第2話 理想と現実1
行商の馬車に揺られて1ヵ月。いい具合にケツがガチガチになって来たころに王都の輝きが目に入って来た。
それは、それまでに寄ったどの町よりも大きく、偉大で、輝いていた。
「ありがとよ! おっちゃん!」
検問所を潜った俺は、旅のついでに乗っけてくれたおっちゃんに礼を言い。荷馬車から飛び降りた。
ここから先は、神父様の書いてくれた地図を頼りの、出たとこ任せ。俺は、未知なる町での未知なる冒険に胸を躍らせる。
「えーっと、先ずは教会に行って神父様の手紙を届けるんだったな」
大事に大事にしまった手紙と地図を取り出す。それにしてもまるで祭りでもやっているのかと思うほどの大賑わい。地図はあれど現在地点が分からないので、取りあえず誰かそこらの暇そうな人に教えてもらおうと周囲を見渡すも、みな忙しそうに歩いていくばかり。
いや、ばかりではなかった。だが、俺が見つけたのは目当ての人物とは真反対、俺と同じように、周囲をキョロキョロと見渡す少女だった。
その少女は、淡く輝く青い髪を目元が隠れるほどに伸ばし、親を探す子リスの様に不安そうに視線を泳がせていた。
あー、あんなに全力で孤立をアピールしてたら、地方だと真っ先に人さらいコースだよなー、と俺がのんびり眺めていたら、案の定その少女はガラの悪い奴らに声を掛けられていた。
「ひっ、止めてください、大丈夫です」
「人の親切は無下にするもんじゃないぜお嬢ちゃん。俺たちが案内してやるよ」
「だっ大丈夫です、ごっごめんなさい」
「ひゃっはっはっは、ごめんなさいだってよ、お前振られてるじゃねぇか」
「あっはっは、しょうがないよ、おっさん人相悪すぎるもん」
「だーっはっは、間違いねぇ。こいつのガラの悪さは王都でも札付き……って誰だ小僧」
「ん、ああごめんなさい。『おばさんじゃなく、お姉さん。おっさんじゃなくお兄さん』は基本ルールだって事忘れてた。まぁ俺も王都は初めてだし?多少は緊張してるからそこを汲んでくれるとありがたい」
さらりと、見た目通りの隙だらけの連中の一団に加わって、ポツリと漏らした素直な感想に、ぎろりと睨みを効かされる。基本ルールの一つ、『年齢関係は慎重に』を忘れるなど何たる不覚。
「おい、ガキ、こっちは忙しいんだ。とっとと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」
「とっとと帰ろって言われてもな、馬車で一月はかかるんだぜ。そう簡単には帰れねぇよ」
それも、顔なじみの行商人に超特急で送ってもらっての一月だ、まともに行けばどのぐらいかかるのか分かったものじゃない。
「ごちゃごちゃと、うるせぇガキだ。黙ってろって言ってんだよ」
そのチンピラは大きく拳を振り上げて――
遅い、あまりにも遅かった。これが神父様なら、この時間で突き蹴り10発は入れられる。
俺は半歩前に出て顎を打ち抜く。ストンとそのチンピラは糸が切れたようにその場に沈む。
「テメェ、何しやがった!」
周囲のゴロツキたちが騒ぎを上げる。だが、生憎とこいつ等の強さは見切っている。伊達に神父様の手伝いで山賊退治をやっていた訳ではない。と言うか今更ながら、山賊退治は本当に神父の仕事なのだろうか?
