第1章 疾風怒涛の新学期

第9話 新しい日々

 王立魔術学園。百年を超える歴史を持ち、数多くの偉大な魔術師を輩出してきた知と魔術の名門である。


 そこで学べる学問とは。

 直接的な攻撃魔術を得意とする真言魔術学科。

 支援魔術を得意とする付与魔術学科。

 錬金術の流れを組み、地質学も網羅する鉱石学科。

 占星術の流れを組み、巨視的な視点で星の営みを探求する天体学科。

 古文書の解読から宗教政治まで延々と紡ぐ人の営みを研究する伝承学科。

 薬学、医学から、農学、植物に関するあらゆるものを探求する植物学科。

 そして、現在では鼻つまみ者のお荷物となっている召喚魔術学科の7つの魔術学科と、

 近年新設された魔術戦士学科があった。





 広大な敷地面積を測る魔術学園、その敷地の外れの外れに召喚学科はあった。元は危険な魔獣を取り扱うために配置されたのだが、現在では様々な要因から予算が削られているのも相まって、幽霊屋敷の様な外観を呈していた。


「はぁ、相変わらずぼろい建物だ」


 公会堂にて入学式を終えた俺は、学科オリエンテーションの為、学び舎となる召喚学科へと足を運んでいた。因みに新入生挨拶はシャルメル嬢だった、ひっそりと睨まれた。


「よう! この前の立ち回り見てたぜ! なんでお前ここにいるんだ?」


 場所は関係ない、要はそこでどう学ぶかだと、弱火になった情熱に克を入れている俺に話しかけてくる者がいた。


「ん? なんだあんた」

「おぅ、俺はスコット・ゴードン。今日から同じクラスメートだよろしくな」


 そう言ってスコットは右手を出してきた。他の人がひそひそと、遠巻きに噂しているのに対して、進んで話しかけてくるとは何て勇気のあるやつなんだ。


「ああ、俺はアデム・アルデバル」

「はっはー、知ってるって言ったろ」


 俺がスコットの右手を握り返すと奴は上機嫌でそれを上下に振った。


「あーまぁ、あのことは忘れてくれよ。俺は召喚術を学ぶためにここに来たんだ。大道芸をするためじゃない」

「大道芸と来たか。相手はあのジム・ヘンダーソンだぜ、魔術戦士科の若きエースを相手に大立ち回りやっといて、なに謙遜してやがる」


 成程、やはり有名人だったのか。そりゃまぁ新入生代表挨拶をした才女の従者を任せられているだけはある。


「そんな事知ってるって事は、お前は王都出身なのか?」

「まぁな、しょぼい商家の三男坊だ、何も継がせてやれない代わりに魔術学園の卒業証書でもくれてやるってな、学費を出してくれたんだ」

「ほうほう」

「けどまぁお頭の出来にはあまり自信が無くてな、何とか潜り込めそうなのが召喚学科ここだったって事」

「ほーうほう?」


 ううむ、つまりは召喚術を学ぶために入った訳ではなく、入れるところが召喚学科だったと言う事か。

 ため息を吐きたいところだが、ぐっとこらえる。他所は他所、ウチはウチだ。


「なんだよ、不思議そうだな。言っとくがここにいるのは俺みたいな奴ばかりだぜ?今時下火な召喚術を本気で学ぼうなんてお前ぐらいのもんだ」

「ぐっ……」


 やはり、派手に立ち回り過ぎたか。色々と噂になってしまっている様だ。


「しっかし、勿体無いよな。お前なら戦士学科にいっといた方がよかったんじゃねぇの? あっこで良い成績を治めたら、身分に関係なく騎士になれるって言うぜ」

「うるせーな。俺は召喚師になるのが夢なの」


 まったく、早くも田舎の単純な生活が懐かしくなってきた。ここじゃ、妙な見栄や世間体や、なんやらかんやらが多すぎる。

 都会に住む人たちは息苦しくないのだろうが、物理的にも精神的にも。


「そう言うお前は、ここを出てどうするつもりなんだ? 召喚師なんて人気無いんだろ?」

「それでも証書は証書だ、王都では効果は今一でも地方に行けば食い扶持の一つ二つ転がってるよ」

「ふーん、そう言うものか」


 成程なー、まぁ食い扶持を稼ぐために勉強するのは正しい事だ。そう考えれば俺の方が世間離れしてるのだろう。夢も希望もありゃしないが。


「まぁともかく今後ともよろしくな」

「おう、こっちこそ頼むわ」


 そうして俺に初めての友達クラスメートが出来たのだった。





「はいはーい! みなさん入学式はお疲れ様でしたー。

 それでは今日から皆さん召喚師の卵として共に切磋琢磨していきましょう!」


 元気いっぱいに挨拶をしたのは、俺たちには毎度おなじみとなったカッシェさんだった。


「とは言え、アデム君みたいに、張り切り過ぎてトラブルを出すのは控えてね。私、胃が痛くなっちゃうからー」

「あーーー、すみませんでした」


 男、アデム・アルデバル。入学当日から平謝りである。


「あははは、冗談冗談。私も学生の頃は多少無茶やったものだし、元気が一番。その力をいい方向に持っていき。新しい日々を素晴らしいものにするのが私のお仕事だから」


 カッシェさんはそう言ってニコリと笑ってくれた。


「迷惑です!」


 ガタンと、ほんわかした雰囲気をぶち壊すように立ち上がる人物がいた。


「私は真面目に召喚術を学びに来ているんです! こんな不真面目な人と一緒に学ぶなんて迷惑でしかありません!」

「不真面目じゃねぇよ、アレは行きがかり上仕方なくだ」


 カチンときた、色々あってああなったが、見も知らぬ他人に俺の努力を俺の夢を否定されるいわれはない。

 罵声と共に俺を睨みつける女を睨み返す。彼女は緑がかった黒髪を後ろで纏め、凝った意匠の服を着た女性だった。


「あー、チェルシーちゃん落ち着いて。彼も悪気があってああした訳じゃなかったらしいし」

「カッシェさんは黙っててください! 私は召喚術師にかつての栄光を取り戻すためにここにいるのです!」


 ギャアギャアとヒステリックに彼女はカッシェさんを問い詰める。その隙にこそりと、スコットが耳打ちをしてくれた。

 成程、彼女はエドワード学科長の娘と言う事らしい、それは、色々と思う事があるのだろう。


「聞いてくれ、チェルシーさん。俺だって本気で召喚師を目指している。その為に血反吐を吐くような修業をしてきたんだ、この思いは誰にも負けたりはしない」

「私だって!」


 ギャーすかギャーすか。お互いに熱くなってしまい結局のその日のオリエンテーションは、俺とチェルシーの討論会となった。それはあまりの騒ぎに様子を見に来たエドワード先生が睡眠魔法強制終了するまでひき続いた。





「あははははははは」

「……反省してるんで笑わないでくださいシエルさん」

「いやー、学園から連絡があった時にはどうしたものかと。にしてもアデム君、貴方はホントに面白い子ですね」


 寮費節約の為に、相変わらず教会暮らしの俺を爆笑で迎えてくれたのはシエルさんだった。


「けどよかったですね、アデム君」

「ん? 何がですか?」

「本気になって喧嘩できる相手と巡り合えたことですよ。しかも同じ夢を抱いたね」


 そう言ってシエルさんは優しく微笑んだのであった。

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