第10話 阿鼻叫喚の昼休み

 魔術学園では一年目は全体基礎が必修科目となっている。生徒総数が多いため、全校生徒が一堂に会すると言う訳ではないが、幸いなことに俺とアプリコットは同じ時間帯でそれを受けることが出来た。


「おはようございますアデムさん」

「ああおはようアプリコット」


 自業自得後の祭り。あの一件を始めとして浮きに浮いている俺は、何かにつけて悪目立ちしていた。


「ふん、重要な講義の前だと言うのに他所の学科の女子とおしゃべりなんて随分と余裕ね」

「げっ……」


 疲れ切った俺の隣に座ったのは、入学式以来俺を不俱戴天の仇と見ているチェルシーだった。


「あはははは、おはようございますチェルシーさん」

「おはようございますアプリコットさん」


 苦笑いで挨拶をするアプリコットに、チェルシーは笑顔で挨拶をする。女の子同士仲が良くて結構な事だ。

 アプリコットも最初こそは、緊張してガチガチになっていたものの、チェルシーの俺以外には優しい性格(それでもきつい事はきついが)も相まって今では何とか普通に喋れている。

 こんな二人が何故仲良くやれているかと言うと。


「アプリコットさん、ここなんですが――」

「ああ、そこは――だと思います」


 盆暗ぞろいの召喚学科では出来ない話題を、チェルシーがアプリコットと議論するためだ。

 勿論盆暗の中には俺も入っている。そう言えば読み書き計算以外はごく簡単な事しか神父様からは習っちゃいない。その他は生き残るための修行ばかりだった。


 ……あのバーサーカー神父、考えてみれば碌でもないな。


 王都に来てからと言うもの神父様の評価は俺の中で下がる一方だ。





「そう言えば、肝心の召喚術の方はどうなんですか?」

「まだよまだ、基礎の基礎、召喚術のしの字も終わっちゃいないわ」

「うるせーな、皆が皆お前の様な環境にあったと思うなよー」

「貴方こそ、勉強もせずに修行だなんだと遊びほうけてたのが悪いんじゃないの」

「あんな命がけのアスレチックで盛り上がれるほど、俺はマゾじゃねーよ」


 午前最後の講義と言う事もあり、そのまま3人で昼食を取ることにした、俺的には口と目の喧しい、チェルシーは不要だが、アプリコットには同性の友達がいた方が過ごし易いだろうし、仕方がない。


「あの、アデムさん、これ食べますか?」

「こんな猿餌付けすることないわよ、アプリコットさん」


 教会の片隅で眠っていた、期限切れで岩の様に硬いパンにかじりついていた俺に天使がお恵みを下さった。

 俺はありがたくそれを頂く、なんとそれは輝かんばかりのローストチキン!


「ひゃあ、蛋白質だ! 動物性蛋白質だ! 教会じゃ滅多に食えない動物性蛋白質だ!」

「ったく、見苦しいわね。午後の講義で腹の虫を泣かれても困るからこれもくれてやるわよ」

「……毒でも入ってるんじゃないのか?」

「そのリアクションの違いは何なのよッ!!」


 ギャーギャーと喧しく喧嘩する俺たちを見て、アプリコットは何故か優しく微笑んでいた。いや笑ってないでこの暴力女を止めてくれ。


「まったく品の無い事ですわね」

「んな?」

「あっ…」

「あなたは」


 俺たちが仲良く? 食事をしている所に通りがかる一団があった。この声は姿を見るまでも無い、麗しの紅の淑女、シャルメル嬢だ。


「なんだよ、あん時の続きをしようってのか?残念だが私闘だろうが決闘だろうが、構内での戦闘行為はリリアーノ先輩に硬く禁じられちまってるぜ」


 あの4時間を再現するのは真っ平御免、いや今度は4時間じゃ済まないだろう。極めて艶の無い朝までコース化も知れない……死ねる!


