第21話 お貴族様は狩りがお好き
「我が家と、召喚師の因縁は先の大戦にさかのぼります」
シャルメルは、高貴な香り漂う紅茶に一口つけてからそう語り始めた。
30年前の大戦。自国である聖王国と隣国である帝国との大戦だ。5年もの長きにわたる大戦では多くの人や物が失われた。勿論王国の盾として剣として前線で武勇を示し続けたミクシロン家も同様である。
「
「……具体的には……その」
「当時お爺様の副官であった召喚師の裏切りです
その召喚師は、陰で敵方とつながっており、その裏切りによりお爺様の軍は壊滅寸前の被害を受けたそうです」
「それは……」
アプリコットとチェルシーはその告白に言いよどむ。30年前、自分が生まれる遥か前の話だが、そこ言葉には受け継がれて来た重みがあった。
「……その召喚師はどうなったの」
「分かりません、名前もその後の顛末も御爺様からは教えて頂いておりません。
只々、『召喚師は信用するな』と」
「そう、貴様ら薄汚い召喚師は信が置けぬ。疾くシャルメルの前から立ち去るがよい」
「知ったとこじゃない。俺はその何とかって召喚師とは別人だ。貴方の指図を受ける謂れは無い」
机を挟み、にらみ合う。
成程それは恨み骨髄、棺桶まで引きずる事かもしれない。だが、今を生きる俺たちには関係の無い話だ。
「儂がゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンであるッ!!!!!」
「俺はサモナー・オブ・サモナーズになる男だッ!!!!!」
喧喧囂囂。
論理じゃない、感情同士のぶつかり合いはいつ終わるともなく続き。
「儂がゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンであるッ!!!!!!!!」
「俺はサモナー・オブ・サモナーズにごっほごほ!」
しまった、あまりにも叫び続けたので咳き込んでしまった。くそ爺を見るとそれ見た事かとニヤついていやがる。
くそっ、こんな事で負け、負け、と言うか一体何の勝負をしているのか。昼前についたと言うのにいつの間にか窓の外では夕日が顔を見せ始めている。
まったくタフな爺だ。マジでムカつくからそのにやけ面を何とかしやがれ。
俺は折角の休日をこんなムカつく爺と過ごすために態々やって来た訳ではない、そう今日この場所を訪れたのは――
「……狩りで勝負だ!」
「ほーう、小僧。儂に勝負を挑むか」
「あの、お爺様これは一体」
「ふん、生意気な小僧に躾をしてやるだけだ。お前は手出し無用だぞチェルシー」
アデムの事はほって置いて、女3人(+ジル)でランチ後のおしゃべりタイムを過ごしていると、自慢の愛杖を持ち出し狩猟服に身を固めたゲルベルトが姿を見せた。
「お嬢様、大旦那様はこれから狩りをなされるそうでございます」
ゲルベルトの影に付いたベンジャミンはそうシャルメルに説明する。
「おい爺さん! 何時まで支度に手間取ってるんだ、俺の準備はとっくに終わってるぞ!」
「喧しいわこの小僧! 貴様如き下賎の者の狩りとは話が違うのだ! 貴族には貴族の格式と言うものが有るのじゃ!」
アデムに支度もなにも無い。彼の狩猟スタイルは徒手。走って行って殴るだけ。つまりは来たままの服装だ。
対してゲルベルトは細やかな装飾がなされた革鎧に、ハンティング帽。そして魔術の触媒となる磨き上げられた杖を手にし、シャルメルの馬よりも更に上等な馬に跨っていた。
ゲルベルトはアデムを見下ろし、怪訝な目で彼を見る。
「なんじゃ小僧、その身姿でやるつもりか」
「そうだよ、俺は剣も弓も使えねぇ、有るのはこの体と」
むぎゅるむぎゅると、アデムの肩に乗る、グミが胸?を張る。
「グミ助だけだ!」
