第5話 理想と現実4
「それでは次の方どうぞ」
俺は周囲のひそひそ話を聞き流しつつ、面談室に入る。どうやら昨日の出来事で色んな意味で有名人になってしまったようだ。
「受験番号13、アデム・アルデバルです」
「はいどうもアデル君。昨日はお疲れ様、ではそちらに座って下さい。
それでは、改めて自己紹介させていただきますね。私はカッシェ・リアーソン召喚魔術学科の助教授で、今回の試験官をさせて頂いています。それでこちらが学科長のエドワード・リシュタイン先生、では本日もよろしくね」
俺はよろしくお願いしますと言い、2・3取りとめの無い会話をする。カッシェさんの方は昨日と同じ、試験官に緊張しつつも楽しんでいる感じ、それに加えてやや強い光があるのが気になりはする。
エドワード先生は白髪の混ざった長髪に髭面のいかにも魔導士と言った風貌だが、自信がなさそうにやや背を丸め、困ったようにこちらに視線を向けてくるのが気にかかる。なんだろう、やはり昨日の失点が大きすぎて、「ああ、君は残念だったね」と言う事を隠せないタイプの人なのだろうか。
「えーっと、それじゃあ本題、君は何故召喚学科を選択したのか教えてくれるかな」
「はい、それは」
俺は、幼き頃の話をした、今まで何度も繰り返してきた話だ、俺もあの人の様に、人の役に立つサモナー・オブ・サモナーズになると。
だが、俺の話を聞いていくうちに二人の顔色が徐々に変わってくる。だがそれは想定内、昨日シエルさんに教えてもらっていた通りの反応だった。
「アデム君、その召喚師の風貌はどのような感じだったのかな」
そう、エドワード先生が、初めて口を開いた。今までの自信なさげな感は遠くなり、威厳に溢れた声だった。
「いえ、それが顔の上半分を覆うマスクをしていらしたので……たぶん女性だとは思いますが」
「そうですか」
エドワード先生はその答えを聞くと、しょんぼりと自信がなさそうな姿勢に戻る。こっちが素なのか、さっきのが本性なのか読み辛い人だ。
そのあと二人は俺に聞こえないように口を隠しながらひそひそ話を幾つかかわした後、カッシェさんが司会に戻る。
「あー、それではアデム君――」
その後は取りとめの無い質問を幾つかかわして面談は終了した。
「おっ終わった」
俺は肩を落としつつ召喚学科を去る。巻き返しなど遥か彼方、無駄に混乱を巻き起こし、無駄に無駄な質問を行った時間だった。
「「はぁ」」
ドンと、誰かとぶつかってしまう。凹みまくって緩みまくっていたとは言え、他人の気配を気づけないとは俺らしくない。基本ルール『常在戦場』を破った罰で、素手でのダンジョン攻略を命じられる所だった。
「すまん大丈夫か」
「あ痛たた、こっ、こちらこそすみません」
「「あっ」」
俺が手を差し伸べしたのは、先日ゴロツキに絡まれていた青髪の少女だった。
「せっ、先日はありがとうございました」
俺はぺこぺこ、ぺこぺこと何度も頭を下げられる。1度目なら偶然、2度目なら必然だ、俺はこの学園で、最初で最後の知り合いになるかもしれない少女に自己紹介をした。
「わっ、私は! アプリコット・ローゼンマインと言います! 植物学科の、受験生……です」
おっおう、と言いそうなほど尻すぼみな自己紹介に、勝手ながら共感を持ってしまう。あぁ彼女も駄目だったんだなと。
「ははは、俺はアデム・アルデバル、召喚学科の受験生さ、けどまぁもう終わっちまったけどな」
俺はもう知った事かと、やけっぱちでこう返した。ごめんよ父ちゃん、母ちゃん、村の皆に、神父様。貴方たちの教えと援助は無駄になってしまいました。
「えっ!? アデムさんは、召喚学科の受験生だったのですか!」
少女、アプリコットは素っ頓狂な声でそう聴いて来る。
一体彼女は何を言っているのだろう、何処に出しても可笑しくないサモナー・オブ・サモナーズをひたすら目指して勉学に励んで来たこの俺に。
