第3話 理想と現実2

「さて、アデム君。あの兵六玉。こほん、マードック神父が何をなさっているのかお教えいただきますか?」


 シエルさんにガッチリと肩を掴まれた俺は礼拝室奥の小部屋に連行され。尋問を受ける羽目になっていた。

 おかしい、俺は唯のメッセンジャーの筈なのにどうしてこうなった。


「あー、えーっと…………好き放題やってます」


 シエルさんの迫力に負け、俺は速やかに白状した。神父様には修業を付けて頂いた御恩はあれど、目の前の女性の圧にはとてもじゃないが逆らえなかった。

 実際問題、神父様はのびのび自由に好き放題やっているようにしか見えない、最低限週1回のミサを冗談交じりで行う以外には、俺の修行を始め、山賊退治に害獣退治、やってることはそこらの冒険者と変わりない。


「ったく! あの馬鹿何時まで遊んでんのよ!!」


 ひえっと俺は首を竦める。強さの果ては見えないが。俺の見る限り、このシスターは神父様と同レベルの高みにある人だ。とてもじゃないが俺が敵う相手ではない。


「いっいやー、けど神父様の行いには皆感謝していますよ」


 ハハハと俺は上滑りした口調で、シエルさんを刺激しない様にさりげなくフォローする。


「コホン。まぁいいです。アデム君に当ってもしょうがありません。それにしてもあなたも運がいいのか悪いのか。よくあのろくでなしに付き合っていて無事で済みましたね」

「いやあはははは、まぁそれなりには」


 神父様との修行の中で死にそうになったのは一度や二度の話ではない。大けがだって何度もした。そして、その度に地獄の様な回復呪文も受けて来た。

 回復呪文はそうそう便利な物でない、呪文を唱えれば即回復と言う訳にはいかず、強引に治癒力を引き出す為、負った傷の2倍3倍の傷みや副作用が生じる。中には回復呪文の副作用でショック死をした例もあるそうだ。


「ふむふむ、それでやはりアデム君が此処に来たのは王立魔術学園に入学するためですか」


 シエルさんは神父様からの手紙を読みながらそう言った。やはりも何も、あの日あの時から俺の夢は偉大なる召喚師になる事だけだ。それを目指して頑張って来た。


「しかし、今時珍しい子ですねぇ。マードック神父のお話によると貴方には戦士系の適性もあるようですし、神官騎士とか目指しちゃったりしませんか? 彼が目をつけ手塩に掛けたその才能、私としては是非そちらをお勧めしちゃいますが」


 腕の立つ従者が欲しいんですよねーと、シエルさんは流し目をよこす。上の見えない戦闘力にもしやと感じていたが、やはりこの人は神官騎士だったらしい。だが俺の決意は固く、固辞を伝えると、彼女はしょうが無いと肩をすくめる。


「しかし、今時召喚師を目指すなんて変わった子ですね。まぁ、貴方の経験を鑑みれば無理はありませんが……でも気が変わったら何時でも私に相談してくださいね!

 ああ、それから試験までの間はこの教会を自分の家だと思って過ごしてくださいね。部屋は開けてありますから、先ずはそこに案内しましょう」


 なにか、不穏な単語を聞いたような気もするが、取りあえずの寝床を確保できて一安心する。

 なにせ貧乏な家だ。用意した金は旅費で殆ど飛んでしまったので、試験までの間の寝床をどうするか、最悪の場合ずっと野宿して過ごそうかと考えていたところだ。


 そして、すぐ後に俺はシエルさんの言っていた意味を、理解することになる。





「……なんだここ」


 広大な敷地を持つ、王立魔術学園の隅の隅のそのまた隅。庭木の手入れもおざなりなら、壊れそうな塀や剥がれた石畳がそのまま放置してある、スラム街かと見違えてしまうような僻地に召喚学科は配置されていた。


