が居る俺が羨ましいとか言ってたけど!
「お父さん、アデムがあんなに立派に」
「ああ、流石は俺の息子だ」
「そこ! 何訳の分かんない事言ってんだ!」
いや確かに親父の息子だけど! なんだか寒気がするわ!
「はいはい、そこまでそこまで」
イルヤがパンパンと柏手を打ち、注意を引きつける。
「まったく何時までも漫才をやってたら、日が暮れちゃうじゃない」
そう言って俺を睨んでくるが、俺は関係ない、むしろ被害者の部類に入るんじゃないだろうか。
「ああ、うん、そうだな。それじゃ行ってくるよ」
シャルメル達が目と目でイルヤと何やら語っているのが怖いが、俺の同調能力は魔獣限定だ、人の心なんて複雑なものは分からない。
こうして俺たちは皆に見送られながらジョバ村を後にして、ネッチアの町へと旅だった。
ネッチアの町では数日振りの再会を果たしたスプーキーたちと観光地巡りをし、そのついでに海水浴などとしゃれ込んで、たっぷりと夏の日差しを満喫した俺たちは、日焼けの後を夏の思い出と刻みながら王都へと帰還した。
いつも通りの喧騒溢れた冒険者ギルドにリリアーノ先輩の姿はあった。
「ここにいたんですか、探しましたよ先輩」
俺たちは旅の土産を彼女に渡しつつ、そう挨拶をする。
「やぁ悪いな態々」
一週間ほどの再会だが、煌めくような彼女の美しさは相変わらずだった。
「ここは少し騒がしい。だが冒険譚はこう言った場所にこそ良く似合う」
彼女はそう笑って、ギルドに併設された酒場へと俺たちを案内した。
「うーん、羨ましいな。やはり万難を排しても、私も連れて行ってもらうべきだったか」
「あら、風紀を司るリリアーノ先輩のお言葉とは思えませんね」
「ははは、そうイジメてくれるなシャルメル。私も風紀委員である前に、一介の戦士だ血沸き肉躍るのは抑えられん」
「いーえ、来ないで正解ですよ先輩、来てたらこのスケベに覗かれてましたから」
むぅ、ミントとどっこいどっこいなお前の裸なんぞ覗いた所で嬉しくも――
「何か言ったからしら、アデム」
チェルシーの前では内心の自由は保障されない。俺はキャンプと海水浴所その他の思い出に浸る間もなく、拳を叩き込まれた。
「ははは、相変わらずだなお前たち、元気そうで何よりだ」
「先輩の方は何か変わりがありましたか?」
その質問に、リリアーノ先輩は少し勿体付けた後こう言った。
「私の方は相変わらずだが、例の古文書の方には進展が見られたぞ、アヤカからそう言った言伝があった」
「そうなんですか!」
それに反応したのは、あの冒険に参加していないチェルシーだった。
「おっと、どうしたチェルシーそんなに興奮して」
リリアーノ先輩がその有様に面喰うも、チェルシーは鼻息荒く詰め寄った。
「いや、落ち着けチェルシー、リリアーノ先輩にはあの事を話していないんだから戸惑ってるだろ」
アリアと言う女性については、リリアーノ先輩には話していない。神父様のあの様子から人前で迂闊に話すには重すぎる話と判断したのだ。
「むっ、何やら内緒話があるようだな?寂しいじゃないかアデム」
「いやぁ、先輩を信頼していないと言う事じゃないですが、この場では離せない事なんですよ」
「ふーむ、それは残念。だがそう言う事ならば、アヤカの所へ場所を移すか、それが手っ取り早そうだ」
リリアーノ先輩は伝票を掴み、意気揚々と立ち上がったのだった。
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