第43話 悪党

 デュラハンの身長は2mを超える巨体、それが堂々とした黒馬に跨れば3m近い身長となる。

 その圧力は、死を呼ぶ魔獣の名にふさわしいものだ。


「ヒヒン」と首の無い馬が嘶きを上げ突進してくる。その後ろでは奴が憎らしげな笑みを浮かべ、ふてぶてとソファーに腰掛けていた。


 アデムもデュラハンの突進に合わせて突撃し。激突の直前で、敵の左側に滑り込む。馬上の敵を狙うには、利き手の逆側、馬が邪魔をして敵の攻撃が届きにくい。

 デュラハンの場合は馬の首が最初からないので、多少は攻撃が繰り出しやすいが、その分左には自分の首を抱えているので、左側が無防備なのは変わらない。


「取った!」


 急激な方向展開に体を軋ませつつも、魔力爆破で無理矢理制動を掛け、アデムは馬上の敵へと飛び蹴りを放つ。


 その時だ、左手の中にあったデュラハンの赤い目がぎろりとアデムを睨みつけ、カサカサに乾いたミイラの口が大きく開かれた。


 グミ助のセンサーが猛烈に反応する。いやそんなものに頼る必要はない程に猛烈に嫌な予感がし。蹴り足の角度を変え、馬の横腹を蹴り飛ばし、素早くデュラハンから離れる。


「ちぃ!」


 その時だ、デュラハンの口から高圧の瘴気が吐き出され、それが当たった床に罅と黒い滲みが刻まれる。


「きったねぇ野郎だ!」


 ヒュンヒュンと矢のような攻撃が、デュラハンの口から繰り出される。先ほどの地下通路での矢衾とは違い、今度の矢は手に取る事不可能な瘴気の塊、触れれば呪いが刻まれてしまうだろう。


「いやその前に大穴があいちまう」


 こうなれば、右側の方が御しやすかったかもしれないと、軽く後悔を吐きつつも奴の攻撃を左右にかわす。

 

 右、左、右、右、左、奴は少し腕を動かすだけで左右に攻撃を振れるのに対し、こっちは全力の全身運動。これしきで息が切れるような軟弱な鍛え方はしちゃいないが、鬱陶しいことこの上ない。

 しかし奴が余裕ぶっこいて足を止めている今がチャンス。細かく振ってぇええええ!


「一気に滑り込む!」


 俺は黒馬の腹の下に潜り込み、渾身の魔力激を一発ぶち込む。

 ドンピシャ!

 ジャイアントグリズリーの様な、鋼の草原の様な体毛や分厚い脂肪もない奴の腹には、魔力激が良く通った。黒馬は嘶きを上げ硬直させる。


「足が長いのが仇になったな!」


 そのまま、もう一発! もう一発!

 静止してる馬で怖いのは、後ろ蹴りだ。その他の蹴りなんぞ、鉄棒で軽くぶん殴られるぐらい、その程度楽に対処できる。


 最後の締めとして、前足に手刀をぶち込みつつ、それを支えに黒馬の下から抜け出した。それと同時に、黒馬は地に付して、漆黒の騎士は地面に降りた。


「テメェ、何もんだ」


 それまで余裕げにソファーに腰掛けていた、ナイトメアの男が、苛立たしげにそう聞いて来る。


「俺は、アデム・アルデバル。サモナー・オブ・サモナーズを目指す男だ!テメェこそ何もんだ!」

「はっ、答える義理はねぇが答えてやろう。俺はドラッゴ。唯のナイトメアの悪党だ」


 ギンとドラッゴの眼力が強くなる、それと同時にデュラハンの攻撃が再開された。





「ふぅ、すっかり遅くなってしまいましたわ」


 お父様の親書を渡した後は、あいさつ回り、続いて夕方からは懇親会と、やたらと初見の人からおべっかを使われた一日だった。肩が凝ってしょうがない。まぁ愛想笑いは鍛えている。ミクシロン家の顔に泥を塗る様な事はわたくしのプライドが許さない。


「けど、こうなるとアデムさん達の気安さがありがたく思えますわね」


 わたくしがそう言うと、ジムは少し苦い顔をしつつも同意してくれた。わたくしはやれやれと思いつつ、銀の黄昏亭へと足を進める。


「あれ?」


 不思議に思った、窓が開いている。いや開いているのは良い、夏だし開け放つ事もあるだろう。唯、一つの窓だけ開け放ち、そこからカーテンのはためきが見えるのは……。


「お嬢様、緊急事態です! 窓が破られています!」

「ジム! 先行して!」


 わたくしがそう言うと彼は燕尾服の裾をはためかしつつ、ホールへと駆け抜けて行く。


「お客様!」


 と言う叫びは無視してわたくしも彼の後を追う。ええい、ドレスの裾が鬱陶しい!

 わたくしは、スカートを割き大きなスリットを作る。ミクシロン家は武門の誉れ。友の危機と、淑女の気品など秤にかけるまでも無かった。


「全く、退屈させませんこと!」


 旅の初日からこの有様だ。この先が思いやられるやら楽しいやら!





 侵入者たちは舌なめずりをしながらじわりじわりと勿体ぶる様に近づいて来る。怖い、怖い、怖い。恐怖で体がすくみあがる。


 逃げ道はない、窓側にはバンパイアバット、そしてドア側からは侵入者たち。


 せめてアプリコットだけでも守らないと。チェルシーは無力な自分を恨みつつも、涙目になりながら、目の前のバンパイアバットを睨みつける。


「へっへっへ、健気だねぇ」「安心しなよ、2人仲良く可愛がってやる」「そうだぜー、優しくしてやるぜー」


 侵入者が手に持った大振りのナイフの煌めきが目にまぶしい。一か八か先制攻撃をと強張る腕を振りかぶろうとした時だ。


「お嬢様たちに手出しは許しません」


 「うわ」と言う悲鳴のあと、侵入者たちの背後からカトレアの声が聞こえた。よろめきながらも立ち上がった彼女は、髪は乱れ、眼鏡は割れ、頭部から血を流していた。

 だが、そんな事よりも目を引くものが彼女の額には有った。


「カトレアさん、それ……」


 角だ。ヘンリエッタと同じく。いや彼女以上に奇妙で禍々しく捻じれ上がった不吉で大きな角が生えていた。


「てめぇ?」


 変貌したカトレアの傍には、それまで彼女を見張っていた男が倒れていた。


「もう一度言います、今すぐ狼藉を止め、この場から立ち去りなさい」


 カトレアの変貌は角だけではない、肌は浅黒く変色し、爪は不吉に伸びあがっている。そして厳しくも優しかったあの瞳は、今は怒りの炎で真っ赤に燃えていた。


「こっ、こいつ! ボスと同じだ!」「構わねぇ! やっちまえ!」「おい化けもん! 奴からだ! 奴から先に片付けろ!」


 侵入者の命令を聞いたバンパイアバットは「キイ」と巨大な声を上げる。


「ぎゃ!」「うっうるせえ!」「俺たちを巻き込むんじゃねぇ!」


 しかしそれは、この室内では悪手。幾らスイートルームとは言え、自分が自由に活動できる高さは無いと判断したバンパイアバットは静止した状態でも出来る攻撃、即ち音波攻撃を選択したのだ。


 それを察知したカトレアは素早く耳を塞ぎ、被害を最小限に抑えると、侵入者たちに突進。

 それに対するバンパイアバットに高度な知性は無い。彼は命令を守るために侵入者たち諸共カトレア目がけて突進したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る