第17話 嬉し恥ずかし初召喚(前)

「はい! それでは待ちに待った召喚実習の時間です」


 飼育舎前の広場、朗らかに登場したカッシェさん、もといカッシェ助教授を万雷の拍手でもって迎える俺一人。ヘイヘイどうした皆上げていこうぜ!


「あーアデム君。嬉しいのは分かったからちょっと落ち着いて落ち着いて」


 いーや落ち着けないぜ、漸く訪れたこの機会。相手がグミと言うのはやややや不満だが、文句は言うまい。ここからサモナー・オブ・サモナーズの新たなる一歩を踏み出すのだから。


「はーい、アデム君の目つきが怖いので始めましょう。それではアデム君、魔獣との契約について今一度、説明してもらえるかな」


 俺は、素早く返事をして一歩前に出て説明をする。教科書は何度も読んだし、分からない所はチェルシーに聞いてばっちりだ。


「そもそも召喚術とは契約した魔獣を距離・世界を超え一瞬で呼び出し、使役することです。

 しかし、本来空間転移には莫大なリスクとコストが掛かります。なので、それ安定化させるため大規模な転移門等を設置するのが一般的となっています」


 そう、転移魔術を使ったがいいが壁の中に転移してしまい、即死なんてことが、中々の頻度で起きてしまい、かつては命がけの大魔術だったらしい。その為現在では安全性が確保された転移門を利用することが一般的だ。


「ですが召喚術の場合呪文ひとつでその大魔術を行使することが可能となっています。そして、その為に必要なのが魔獣との契約です。

 召喚師が魔獣と契約をかわすことで、魔獣は召喚師と魂の部分で紐付きとなり、召喚の呪文を引き金とし、伸びたバネが元に戻るかのように、迅速かつ自然に一つになる、つまり召喚師の元へ召喚されると言う事になります」


 重要なのはあくまで召喚師が主と言う事、もしそうでない場合、逆に魔獣の元へ引っ張られてしまう事になる。


「その関係性を決定付けるのが、契約です。魔獣の真名で結ばれた契約は堅牢にして堅固、使役者と被使役者の関係性を完璧なものとします」


 言い切った、俺は言い切った。これが召喚術、これこそが召喚術、具体的には教科書の4ページ、を俺は完璧にマスターした。

 俺が感動に浸っていると皆の散漫な暖かい拍手が迎えてくれた。


「はいよくできました。教科書の丸暗記だけど。小テスト赤点連発のアデム君にしては大満点です。できれば召喚術以外にもその努力を発揮してほしいところですけどねー。全体基礎のマルギー先生が大概にしとけって怒ってましたよー」


 んなモン知った事か。俺はクラスメートの皆にも感謝の意を伝え元の場所に戻った。





「汝は、不定の生物なり。汝は、不浄の生物なり。何者よりも弱く、何よりも強い。遍く大地に存在し、命の理として天を知る軟体生物なり。汝の名は柔らかき者ソルフト、今ここに我と契約を結ぶことを宣言する」


 召喚符を手に魔力を込める。呪文を詠唱するたびに、それに魔力が籠っていく。

理解する、この生物の骨子情報が水の様に流れ込んでくる。もっとも原始的な魔獣と呼ばれ、全ての魔獣の基礎とも呼ばれるグミのあらゆることが理解できる。

自分の中で世界が広がる、グミが一匹転がり込んでくる。





「ふー、たかがグミとは言え、初めての契約は緊張するものね、ってどうしたのよアデム。もしかして失敗しちゃったの?」

「……す」

「す?」

「すっげぇええええええ!!!!」


 俺は両手をあげてそう叫んだ。俺の傍らにいるグミも同様に精一杯背伸びをする。隣ではなぜかチェルシーがすッ転んでいた。どうでもいいが下着丸出しだ、それにしても都会もんは派手な下着を着やがってらっしゃる。下着なんて木綿ガラなし白が基本だろう常識的に考えて。


「あっあんた! びっくりさせるんじゃないわよ!」


 スカートを直しつつ、顔を赤く染めたチェルシーがそう因縁を付けて来た。


「気にするなってチェルシー、俺は教会で下働きしてるんだぜ。下着位幾らでも洗濯してらあ」

「そんな事言ってんじゃないわよッ!!!」

「ははは、ちょっとしたジョークだジョーク」


 羞恥の赤から激怒の赤へ、顔色を変えたチェルシーを優しく諭すように肩を叩く。全く人間余裕を失ったら最後でござる。


 むぎゅる、むぎゅると、グミの助がチェルシーを宥める様に足元にすり寄る。


「わわっ! あんたちゃんとコントロールしなさいよ」

「失礼な、俺とグミの助は魂の糸で結ばれたソウルフレンドだぜ」


 俺がそう言い親指を立てると、グミの助も体の一部を突起させる。


「……なんか尋常じゃない動きをしてるわねそのグミ」


 俺の気持ちを汲んで、自由自在に動いてくれるグミの助を、気持ち悪いと言いたげな目で見てくる、チェルー・リシュタイン嬢。まったく余裕だけじゃなく、センスも御有りじゃないようだ。彼女の灰色の人生に幸あれ。


「はいはーい。皆さん契約は上手くいきましたかー?」


 俺がチェルシーの今後の人生を憂いていると。カッシェさんの声が響いて来た。それにともない俺たちはズラリと整列する。そしてそれぞれの足元にはグミ、グミ、グミ。中には言う事を聞かずに、勝手に主人の傍から離れようとするグミもいるが、基本的にみな大人しく主人の傍らに待機している。

 中でも最も凛々しいのは俺のグミ助だ、こいつは精一杯背筋を伸ばして正に直立不動の凛々しい姿を誇らしげに晒している。おかげで他のグミよりも1・5倍ほど背が高い。


「あはははは、ご主人様に似たのかアデム君のグミは随分と張り切ってますね」


 カッシェさんのその言葉で、張り切り度数は更に上昇。俺の脛程度の背丈だったグミは俺の膝ぐらいまで背を伸ばす。おかげで背後が透けて見える位に薄くなった。今にも風に負けそうだ。


「えーコホン。この契約をもって、このグミは皆さんが卒業するまで、皆さんの召喚獣となります。

 皆さん責任もってお世話するようお願いしますね」


 はーい、はーいと返事が木霊する中、俺は聞き捨てならない台詞に体を硬直させた。


「カッシェさん、いやカッシェ先生。今何とおっしゃりましたか!?」

「はい? しっかり世話する様に――」

「その前です!」

「……ああ、言い忘れていました。この子たちと卒業時に契約解除したくない人は、有料ですが引き取る事も出来るので安心してください。実は先生もそうしてるんです」


 カッシェさんはそう言って、自らのグミを大事そうに抱きかかえるのだった。

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