第20話 突然ですわよ御爺様
馬車に揺られる事半日。王都の外れの丘陵地帯にその建物はあった。それは真新しくピカピカと輝いた2階建ての広大な建物かつ豪華なもので。一目で金持ちの持ち物と分かるものだった。
「入学祝にプレゼントされましたの」と何のことも無くシャルメル嬢は仰る。うん、意味が分からない。
まぁ、他所は他所、ウチはウチだ。ともかく今回の旅は1泊2日の予定と言う事もあり、久しぶり……いや初めて柔らかいベッドで眠れそうなので俺に文句は無い。
「お帰りなさいませお嬢様」
ズラリと並ぶメイドたちと、それを取りまとめる老齢の執事が馬車を出迎える。おぉ、すげー。と3歳児程度の感想を頭に浮かべていると、御者席の方から、小さく、だが鋭い声が掛かって来た。
「お嬢様」
「……ええ、どうしたことでしょうか。貴方は何か聞いていて?」
「いえ、存じ上げません」
それまでの浮ついた空気が冷め、室内に緊張が訪れる。
「どうしたんだ、シャルメル」
俺がそう聞くと、彼女は表情を硬くしてこう答えた。
「少し……予定が変わりそうですわ。御爺様がいらっしゃっています」
「御爺様って。ゲルベルト翁の事ですか!」
その単語に、アプリコットが声を高め、チェルシーは、額を手で覆う。
「おい、一体何の話だ?」
話について行けない俺が、アプリコットに尋ねると。彼女は酷く申し訳なさそうに俺にこう答えた。
「ゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロン様。シャルメルさんのお爺様で鉄血将軍と呼ばれた高名な人物です。それで……えっと」
「それで、何なんだ?」
「大の召喚師嫌いで有名な人物よ」
アプリコットの答えをチェルシーが引き継ぐ。成程、狩りの前に一悶着ありそうだと予感させるには十分すぎるキーワードだった。
「ベンジャミン、一体どういうことなのかしら」
シャルメルは、我先にと馬車から降りると、老執事に問いただす。
「これはこれはシャルメル様。相変わらずお美しくて何よりでございます。それではゲルベルト様がお待ちでございます。ご友人達もご一緒にどうぞ」
執事は、シャルメルの問いを聞き流し、落ち着いた顔でそう案内する。だが先ほどの車内での会話は、俺たちの足を重くするには十分な内容だった。
しかし、ここまで来て引き返す訳にはいかない。そのゲルベルトとか言う人は
「はぁ、しょうがない、案内してくれ」
俺は覚悟を決めて、シャルメルにそう言った。彼女は暫しの逡巡の後、彼女自身も覚悟を決めたのか、俺の目を見返した後、「案内しなさい」と背筋を伸ばして執事にそう言った。
「儂がミクシロン家前当主ゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンであるッ!!」
老執事に案内されて応接室に入った俺たちを待ち受けていたのは。老境に入って尚背筋のピンと伸びた禿頭の男の、サンダーバードの鳴声に引けも取らないほどの大音声であった。
眉間に刻まれた深いしわと、深く重たく響く声も相まって、揺るぎない信念と自信を感じさせる、いかにも頑固そうな人物だ。
「相変わらずですわねお爺様。それは兎も角、急なご来訪に出迎えもなさずに申し訳ございません」
「よい、お前が元気ならばそれが何よりだ」
俺たちが軽くスタンに入っている中、シャルメルは何時もの事なのか、何事も無く爺さんと挨拶をかわし合う。
そして、一通り互いを労う言葉を掛けあった後。シャルメルの祖父はゆっくりとアプリコットに視線を動かす。
「御爺様、ご紹介いたします。こちらが私の学友で、ソルスタインを治めるローゼンマイン家の嫡子、アプリコット・ローゼンマインさんですわ」
「はっ、初めまして。ゲルベルト様。私はアプリコット・ローゼンマインと申します」
アプリコットは老人の迫力に泣きそうになりながらも、それを堪えて丁寧におじぎをする。
「うむ、ローゼンマインの事はよく知っている。小さい領地ながらも良く治め。聖王に対する忠義を忘れぬ、誠に忠臣と言うべき一角の人物だ」
「はっ、過分のご評価、父に代わりありがたくお受けします」
老人はアプリコットの親父さんを思い出しているのか目を細めながらそう評した。面倒くさそうな人だが、評すべき所はきちんとそうする人なのか。まぁアプリコットの親父さんの事を良く知らない俺が考えても仕方がない。
そして次は俺とチェルシーの番となったが。
「そして……」
老人の眼力がまし、シャルメルがそこまで言って言いよどむ。
「いいよシャルメル。自己紹介ぐらい自分で出来る」
俺は、シャルメルが止めるのも聞かずに、続きを喋る。
「俺、いや自分はアデム・アルデバル。ジョバ村の農家の息子で、
老人の眼力に負けないように腹に力を込めてそう宣言する。
「小童! 儂の前でそう名乗るかッ!」
「そうです! 自分の夢はこんな事で曲げたりしないッ!」
応援してくれた村の皆の為にも、修業を付けてくれた神父様の為にもこんな所で躓くわけにはいかない!
「儂がゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンであるッ!!!」
「俺はサモナー・オブ・サモナーズになる男だッ!!!」
一言に万感の思いを込めてぶつけ合う。成程こいつは強敵だサンダーバードなど足元にも及ばない!
「ああ、お爺様のスイッチが入ってしまいましたわ。長くなりそうなので
「え? あっ? え? いいんですかほっといて?」
「後は任せましたベンジャミン。さっチェルシーさんも此方へ」
「はっはい! シャルメルさん」
チェルシーは渡りに船とばかりに、その提案に飛びつく。とてもじゃないが自分ではあの剣幕に耐えられそうになかったからだ。
そうして、控室に入った3人は、ジムの入れてくれたお茶を前に一息をついた。
「あのー、シャルメルさん。差し支えなければ、ゲルベルト様がなぜあんなにも召喚師を憎んでるのか教えて頂けないでしょうか」
番を逃れたとは言え、自分の自己紹介がまだ終わっていないチェルシーがおずおずとそう尋ねる。
「……そうですね」
シャルメルはしばし考え込んだのち、ゲルベルトと召喚師の間の因縁について語り始めるのであった。
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