「ふん、わたくしも不本意ですが、リリアーノ先輩の顔に免じて勘弁して差し上げますわ。

 大、変、不本意ではありますが」


 そんな事は知った事か、俺は召喚術の勉強の為にここに来たんだ、決闘とやらをしに来たんではない。


「リリアーノ様、ここは田舎くさくてたまりませんわ、早くカフェに参りましょう」


 おほほ、ふふふと笑いながら去っていく一団、暇なのかな、と俺は思う。





「ったく! 何よあの連中! 真言魔術学科だからって威張りくさって!」

「まぁまぁ落ち着けよ猪娘チェルシー。他所は他所、ウチはウチだぜ」

「だれが猪娘よ!」

「お前俺の心の内を! 何時の間に読心術を身に着けたんだ!」

「アンタの単純な思考なんて、誰にでもわかるのよこの猿」


 全くひどい言われようである、と思っているとアプリコットが少し寂しそうに微笑んでいるのに気が付いた。


「どうしたアプリコット、やっぱり肉返すか、とは言ってももう食っちまったけど」

「そんな訳ないでしょこの馬鹿。あの中のいや言わなくても分かるわ。あの金髪の娘に何か嫌がらせを受けているのね」


 あの金髪と言うと、シャルメル嬢の腰巾着の一人、狐ちゃんことジスレア嬢だろうか。


「どういう訳なんだ、チェルシー」

「あの子だけは、あなたじゃなくて、アプリコットさんを見ていたわ、しかも侮蔑や嫉妬いろんなものが混じったいやらしい目でね」


 長年召喚師の娘なんてものをやってると、人の負の感情には敏感になってくるのよ。と自虐的にチェルシーは肩をすくめる。


「どうなんだ、アプリコット」


 彼女は俺の王都での初めての友達だ。その彼女が困っているのなら俺は全力をもってそれに応えよう。


「いっ、いえ大丈夫です。何でもありません」


 彼女はそう言って力なく笑う。だがこっちは今時本気で召喚術を学ぶような馬鹿二人だ、そう簡単には引き下がってはやりはしない。


「チェルシー」

「分かってるわアデム」


 以心伝心、俺たちは両側から無言でアプリコットを抱え上げ、物陰へと強制連行することにした。





「それで、どういうことなのアプリコット。もしやとは思うけどいじめにでもあっているの?」


 人気のない物陰に強引に連れ込まれ、鬼気迫る様子で圧迫面接を受けるアプリコットは最初こそは否定していたものの、やがて弱々しく頷いた。


「そうか、何時ヤル?」

「可及的速やかに」

「やっやめてください!」


 俺とチェルシーが額を突き合わせ、ジスレア嬢抹殺計画を立てていると、アプリコットが泣きそうな顔で止めに来る。


「わっ、私は大丈夫ですから、いじめと言っても、クラスの皆から無視されているだけですから」

「だけです、ってことは無いだろアプリコット」

「そうよ、そんな性根の腐った奴ら、この学び舎に居る資格は無いわ」

「いえ、植物科の皆さんは個人主義の方が多く、いじめと言ってもホントに大したことは無いんです」

「要するに、見て見ぬふりってことだろ。傍観者ってのはある意味で加害者よりも性質が悪い」

「そうよ! なんて言ってイジメられているの! 貴方が白状するまで今日はここから返さないからね!」


 うーむ、今日のチェルシー姉さんは何時にもまして頼りがいがある。伊達に、自分の父親が、大人のイジメ予算削減を受けている訳ではない。

 だが、憤っているのは俺も同じ。アプリコットには返していない借りが多すぎる。

 こうして、チンピラ二人から追い詰められたアプリコットはその重い口をやっと開いた。


「あっ、あの、誰にも言わないでください……。

 ……召喚学科みたいな程度の低い連中と友達だなんて、どんな教育を受けて来たんだって」


「よーしあの野郎ぶっ潰す!」

「今日だけは貴方と同意だわ、死闘だろうが決闘だろうが、幾らでもお安く売ってやろうじゃない!」

「やっやめてくださいーーーーー!!」


 人気のない校舎裏の木陰で、アプリコットの悲鳴が木霊するのであった。

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