第41話 突入

「邪魔だごら!」


 鎧袖一触、見張りの連中を蹴散らした俺は、そのままドアをけり倒し、倉庫内に突入する。

そこはグミ助越しの視界で確認したとおりのがらんどうの空間。

 しまった、勢い任せに蹴散らしてしまったが、見張りの連中に隠し扉の場所を聞いとけばよかった!


 まぁいい、尋問なんてしたことが無いのでほって置こう、そんなものより信じるべきは自分の五感だ。


 ドカン。俺は全力の蹴りを床に叩き込む。


「こっちか!」


 グミ助の敏感な聴力が反響音を分析し、地下の空洞を探し当てる。


「もう一発!」


 それを2・3繰り返すことで、隠された空間の場所は絞り込む。


「あった!」


 狙いはドンピシャ、俺たちは地下への隠しドアを探し当てた。ドアは魔術的なロックが掛けられていたが、俺にはそんな繊細な魔術は使えない。俺は鍵開け(物理)を試みる。


「せりゃ!」


 魔力爆破による渾身の蹴りをドアに叩き込む。1発、2発、3発、4発!重苦しい音と共に足元のドアが弾け落ち、地下へと続く階段が現れた。


 ゆっくりと慎重に?いや全速力で俺はそこを駆け降りる。もうすでに俺の事がばれている以上呑気に時間を掛けちゃ入られない!





 銀の黄昏亭、ネッチアで最上級のグレードを誇る宿屋で、シャルメアの手配した宿である。歴史と伝統を感じさせる豪華なホテルの最上階の部屋に、アプリコットたちの姿はあった。


「こんな所に泊まるなんて、最初は恐ろしいと思ったけど。よくよく考えたらシャルメルさんの別荘とあまり変わりがないわね」

「チェルシーさんも大分耐性が出来てきましたね」


 平民出身のチェルシーではそう突き放して考えられるが、辺境の貧乏貴族の娘である、アプリコットは苦笑いしながらそう返すしかない。


「それにしてもシャルメルさんは遅いわね」


 チェルシーはそう言いながら、窓から見える大鐘楼の時計を見つめる。


「そうですね、お仕事長引いているのでしょうか」


 日はすっかりと暮れ、大通りには魔術機関を用いた街灯の明かりがぼんやりと影を落としていた。あれほど騒いでいたウミネコは巣に帰り、蝙蝠たち夜行性動物の時間だった。


「……それにしてもチェルシーさんは、アデムさんことは心配じゃないんですか?」

「ああ、あの馬鹿なら大丈夫でしょ、サンダーバードやジャイアントグリズリーと単独で戦えるような馬鹿が、町のゴロツキ連中に後れを取る事はそうそうないでしょうし」


 その言葉にアプリコットは意外な驚きを感じる。心配心を共有したかったのに当てが外れてしまったからだ。


「大丈夫よアプリコット、あの馬鹿も今日は偵察だけって言ってたでしょ。今回は無傷で戻ってくるわ、そう信じましょ」

「……チェルシーさんも強いんですね」

「そんな事は無いわよ、貴方と同じくクエストへの同行を拒否される程度の強さしかないわ」

「そう言う事を言ってるんじゃありません」


 むくれるアプリコットに、チェルシーは優しく微笑む。


「空元気も、元気の内ってね。まぁみんながみんな私みたいにサバサバしてたらあの馬鹿も張り切りがいが無いだろうし、アプリコットはアプリコットのままでいいと思うわよ」

「チェルシーさん」


 アプリコットがそう呟いた時だった。それまで静かに二人を見守っていたカトレアが急にカーテンを引き出した。


「カトレアどうしたの?」


 アプリコットのその問いに、硬い表情をしたカトレアは厳しい声でこう言った。


「見張られております、お嬢様」


 そこ言葉に、アプリコットは昼間の逃走劇を思いだし体を固くする。


「本当なんですか、カトレアさん!」

「残念ですがその通りでございます。街灯の影にこちらを見守る不審な影が見受けられました」


 銀の黄昏亭は5階建ての高層建築だ、そんなところから見張られた所で直ちに実害がある訳ではないとは言え、気持ちの良いものでは無かった。


「後を付けられていたのかしら」

「分かりません。ですが少なくともここにいる限り、安全確保はできていると考えてよいでしょう」


 ここは歴史と伝統に守られた格式ある宿屋だ、町のゴロツキ程度がそう易々と侵入できる施設ではない。その事実が心の闇をほんの少し拭ってくれた。


「とは言え、外は危険でございます。くれぐれも外出はお控えください」

「ちっ、しつこい奴らね」


 チェルシーは苦虫を噛み潰したようにそう漏らす。最初はくだらない因縁つけから始まった追いかけっこが此処まで尾を引くとは思っても居なかった。


「……アデムさんは大丈夫でしょうか」

「……あいつがへましたなら、見せしめにそこまで連行されている筈よ。まぁあいつがそう易々と捕まるとはとても思えないけどね」


 チェルシーは爪を噛みながらそう呟いた。





 階段を降りた先には、案の定運河が引き込まれていた。

 運河の両側には、通路があり、降りて来た逆の通路には奥へと続く道があった。


「あっちが本命か、何処まで続いているのか分からねぇが……」


 アデムはちらりと運河をのぞき込む。墨を溶かしたかのように真っ黒な水面からは分からないが、その下には確実にスティールシャークが待ち構えている筈だった。


 運河には移動用の小舟が備え付けられているが、奴の牙の前では小舟の耐久力など紙に等しい。船ごと一瞬で砕かれてしまうだろう。


「だが、一瞬あれば十分だ」


 アデムは、小舟の結びを解き、運河の中ほどまで蹴り押した。無人の小舟は音も立てずに、静かに水面を揺らしていく。


「ここだ!」


 魔力爆破による高速移動。アデムは小舟が運河の中間に差し掛かった所で矢のような勢いでそこに跳び――


 水面が待ってましたと言わんばかりに膨れ上がり、全てをかみ砕く様な凶悪な咢が赤い口内を晒した。


「遅いぜ!」


 間一髪、小舟が木くずとなるその瞬間。アデムは紙一重のタイミングでスティールシャークの咢を逃れ、水面を跳ねる飛び石の様に対岸へと跳躍しきった。





 コンコンとドアを軽くノックする音が鳴り響いた。その音にびくりとアプリコットが反応する。


「お嬢様、私が対応しますのでご安心を」


 カトレアはアプリコットの肩に優しく手を差し伸べ、ドアの方へと進んだ。

 再度ノックの音が鳴り響き、「フロントです」との呼びかけが届いて来た。


「なーんだ驚かせないでよ」とチェルシーが肩をすくめる。緊張し疑心暗鬼になった体は些細な事でも強張ってしまうものだ。

 極度の緊張から解放されたその瞬間だった。けたたましい音が鳴り窓が粉砕される。


「「キャ!!」」


 ここは5階の筈!等と考える暇も無い、窓から侵入してきたのは人の背丈ほどもある大蝙蝠。バンパイアバットだった。


「お嬢様!!」


 そしてそれにカトレアが気を取られた瞬間だった。鍵をしていた筈のドアノブがひねられ、そこから覆面をした男たちが雪崩を打って侵入して来たのだった。

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