いや、そう言うリアクションをされても無理はないか、俺はこの街で始めて召喚師の一般的な風評を知った田舎者だが、彼女は服装を見るにいい所のお嬢様だ、そんな空気を日常的に感じていてもおかしくはない。
「……そうだけど」
俺は自信なさげにそう返事をした。幾ら悪気が無かろうが自分の夢を笑われるのはちょっとこたえる。
「はぁ、あの身のこなしから、魔術戦士か何かを志しておられるのかと思いました」
「ああ、その事か。俺の師匠が言うには『精神力を鍛えるには体を鍛えるのが一番手っ取り早い』って方針でな、一通りの護身術程度は仕込まれたんだ」
「はぁ、私にはよく見えませんでしたが、そうなんですか」
オドオドしながらもアプリコットはそう答える。しかし……。
「あれ? 見えなかったのならどうしてアレが体術によるものって分かったの?」
「ああすみません、
成程、伊達に受験生じゃないって事か。しかしあの状況で冷静に見れる感性があって、何が不安なんだろう。彼女はどんな失敗をしでかしたのか、同じ負け犬同士興味が湧いて来た。
「あの……」
「ああごめんごめん、そんな出会ったばかりの奴に自分の失敗談を話したくはないよな」
俺は、自分の試験結果を愚痴った後、彼女にも吐き出してみる様に言ってみたが流石にデリカシー不足だったようだ。
「いっいえ! そっそうじゃないんです。私緊張しがちで」
ああなる程、と言うか見たままだ。それは失礼した。
「いえ、私もこのままでは駄目だと思っているんですが……」
沈黙、非常に重い空気が俺たちの上に伸し掛かる。下を向いて歩こう、太陽は眩しすぎるから。
「おっ俺さ! 今教会に間借りしているんだけど、よかったら何かの縁だ、そこのシスターに話して見ないか!」
剣は武器屋。人の心はその専門家に任せるのが一番だ。
もっとも目当てのシエルさんは、彼女とは真反対の性格っぽいのでどうなるか分からないが、ともかくお世話になったお礼に厄介な案件をブン投げてみようと、俺は心に決めたのだ。
彼女も思う事があるのだろう、俺の提案に従い、教会へついて来る事になった。その時だ。
ゾワリと何か視線を感じた。それは冷たく、それは湿った、殺気などとはまた違う、実験対象を観察するような、冷淡な視線だった。
俺はアプリコットに気付かれないようにごく自然にそちらに視線を向ける、だがそこには何の姿も見つけられなかった。
気のせい? いや違う、俺の気配察知はそれほど抜けちゃいない。特にそれが悪意あるものならば尚更だ。でなければ、神父様との修行生活を生き残れはしなかった。
「今は、仕掛けてこないか」
俺は、ぼそりとそう独り言ちる。俺が視線に気が付いたのに彼方も気が付いたようだ、視線は何時の間にか消え去っていた。
さて、それでは教会へと行こうとした時だ、道の反対側から派手な一団がやって来た。その中で中心人物は一目でわかる、緩いカーブを纏った赤い長髪を優雅に揺らし、着ているものは俺の様な田舎者でも一目で上物と分かる煌びやかな物。アプリコットも良い物を着ているとは思うがそのランクが一つ二つ違う。
「あれは、シャルメルさん」
「ん? 知ってるのアプリコット」
「はい、王都でも有力な貴族のシャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンさんです。私も一応貧乏領主の娘なのですが、同じ領主でも桁が違います」
ふーむ。貴族様の事はよく分からんが、ともかく大変そうだ。俺ならフルネームを噛まずに言える様になるまで一月はかかるだろう。
「まっどうでもいいや。そんな事よりとっとと行こうぜ」
俺たちの会話が大声だったのか、それとも彼女の取り巻き達の耳が良かったのか。俺の不用意なその一言は、彼女の癇に障るのは十分だった。
「お待ちなさい!」
シャルメルの取り巻きの1人が俺たちを遮る様に立ちふさがったのだ。
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