第19話 突撃貴族の別荘地
王都より馬車で2日、風光明媚で名高いルイゼアの都の外れに、その屋敷はあった。
そこは、絢爛豪華と言うよりも質実剛健と言った方がよい、歴史の重みを感じさせる歴史の重みを感じさせる、建物だった。
そこは、ミクシロン家前当主ゲルベルト・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンの屋敷だった。
「シャルメルめ。儂のいいつけを無視しおって」
1枚板の大きなテーブルで執務を行っていた禿頭の老人は、眉間に刻まれた皺を更に深くしながらそう呟いた。
「はー、それにしても、連休なんてものがこの世にあったとはなー」
農家の暮らしは絶え間ない労働の日々。神父様の所に通い出してからは、それに加えて生き残るための戦いの日々だった。
休息日が無いではなかったが、何もしなくてもよい日が連続で続くなど考えたことも無かった。
「あっあの、私もご一緒してよろしかったのでしょうか」
アプリコットは、おずおずとそう呟く。
「それを言うなら私もよアプリコット。貴族様のお屋敷なんて私は生まれて初めてよ」
それに対して、チェルシーは肩をすくめながらそう言った。
「構いませんわ、アプリコットさんチェルシーさん。これは私の友達があなた方に掛けてしまった迷惑への謝罪の意味もありますわ」
豪華な馬車の最奥には、これまた穏やかな笑顔を浮かべたシャルメルの姿があった。いつも傍に控えているジムは、今日は御者として前で手綱を握っている。
貴族の別荘、それも国内有数の大貴族らしい、シャルメル嬢お屋敷……全く想像が付かないので俺は最初から考え無いようにしていた。
そもそも、なぜ俺たちが一緒の馬車に揺られているかと言うと、話は少し前にさかのぼる。
連休前のある日の事だ。いつもの様に3人で昼食をとっていた折に、珍しく取り巻き無しのシャルメル嬢が歩いて来た。
「ごきげんよう皆さま」
彼女は薔薇の様な笑顔を浮かべ、朗らかに話しかけた。
「ふぉう、ふぁるめる」
もごもごと、弁当で口いっぱいながら俺はそう答える。
「元気そうで何よりですわアデムさん。それにアプリコットさんもチェルシーさんも」
どうも、どうもと3人が挨拶をかわす。その間に俺は背後に控えるジルに視線を飛ばす。だが奴はあくまで主の影として、静かに存在感を消していた。
まったくご苦労なこってと思いつつも、俺はシャルメルに視線を戻す。
「そんで、一体どうしたんだ? 一緒に食事でもするのか?」
「ええ、それも含まれていますわ。ただ本命は狩りの方ですの」
「「「狩り?」」」
先日のオオカミ狩りは、サンダーバードの乱入によりごたごたになって幕を閉じてしまった。それで仕切り直しと言う事で、今度はシャルメルの家が所有する別荘で狩りを楽しもうと言うお誘いだった。
狩猟場を備えた別荘を持っているとは流石は貴族と、ぼけーと考えていると。ジムが視線で『よもやお嬢様のお誘いを断るのではありませんねと』語り掛けて来た。
まったく過保護にも程があると思いつつ、俺はシャルメルに尋ねる。
「俺の今まで行ってきた狩りはあくまで生活の為の狩りが主なんだが、アンタが言っているのはスポーツハンティングって奴だろ? 俺は作法だなんだって知らないぜ」
この前は召喚獣を手に入れることを目的に、色々な思惑があってシャルメル達を巻き込んだが、彼方からの正式なお誘いとなれば、話が変わってくるんじゃないだろうかと、田舎者特有の
それに対して、彼女は何時ものオホホ笑いを一つ飛ばして、こう言った。
「大丈夫ですわアデムさん。お誘いといっても、今ここにいる内輪だけのお誘いですもの。格式ばった作法は何もありはしませんわ」
勿論サンダーバードの乱入もと付け加えて彼女は言う。なんだか知らんがそれならばいいだろう。俺が恥をかくのは構わないが、それが召喚師全体の風評を貶めることに繋がってしまえば色々と面倒くさいと、二の足がステップダンスを踊っていたが。彼女のその言葉で決心がついた。
そうと決まれば貴族様、しかも国内有数の貴族様の別荘へのお出かけだ、どんなご馳走が出てくる事やらと今からワクワクと胸と胃を膨らませていたが、そこにチョイチョイとチェルシーが俺の袖を掴んできた。
「あっあのー、私は狩りの作法どころか、狩り自体したことないのだけど……」
心細く、おれに言うチェルシー、そんな事は俺に言わずに直接シャルメルに行ってくれと思いつつ、どうなんだと聞いてみる。
「問題ありませんわ、チェルシーさん。観戦も立派な楽しみ方でしてよ。要は狩りを御題目に親睦を深めましょうと言う事ですもの」
そう言って薔薇が咲き誇る。流石は強者の余裕と言った所だろう。そう言う訳で俺たち3人はシャルメルの誘いに乗り、次の連休に彼女の別荘へと赴くことになった。
「すげぇな、こんなに豪華な馬車は見るのも初めてだ」
しっかりと厚みのある木材で作られたフレームにはピカピカの塗料が塗られ、その上に細やかな装飾がなされている。それを引く馬もこれまた見事。田舎なら、いや都でも家が建つんじゃないかと思えるような艶と張りに満ちた素晴らしい名馬が2頭も繋がれていた。
「あほほほほほ。これでも地味な方の馬車を選んできたつもりですわ」
狩りと言う事で、前回と同じく丈夫そうなハンティングスタイルで身を固めたシャルメル嬢は上機嫌でそう答える。うん、今日の天気に負けじと元気な様で何よりだ。
「おっ遅れて申し訳ません」
そうこうしていると、アプリコットとチェルシーが掛けてくる。
「構いませんわ、女性が準備に時間が掛かるのは当然ですわ。おや、よくお似合いでしてよお二人とも」
曲がりなりにも貴族の娘。ドレスの類は多少の手持ちがあるアプリコットはともかく、教授の娘とは言え、所詮は庶民の娘であるチェルシーは。アプリコットのお古のドレスを借りて来たと言う訳だ。
どこがとは言わないが色々とサイズが違うのでドレスに着られている感はあるが、まぁ突然の事だったので是非も無い。
「……なによ、なんか文句ある」
「いや、頑張ったんだなぁって」
ボカンとグーが飛んできた。何故だ。
「はぁ見ていられません」
そう言うと、シャルメルの傍に控えていたジムが二人の前に立った。
「本日はよろしくお願いいたしますレディ。御二人ともとても可憐で良く似合っておられます。
私はお嬢様のお世話係として、狩猟場ではお相手できませんが、お二人のお相手は屋敷のメイドが担当することになっています。どうぞ本日は日頃のしがらみをわすれ、優雅な自然の中で、緩やかに羽を伸ばし下さい」
おお、
「さぁそれでは出発ですわ!」
空には曇り空一つない蒼天が何処までも広がっていたのであった。
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