ともかく、神父様の基本ルール。『敵と己の実力差を素早く測れ、それは生死に直結する』に基づき、迅速確実に敵を無力化する。
2呼吸で殲滅。神父様なら半呼吸で出来ただろうが、そこはまぁリーチと筋力と技術の差だ。うん、つまり全部だ。いや、そもそも神父様なら拳を振るう事なく戦いを終わらせていただろうから……うん、神父様への道は遠い。
って、別に俺は
「あっあの」
「ん? あっああ!! えーっと大丈夫?」
ついつい、当初の目的である彼女の事を忘れていた。と言うか存在感の無い子だ。子リス位の気配しかなかったぞ?意識してやっているのなら只者ではないが。
「あっ、ありがとうございます」
「いーよいーよ、別に。にしてもこう言った連中って何処にでもいるもんだね」
俺は消え去る様な声で掛けられたお礼の言葉に、何でもないよとそう返した。そして、そうこうしている内にだ。
「お嬢様ー! アプリコットお嬢様ー!」
と、表の通りから誰かを探す声が聞こえて来た。ピクリと、目の前の少女がその声に反応する。
「どうやら、迎えが来てくれたみたいだな、そんじゃ俺は行くから」
基本ルール『人助けに見返りは求めない』だ。正し、これを多用すると、唯の都合のよい人で終わってしまい本命にはなれないので注意とも教わった。因みに神父様は独身だ。言葉の重さが違う。
とは言え、俺がしたことは大したことではないので、とっととその場を後にする。あのお名前をと言う事が微かに聞こえるが、そこはあえて聞かないふりで、なぜならその方がかっこいいからだ。
「ふー、やっと見つけた」
山歩きには慣れているが、人込みをかき分けて歩くのは別の疲れがあるものだ。ともあれ、俺は何とか目当ての教会を見つけることが出来た。
そこは荘厳で煌びやかかつ、見る者に歴史を感じさせる重厚な造りをした……一言で言えばとにかくすごい建物だった。村の掘立小屋みたいな木製の教会とは1から10まで全部違う。
ごめんくださーいと、ちょっぴり小声で挨拶しつつ教会の中へ。
ともかくデカイ門なので、一々開けるのが面倒なのか、教会の門は万人に開かれると言う事を示しているのか、開けっ放しの門を潜って、敷地内へと入り込む。
俺は神父様の元で修業を積んでいたが、別に
聖なるものも邪なるものも、唯の属性に過ぎない、善悪正邪は価値観の相違と定義する召喚師にとって、教会と言うのはそれほど良い関係とは言えないと、神父様はおっしゃっていた。
正門を潜って、これまたデカイ玄関の扉を開ける。外装に負けず内装もこれまた見事な物だった。どこまでも高い天井、奥に鎮座するパイプオルガン、ステンドグラスは星教の教えを紐解き、おまけに客入りも上々と言った所だった。
ぽつねんと、金銀宝飾以外で飾り立てるとはこういう事かと感心していると、1人のシスターが田舎者丸出しの俺に声を掛けてくれた。
「わが教会にどのような御用ですか」
立派なのは箱だけではなく、中身も同様みたいだった。長旅で埃っぽい俺を邪険に扱うことなく、そのシスターは眼鏡の奥の優しい瞳を柔らかく緩めながらそう尋ねて来た。
「あっ、どうも。俺はアデム・アルデバル。これ神父様……ジャバ村に赴任されているロバート・マードック神父様からお預かりしたものです」
俺はそう言って、蜜蝋で封がなされた手紙を彼女に渡す。
よしこれで、仕事は終了、後は学園を探して、入学試験に挑むだけと俺は意気込んでみるも。
彼女は、あらこの子がみたいな顔をして、踵を返そうとした俺を呼び留めた。
「御噂は以前よりマードック神父より伺っておりますわ。ようこそ王都へアデム様」
「うひゃ。様付けはやめてくださいよ、えーっと……」
「あら、私としたことが自己紹介がまだでしたね。私はシスターシエルと申します。よろしくお願いいたしますね、アベル君」
どこに行くのか、逃がしはしねーぞと。にこやかな笑顔の裏で、野獣の殺気を放つシスターの迫力に、俺はジワリと半歩下がったと同時に、あの生臭神父様の罠に掛かった予感がしたのだった。
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