第42話 召喚師

 背後で水しぶきが巻き起こるのに構わず、通路を駆ける。

帰りは帰りだ、その時に考えればいい。


 ヒュンと風切り音。暗闇の奥から矢が飛んでくる。


「鈍い鈍い!」


 神父様の矢なら、衝撃波を放ちながら襲ってくる。それに比べたらまるで止まっているかのようだ。俺はその矢を纏めて受け取り、暗闇の中に投げ返す。


「お返しだ!」


 ギャとかグッとか言う声が暗がりから響いて来る。毒矢にしていたらそうした自分を恨むんだな。


 俺は、蹲るゴロツキたちを飛び越えて一路奥へと突き進む。

 早く早く、なんだかさっきから嫌な予感が止まらない。幾つかの曲がり道を曲がった先に、上からの灯りが差し込む階段があった。


「そこか!」


 俺は階段を駆け上がり――。


「邪魔だごら!!」


 天井部分にあった鉄格子を蹴破った。





「あぐっ!」


 カトレアが背後を振り向こうとした時には遅かった。襲撃者は手に持った棍棒をカトレアの頭に振り下ろしていた。


「カトレア!!」


 アプリコットは叫びを上げるが、バンパイアバットに睨まれ、動くことさえ敵わない。


「アプリコット危ない!」


 チェルシーは護身用のナイフを手に、アプリコットを庇うように立ちふさがる。その膝はがくがくと震えているが、チェルーの目には決意の炎が宿っていた。


「いったい何なのよアンタたちは!!」


 乱入者たちはニヤニヤと笑うばかりで答えはしない。


「おい、勿体無い事したな」「いやまだ死んじゃいねぇだろ」「とびっきりの上物じゃねぇか、俺は死んでても十分使えるぜ」


 男たちはゲタゲタと笑いながら勝手な事を口走る。たかが小娘二人、片方が震える両手でナイフを持っていたとしても、彼らには全く脅威ではなかった。


「ボスの命令は口封じ、つまりは好きにしていいってこった」「流石ボス寛大だぜ!」


 ジワリジワリとあえて獲物の恐怖を高める様に侵入者たちは勿体ぶって近づいて来る。


「くっ! 来るんじゃないわよ!」


 チェルシーは涙目になりながら、男たちの前にグミを召喚する。


「なんだこいつは?」「ぎゃははは!こいつ召喚師かよ! こんなもんで俺たちを足止めするつもりなのか!」「ひー笑える、こいつ俺たちを笑い殺すつもりか!」


 鎧袖一触、召喚されたグミはあっさりと蹴り飛ばされ、彼らを阻むものはなにも無くなった。





 鉄格子を突破したことで、俺を拒むものはなにも無くなった。俺はそのままの勢いで地上へと飛び出す。


 侵入した時とは別の倉庫なのだろう。そこはがらんとした空間だった。


「歩いて来た感じだと、中洲の南端か」

「ほう、中々の距離感だな」


 その倉庫の一画に置かれたソファーに、その男は腰かけていた。蒼黒い肌、額から生える長く禍々しい角。間違いない。こいつが敵のボス。


「テメェは一体何をしてやがる」

「それはこっちの台詞だ、テメェこそ俺の可愛い子分たちに何してやがる」


 言葉とは裏腹に、男はニヤニヤと笑いつつ大仰に足を組み替える。


「はっ、町のお掃除ボランティアをやってるだけだ」

「くくく、好奇心猫を殺すって言葉を知らねぇみたいだな」


 俺はじりじりとそいつとの距離を詰める。手練れだ、スティールシャークのランクは3、召喚師としては最高レベルにあると言ってもいい。おまけに荒事にも多少の覚えはあるようだ。

 さっきからグミ助警報が鳴り響いている。隠し玉をどう切ってくるか……。


「一つ聞く。この町で薬を売りさばいてるのか?」

「さてね、色々と手広く商売をしているので、中にはそう言った商品もあるかもしれねぇな」


 まぁ探られて後ろめたい事の10や20はあるだろう。余裕を持った態度からその程度は感じ取れる。


「俺は、話術は得意じゃないんでね、これで語らしてもらう」


 四の五の言うよりもそっちの方が手っ取り早い。こいつを伸して洗いざらい吐かせてやる。


 魔力爆破! 俺は一瞬で距離を詰め――


「おお、怖い怖い、来い死を告げる騎士デュラハン

「チッ!!」


 俺の進路上に召喚陣が現れ、そこから大剣が伸びて来た。間一髪で俺はその切っ先をかわす。

 無詠唱での召喚! いや、そんな事よりも!


「クラス4魔獣だと!!」

「くははは、俺は生まれの所為か闇属性こいつらとは相性が良くてな」


 俺の前に現れたのは首の無い馬に乗る、首の無い漆黒の騎士。血塗られた大剣を携えた死と恐怖を告げるもの、デュラハンだった。


 成程、こいつがこんなだだっ広い所に居を構えているのはこの所為か。確かにこいつが暴れるのには多少のスペースが必要だ。


「やっぱり、テメェは召喚師か」


 俺は、怒りを込めた声でそう言った。世のため人の為、弱きものの剣となるのが召喚師だ、少なくとも俺が目指すサモナー・オブ・サモナーズはそう言った存在だ。

 それをこいつは私利私欲の為に召喚術を使っている、俺はその事が許せなかった。


「そう言うテメェも召喚師のようだな」


 そいつは俺のグミ助を見ながらそう笑う。

許せない、あらゆることが許せない、薬がどうとかは最早関係ない、こいつは俺の敵だった。


「やれ、デュラハン」

「ぶちのめす!」


 そうして俺とデュラハンの戦いが始まったのだった。

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