第11話 悪巧みの教会

「けど例の狐ちゃんは真言魔術学科なんだろ、どうやって指図してんだ」

「あっいえ、彼女とは寮で一緒なんです」


 アプリコット涙の説得に、何とか冷静さを取り戻した俺たちは、改めて彼女から事のあらましを話してもらう。


「あーそうか、そっちがあるか。確かにウチでは寮生多いからね」


 何しろ、この学園は広い王国全土から魔術を学ぼうと多数の生徒が集まってくる。全寮制とまではいかないが、多数の生徒が寮に世話になっている。

 教授の娘で、家が学園の近くにあるチェルシーや、極貧生活で寮費の捻出すらままならない俺の様な人物は例外的なのだ。


「先ずは情報収集だな」


 基本ルール『情報を制する者は戦を制する』だ。


「そうね、闇雲に動き回っても傷を広げてしまう恐れがあるわ。私達もそれまではアプリコットさんと接触を控えた方がよいかしら」

「いや、そりゃ今更だ。弱った味方を孤立させるのは愚の骨頂、むしろ積極的につるんでやった方がいいんじゃないか」

「そうね、貴方の言うとおりだわ。唯、四六時中アプリコットさんと一緒にいるわけにいかない以上対策は練る必要性があるわ」


 あーでもない、こーでもないと話し合う俺たちに、柔らかな視線が送られているのに気が付く。


「ん? どうしたアプリコット、何か問題点があれば言ってくれ」


 その視線に気が付いた俺たちが、アプリコットの方を向くと、彼女は照れ笑いを浮かべながらブンブンと手を振った。


「いっいえ、私、良い方達と知り合えたなって……」


 むぅう。アプリコットが真っ赤になりながらそう言うものだから、俺たちも妙にこそばゆくなり、思わず顔が熱くなる。


 その後、一発逆転の手はなかなか浮かばず。取りあえず今まで通りの生活を維持するのと同時に、狐ちゃんの弱点を把握すべき情報収集に力を入れると言う結論で、その場は解散したのであった。





「と言う訳だ、頼んだスコット」

「任せたわよスコット君。貴方の情報収集力が頼りだわ」


 その日の講義が終わり次第、俺たち二人はスコットを呼び出し、協力を頼んだ。スコットも王都の出身だが、寮生活を送っている1人、おまけに噂に詳しい彼の力が加われば心強い事この上ない。


「おいおい、俺に女子寮に忍び込んで密偵の真似をしろってか? そいつは随分とリスキーな話だぜ」


 スコットはそう言って肩をすくめる。

 ああそうだった、同じ寮生とは言っても男子寮と女子寮は距離が離れている。さしもの耳聡いストックでもまだ新学期が始まったばかりでそこまでの情報網は確保できていないか。

 俺たちがそう、頭を抱えた時だった。


「なーんてな、まぁ密偵なんてするまでもねぇよ。その話は耳にしている。お前らが良くしている青髪の妖精ちゃんと、彼女の天敵の金髪の狐ちゃんの話はな」


 スコットはニヤリと笑いそう答えた。





「ジスレア・ヒューダンバー、真言魔術学科1年生」


 放課後、教会内の俺の部屋、内緒話をするのは絶好のこの場所で、アプリコットも交えての報告会が行われた。スコットの情報によると、どうやら彼女はアプリコットの隣の領主の娘さんだそうだ。

 幼いころから才色兼備の器量よし、緊張症以外には文句のつけようがない、否、それすらも彼女のとっておきのチャームポイントと、蝶よ花よと可愛がられていた彼女に、ジスレアはライバル心を抱いていたと言う。

 そしてそれがようやく解消できる。この学園で真っ向から白黒つけられると黒い情熱を燃やしていたが、なんとアプリコットはマイナー学科の植物科へ。

 空廻るジスレア嬢のライバル心、だけども自分は花形の真言魔術学科に入学できたことで一応の勝ちとしておこうと思っていた所にだ、彼氏とイチャイチャいちゃついているアプリコット嬢をみつけてしまったさあ大変。


「と、言った所らしい」

「……いや別に俺はアプリコットの彼氏じゃねぇぞ」

「そうよ、そんな勿体無い。豚に真珠どころの騒ぎではないわ。学園の一大失態として賠償金を要求されるわ」


 何だこら、何よ文句ある。と俺とチェルシーが睨みあっているとスコットが俺たちを無視してアプリコットに話しかける。


「こういう事なんだけどどうだい、ジスレアちゃんの情報に間違っている所はあるかい?」

「あ、いえ、はい。私は幼いころから領内に籠りっぱなしだったので、あまり良くは分かりません」

「なる程、正にジスレアって子の1人相撲じゃない。けど可哀そうでもあるわね、勝負の土台にすら立たせてもらえないって言うのは」

「おいおい可愛そうなのは現在進行形のアプリコットだ、それを忘れんなよ」

「分かっているわ、けど彼女の立場になって考えるのは問題解決に重要な事よ」


 まぁそれもそうだ、そうすると如何すればいいか、答えは簡単、単純な事だ。


「要は行き遅れのヒステリックが騒いでいるだけだろ。よしスコットお前ちょっくら行ってジスレア嬢の彼氏になってこい」


 村で何度か見た光景だ、良く知っている。

 俺のその名回答に女性陣二人は唖然とし、スコットは大笑いした。


「あはははは、確かにそりゃ名案だ、彼女は寂しさを紛らわせるし、アプリコットちゃんはいじめが収まる。おまけに俺の将来は安定と文句のつけようがない、実現不可能と言う事以外はな」

「むぅ、何だよ。いい案だと思ったのによ」

「あの嬢ちゃんが俺みたいな男相手にするわけねぇだろ。腐っても貴族の子女だぞ? シャルメルちゃん所ほどではないが、護衛がやってきてボコボコにされる」


 「あんたってホント最低の猿ね」「そ、それはちょっと」と女性陣二方からの評判も思わしくない、何故だろう。いい案だと思ったのに。

 しかし分かった、要はシャルメル嬢と同じパターンだ、貴族のプライドとやらが傷つけられたので云々と言う奴だ。

 だったらどうする? アプリコットと決闘すれば上手く収まる? そんな訳がない、これはあくまでも彼女の1人相撲、彼女自身もその事が分かっているから、いじめなんて回りくどくて後ろめたい事をやっているんだ。決闘の大義名分が立たない。


「ていうかジスレア嬢のペースに付き合う必要も無いだろう」

「どういう事よアデム」

「召喚学科みたいな程度の低い連中と、と彼女は言ったんだよな、ならばその前提を覆してやる

 俺たちの凄さを学園中に見せつけてやればいい」


 俺はニヤリと笑ってそう言ったのだった。

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