第16話 前途多難な曇り空
「いやホントですって、ホントにサンダーバードを召喚獣に出来た所だったんですって」
「はいはい、それは良かったですね。けど勉強不足です、そもそも学生が無断で召喚獣と契約することは安全管理上禁止されていますからねー」
昨日の狩りについて吹聴していたら、カッシェさんに呼び出されたでござる。
「ってそんなこと聞いてないですよ! なっチェルシー」
さっと、俺が彼女の方を向いたら、あの野郎目を反らしやがった。
「やだもう、アデム君ったらおっちょこちょいなんだから。ちゃんと規則は読まなきゃ駄目じゃない」
チェルシーさんが今まで聞いたことの無いキャピキャピボイスで何か仰っている。が、正直気持ち悪い以外の感想が持てない。
「こら! チェルシーさん! 貴方も同罪、いやエドワード先生の娘である貴方の方が罪は大きいと私は思いますよ!」
二人には特別課題をプレゼントです。と言う訳でドサドサっと素敵なプレゼントを貰った俺たちは、すごすごとゼミ室を後にした。
「先生先生聞きましたか!」
「ああ、全くわが娘ながら困ったものだね」
ノックをする間も惜しいとばかりに、教授室に転がり込んできたカッシェを、エドワードは苦笑いで迎えた。
「いえ、それもそうなんですがアデム君ですよアデム君! サンダーバードと言えばランク3の魔獣! それを単独討伐しただけでも凄いのに召喚獣として契約寸前のところまで行ったって!」
カッシェが興奮するのも無理はない、この召喚師にとって冬の時代に置いてランク3の魔獣と契約でたとするならば、それは正に英雄の所業だったからだ。
そしてそれはカッシェの所感であれば、夢ではないと言った所だった。彼女はその片鱗を入学試験の際に目にしていた。
アデムの類まれ無い同調力、この資質を正しく伸ばしていけば、現在の召喚士を取り巻く厚いモヤを晴らしてくれるかもしれないと思っていた。
「危険だねぇ」
「ええそうです、危険……って? まぁ確かに一歩間違えれば危うく命を落としかねない危険な行為でしたけど……」
「そうだね、全く危険な子だ。カッシェ君彼の事をよろしく頼みましたよ」
エドワードはそう言って席を立ち、後ろを振り向く。そこには厚い雲に覆われようとする太陽の姿があった。
召喚学科には飼育舎が併設されている。昔はグリフォンやヒポグリフ等の高ランク魔獣を飼育していたと言う話だが、現在ここで飼われているのは。
「おーい、グミども朝飯だぞー」
むぎゅいむぎゅいと足元にすり寄ってくる、軟体動物。入学試験の時にも使われた彼らはスライムの亜種。魔性を捨てた魔獣、魔獣の底辺とも言われるグミだ。
ほんの少し物理耐性があるものの、攻撃性は極めて低く、動きも鈍いので、ご家庭でペットとして飼育が許可されている数少ない魔獣である。
最も野生個体のグミは、多少は荒っぽいそうだが、それでも多少の範囲。1対1なら女子供にでも完敗するともっぱらの評判だ。
なので、実習には最適の魔獣とも言えるのだ。
「はっはー、今日は待ちに待った召喚実習だ、よろしく頼むぜお前ら」
むっぎゅ、むっぎゅと彼らは鳴き声? を上げる。がんばりまっせーと言わんばかりに輝くつぶらな瞳は、正しく野性を捨て、人と共に歩むことを決めたペットの輝きだ。
「大将今日は早いねぇ」
俺がせっせと餌であるクズ野菜をあげていると。欠伸をしながら、スコットが呑気に表れた。
「おいおい、遅いぜスコット。一体今何時だと思ってんだ?」
「何時って、時間通りだぜ大将。商家の息子が時間を間違えるかよ」
「そう言う事を言ってるんじゃない、今日はとびっきり大事な日だ。念入りな健康チェックは欠かせないぜ」
「今日はって、ああ今日は召喚実習か。まったく大将も好きだねぇ」
「あったぼうよ。サンダーバードの代わりと言っちゃ多少は見劣りするが、それでもこいつは立派な魔獣だ、いやー今週がエサやり当番でついてたぜ、とびっきりの奴をキープしておこう」
うむ、正直見分けがつかん。カッシェさんは奇跡の観察眼で見分けが付くようだが、俺にはまだグミ職人の道は遠いようだ。
「あーサンダーバードか、そいつはまだ見つかってないってな」
「らしいな、まぁ奴は俺の相棒(仮)、そう易々と人の手にはかからんて」
「まーだ言ってんのか大将。大将の喧嘩の実力は、目出度くもシャルメルちゃんのお墨付きとなったけど、それが召喚術の実力に直結するとは限らないだろ。
ってか召喚師を目指すのにどうしてそこまでやっちゃったの? って一般人視点では疑問なんですがね」
うむ、最もな疑問だが、それは全て神父様の
『召喚師は召喚獣とのガチンコ勝負、肉体面で召喚獣に劣る人間は、最低限精神力で彼らを上回らなければならない。さあ分かったらあと十週!』
うむ、思い出しただけで寒気がする。なぜあの時の俺はあんな訓練に耐えられたのだろうか。
と言うか、素でメタルゴーレムを殴り倒していた彼にそう言われても、全く説得力が無いぞ過去の俺。
「……純粋だったんだよ、昔の俺は」
俺は遠い目をしてそう答えた。
「と言うか、お前はワクワクしてないのか? 俺なんか昨日一睡も出来てねぇぞ?」
「大将は今でも十分に純粋だよ。って言ってもなぁグミ程度今じゃそこらでペット扱いだ。
無限にグミを召喚できるって話なら、頑張って覚えて精一杯売り歩くのも手ではあるが、そう言った話でもないんだろ?」
「まぁな、召喚術ってのは一種の瞬間移動だ。元手が無けりゃ何も始まらねぇ」
「まったく夢の無いこって」
スコットはそう言って肩をすくめた。まぁ奴の言う事も分からんでもない。だが、それだけではないと思う。今はまだ上手く言葉にできないが、俺が憧れたあの英雄は、俺が憧れた召喚術はそんな狭い世界ではないと思う。
言葉にできない思いを、もどかしくも飲み込んで、俺はグミの世話を続けたのだった。
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