第22話 こんにちは熊さん
「でっ、デカいぞ! なんだこいつは!!」
身の丈優に4m、体重に関しては1トンを超すかのような巨体が、苛立ち気にそこにいた。
「こいつは、中々の獲物だぜ」
ゴクリと唾を飲み込む。分厚い筋肉と纏った脂肪により、打撃耐性は極めて高い。おまけに額に生えた角からは高濃度の魔力を感じる。魔術耐性も侮れないだろう。
こちらの武器は、己の五体と相棒のグミ助、それと腰に差した解体用の小ぶりのナイフがただ一本。
「上等!」
俺が吼えると同時に、奴も此方を認識したようで雄たけびをあげる。が、その手はつい最近食らったばかり、同じ手は二度も食らわない。
俺は、耳から手を放し、奴目がけて突っ走る。
奴が大きく手を振り上げて、一直線に振り下ろすその瞬間。
「グミ助!」
奴の眼前にグミ助を一瞬だけ召喚させ、視界を遮る。
「グオ!?」
戸惑い、攻撃がぶれたその瞬間に、俺は懐に潜り込む。
「セッ‼」
全力の肘を、奴の膝に横から叩き込む。『巨体と戦う際は先ず末端から』基本ルールの一つだ。
「っつ!?」
だが、弾かれる。いや吸収される。分厚い筋肉と毛皮その奥に隠れた鋼の如き骨格は魔力を込めた俺の一撃など蚊に刺された程度も感じていない。
「グオ!!」
俺を追い回す奴の爪が迫るのを、背後に回ってやり過ごす。そのついでにアキレス腱に蹴りを叩き込むが結果は同等、全く効いちゃいない。
「ガル!!」
まるで、と言うか事実上巨人と小人の戦いだ。巨体の割にその筋力によって動きは素早く小回りも効く。
こちらの一撃は効果ないのに、奴の一撃は俺を殺して余りが出る。
「上等!」
この程度の苦境は、修業時代には慣れたもの。この程度の敵は神父様なら拳の一撃で終了だ。こんな所で躓いてはいられない!
膝が無理なら、もっと弱い所。足の指を狙うまで!
気配察知をグミ助に全任せして、俺は攻撃に専念する。虫けらの様に地を這いずりまわりながら、隙を作り――一撃!!
「ガルル!?」
歯を食いしばって放った全力の一撃は、辛うじてダメージを与えることに成功した。しかし、小指と言えど、俺の太もも程度の太さがあるそれには、蹴った俺の足が痛いほど。
だが、箪笥の角に小指をぶつけた程度のダメージは与えられた。後はこれをどのように積み重ねていくか……だ。
「さがれ小僧! 子供のお遊びは終いじゃ!!」
いい具合に体が温まってきたところに、爺の声が響いて来る。
「喧しい! こいつは俺の獲物だ! 横取りはよしてもらう!」
のこのこ遅れて現れたくせに何を言ってるんだ、この爺は。しかも俺の予想だとこいつは……。
「何を呑気な事を言っておる! 死ぬぞ貴様!
闇切り裂く光をここに、その輝きを持ち、我が外敵を撃ち滅ぼせ、ライトアロー!!
「グオオオオ!!」
突如ジャイアントグリズリーから突風が吹き荒れる。
「チッ!!」
俺はそれに吹き飛ばされないように、地面に張り付き、難を逃れる。
「何とッ!」
だが、風のカウンターを受けた爺の愛馬はバランスを崩した。
「ガル!」
「グミ助!!」
先ほど同様に、グミ助を一瞬奴の目の前に召喚させ、視覚を阻害。その一瞬に爺は馬を逃がして、自らは飛び降りた。
「てめぇとっとと帰れ爺! 年寄りの冷や水って言葉知ってるか!」
「だまれ小童が! 貴様なんぞに指図される謂れはないわ!」
グミ助の目つぶしもそう何度も使える訳ではない、しかし、爺が居た場合その使用頻度は上がってしまう。
これで、もたもたしている訳にはいかなくなった。早々に決着を付けなければ共倒れになってしまう。
「爺! こいつは魔術耐性も高い! やるなら耐性をぶち抜ける強力な奴だ!」
「そんな事は分かっちょる!」
絶対嘘だ、さっきの攻撃を見抜けなかったくせにいけしゃあしゃあとと思いつつも。俺はあえてジャイアントグリズリーの気を引く様に派手に動く。
「こっちだクマ!」
投石。地面を駆けずり回っていた間に集めた石を奴の顔面目がけて投擲しつつ、奴にとってベストの距離をうろつき挑発する。
「くっ!」
当然ながら、その分攻撃は苛烈なものとなり、攻撃の糸口さえ探すのに困難となる。だが、攻撃全てを爺に任せる気は毛頭ない。
その為には、奴を知る必要がある。深く深く、より深く。
グミ助との同調を深くして。思考を置き捨て本能のまま回避続ける。
見る、見る、深く、深く。
筋肉の躍動、骨格の軋み、息遣い。奴の肉体に同調し、奴の思考をトレースする。
「ここだ」
魔力爆発により、一瞬で距離を詰め、奴の足元を通り過ぎ、奴の背後に潜り抜ける。
「行け、グミ助」
「グ・が」
「何が起こった!」
自身の持つ最大威力の攻撃魔術を放とうと、集中していたゲルベルトは突然の事に、詠唱を中断する。
それまで、目にも留まらぬ攻撃をアデムに繰り広げていたジャイアントグリズリーの動きが突如止まったのだ。
かと思うと、ジャイアントグリズリーは喉を掻きむしりながら悶えはじめたではないか。
「うわっぷ!」
苦し紛れに連続して放たれた、強風により、アデムがゴロゴロと転がってくる。
「小僧! 貴様何をした!」
回転する勢いのまま、ゲルベルトの元まで逃げて来たアデムに、彼はそう尋ねる。
「何した? 爺さん老眼がきつくなってきてるんじゃないか? 誰か足りないと思わないか?」
アデムはそう言って肩を指さす。そこはある生物。彼の相棒の特等席だったはずだ。
「貴様! まさか!」
「おうよ。グミ助を奴の喉奥に召喚した。奴はこれで溺れたも同様だ」
「……なんと」
召喚術は、強力な魔獣を召喚しそれを手駒の様に操る術者。僕の魔獣に戦わせて、自分は安全な所で高みの見物。そう言った人種だとゲルベルトは思っていた。
いや、その印象は間違いではない。誰に聞こうが同じような答えを返すはずだ。だがこの小僧、アデムは違った。
召喚師の身でありながら、進んで最前線に飛び込んでいき、軽戦士顔負けの動きでもって戦闘をコントロールする。のみならず敵の体内に自らの召喚獣を召喚するなどの離れ業を行ってのけた。
「貴様! どうやってその様な事を!」
「はっ、奴は所詮デカイだけのクマ。クマ位幾らでも解体して来た。奴の内部構造ぐらい手を取るようにわかるぜ」
目の前の小僧は得意げにそう言ってのけるが、事はそう簡単ではない。高速で動き回る敵の体内に召喚するなんて。それは最早人外の洞察力と魔境とも言える召喚精度を持たなくては行えない。
ぞくりと、老人の背後に冷たいものが走った。
成程、この小僧は過去の召喚師たちとは違うモノだ。あるいは……。
「爺さんどけ!!」
考えに耽っていた、ゲルベルトは突如アデムに突き飛ばされる。
そして、先ほどまで彼がいた場所に血の華が咲き誇ったのだった。
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