「ははっ、ははははははこれは笑止。違う確かに貴様はかつての召喚師とは話が違う、あまりにもレベルが低すぎる」
「知った事かよ! 俺は俺だ! どっかの誰の代わりじゃない、今ここにいる俺と勝負しろ!」
「はっ、口が達者なのは同じだな。いいだろう、この勝負に負ければ二度とシャルメルに近づくでないぞ」
「上等だ、その代り俺が勝ったら、二度と口出しさせねぇからな!」
一々万事が口に障る爺だ。こうなったら容赦しねぇ。敬老精神なんて知った事か、ぎったんぎったんに叩きのめしてやる。
「ベンジャミン、準備は良いか!」
「はっ、滞りなく」
そう言うと執事は手をあげる。
「それでは、お二方準備はよろしいでしょうか」
「「おう」」
俺は、腰を落とし前傾姿勢を取る。爺は手綱を握りしめる。
「では、開始です」
ベンジャミンさんが、上げた手を下ろす、同時に目の前の森の奥が騒がしくなった。追い立ての開始だ。
「「はっ!」」
両者同時に地を駆ける。くそ爺の馬はそれは見事な黒馬で、尚且つ身体強化の魔術が掛けられている。
淡く輝く魔力を纏い、全速力で走る俺を悠々と引き離す。
「チッ!!」
森の端から追い立てられた獲物が続々と走り出してくる。
「闇切り裂く光をここに、その輝きを持ち、我が外敵を撃ち滅ぼせ、ライトアロー!!」
爺の杖から、光の矢が飛び、森から飛び出してきた鹿に突き刺さる。速度と攻撃手段は彼方の方が上、もたもたしていたら狩りつくされてしまう。数で勝負するのは愚作、ならば内容で勝負する。
「グミ助! 行ってこい!」
俺は走りながらグミ助を遥か上空へ放り投げる。
『むぎゅぎゅぎゅ!』
矢の様に飛んだグミ助は、遥か上空から地面を森を俯瞰して見る。弱い生物であるグミは、天敵を素早く見つけるために、視野が広く、五感は鋭い。俺はその視界を間借りする。
「見つけた!」
俺はグミ助を呼び戻し、魔力を廻す。身体強化の魔術の様に漫然と使うのではなく、瞬間的に爆発的に魔力を使用することで、爺の馬に負けない加速を得る。
いい気になって3頭目の獲物を仕留めた爺の脇を通り過ぎ、一直線に森の中へ。グミ助の弱者としてのレーダーは高精度。この森で一番の強敵を探し当てた。
「森の主は頂いたぜ爺さん!」
森の中では折角の名馬の機動力も役立たず。貴族様のお遊びとしてはルール違反かも知れないが、そんな事は知った事ではない。田舎者の狩りは早い者勝ちだ!
枝に手を掛け、幹に足掛け、一直線に得物を目指す。背後から馬の駆け音が聞こえてくるが、あの巨体じゃ身軽な俺に追いつけっこない。
そうこうしている内に、得物の気配が迫ってくる事をグミ助が教えてくれる。
近い……敵は森林の王。森の暴君!
『ジャイアントグリズリーですか、貴方たちはそこから離れなさい』
念話で報告を受け取ったベンジャミンはそう指示を下す。彼の主であるゲルベルトならば問題は無いが、唯の追い子に相手をさせるにはちと荷が過ぎた相手だ。
「さて、かの森の暴君が住み着いたとの報告は上がってはいませんが」
とは言え、敷地内の森は結界で外部と仕切られていると言う訳でもない、手入れは欠かしていないが、ここは豊かな狩猟場、腹を空かしたジャイアントグリズリーが紛れ込んでもおかしくはない。
ベンジャミンがそう思考を巡らせていたその時だ。報告の続きが告げられた。
『それが、唯のジャイアントグリズリーではありません!
額に角を持つ変異種です! 大きさも通常個体を優に1mは超す大物です!』
『貴方たちは直ちにそこから離れなさい、私が向かいます』
ベンジャミンはそう言うと、その場から掻き消えたのだった。
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