「はいはーい。それでは受験生の皆さん筆記試験会場は此方ですよー」


 パンパンと手を叩きながら、俺たち受験生を誘導する職員らしき女性が声を上げる。彼女は黒髪の長髪をたなびかせ、天真爛漫な笑顔を浮かべつつこう言った。


「ふむふむ、今年はこんなもんですか。いやーそれにしても昨今の規制強化で人気も予算も低迷中の我が召喚学の門をたたいて頂いて、お姉さんは、先輩として感謝感激でございます。けど試験は試験、容赦しませんから心してくださいねー」


「え? い? ちょっと」と言う俺の声は彼女の耳には届かない。規制? 人気も予算も低迷? なんだそりゃ、召喚師は、俺の夢だった召喚師は、今じゃそんな扱いなのか??

 そう考えて、改めて周囲を見渡すと何故だろう、途端に周囲の連中がパッとしない奴らに見えてくる。

 俺はユラユラと平常心を砕かれながら、試験官の後を何も考えられずについて行った。





「はっ!?」


 気が付くといつの間にか学科試験は終わっていた。手ごたえも何も、何をやったかすら覚えていない。手だけは動いていたはずだから、不安と言うレベルではない。


「はいはーい、そんじゃあ回収するよー」

「いや!あのちょっと待って!」

「あっはっはー、残念待ちませーん」


 無情にも例の試験官が俺の解答用紙を回収していく。そこに何を書き込んだのかすら分からぬまま。

 そして周囲から浴びせられる冷笑の目。ヤバイ、兎に角ヤバイ。村の皆の期待と神父様の推薦状まで貰っといて、「落ちちゃった♪」で済ませられるような状況ではない。


「こうなったら午後の実技試験だ!」


 俺は机に残された問題用紙を握りしめながら、そう宣言した。





 召喚師の実技試験と言っても、勿論実際に召喚してみると言う訳ではない。そんな事が出来たら、学校に通う必要が無いからだ。ここで問われるのは召喚獣との同調力。予め用意された召喚の媒体となる召喚符に魔力を通せるか否かと言う事だ。その準備段階として魔力量を量ったりなんたりと色々とあるのだが。


「……君、ホントに素人?」

「まぁ修業はそれなりにしてきましたが」


 基本ルールの一つ『魔力は内に秘めてこそ』だ。呼吸法一つで、魔力の生成量回復量は大きく変わる。神父様のしごきにより、いついかなる時でもその時に出せる最大量を瞬間的に放出出来る訓練と、それを隠ぺい出来る訓練は積んで来てある。

 試験官のお姉さんの魔力総量は当然ながら俺以上だが、それを隠している様子はない。薄々と感づいていたが、どうやら神父様の教えは基本的に実践本意の物騒な奴だったらしい。

 そう言う訳で、俺の魔力の瞬間発生力に関しては、試験官も目を巻くほどと言う訳で、いい評価を取ったと思いたい。

 まぁ今のはそう言った試験ではなさそうだが。


 そして、目当ての召喚符試験がやって来た。これは、試験側、おそらくは目の前の試験官の用意した符で、この符から召喚される召喚獣は決まっている。試験官の説明でもスライムの亜種の中では最も危険性の無い通称グミと呼ばれる召喚獣とつながっていると説明された。

 なので万が一召喚することが出来ても危険性は少ないので安心する様に、と言う事だ。


 俺は生まれて初めて、生きた召喚符に手を触れる。ドクンと脈打つ。魔力を通すことは簡単だ。その類の訓練も実戦も行ってきた。木の枝に魔力を通し、鋼の棒にして害獣退治など日常茶飯事だった。


 見える、それはグミと呼ばれる魔獣ではない。

 触れる、それはグーちゃんと呼ばれる個体名を持った召喚獣。

 話せる、テレパシーにも似た何か、それよりもっと深きモノで、意思疎通を行える。


「そこまでッ!!!」


 ふと現実に戻される。そこには先ほどまでとは別の険しい表情をした試験官が立っていたのだった。

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