第104話 げに恐ろしきは
「そのまま、ゆっくりと仮面をはずして、こちらを向くのはそれから……」
先程一度はマスクに手をかけられたが、後ろにいる人物はアマンダから手を離した。
「右手に隠した危ないものはそのままで……まずは仮面よ……」
後の人物は、やけにマスクを外すことにこだわる。
(普通なら私の手にある吹き矢の方を先に何とかしたいと思うはずだが……相手は私の素顔を見ることが先決らしい)
現役の暗殺者だった時ならいざ知らず、今のアマンダの素顔を見ても何か得るものが有るとは正直言って思えなかった。
(まぁ、マスクをしていたところで意味の無い状況だし……)
アマンダはゆっくりとマスクを外した。
「……ありがとう。素直な子は好きよ。さぁ、もうこちらを見てもいいわよ」
声からは先程までのゾッとするような冷たい印象はなくなっていた。
正直言って先程までは自分のすぐ後ろにいる人物に冷たい手で心臓を鷲掴みにされているような、そんな感じがずっとしていた。
『蛇に睨まれた蛙』と表現されることもあるが、こちらは相手を見ているわけではないのに動くことができなかった。
気配だけで元暗殺者の動きを封じ込めたこの相手は蛙に対する蛇以上の存在であるに違いなかった。
アマンダは後の人物に言われるままゆっくりと振り返った。
そこには口元に微笑を浮かべた女性が床に腰をおろし、こちらを見つめていた。
─────東の魔女。
つい先程までテーブルの向こうに居たはずなのに。
「質問に答えて欲しいのだけど……そのマスクどこで手に入れた?」
口元に笑みは浮かべているが、こちらを見る吸い込まれそうな深い色合いの両目は、柔らかい印象などは感じられず、心の底を覗き見られているような錯覚を感じた。
ここは嘘や回りくどく説明をして相手の真意を知るとか、そう言ったことが全く無意味と判断して素直に話すことにした。
所謂時間稼ぎと呼ばれる行為も、東の魔女には無意味と感じられた。
「このマスクはある貴族から依頼された暗殺の報酬の一部として昔貰ったものです。その貴族はあるダンジョンに潜った際のドロップアイテムだと言っていました」
「そのダンジョンはどこのダンジョン?」
「いえ、そこまでは知りません」
「その貴族の名は?」
「アバウット辺境伯という貴族でした」
「ずいぶん簡単に雇い主の事を話すのね」
「暗殺家業から足を洗ったとは言え、守秘義務がありますので本来は話せないのですが……私はその貴族に最後に命を奪われそうになりましたから。未練はありません」
「……命を?なにか失敗でもしたの?」
「いえ、依頼はしっかりと完了しました。いざ報酬……という段になり、報酬が惜しくなったのでしょう。毒を盛られました」
東の魔女が目を細める。
「……可笑しいでしょう?暗殺者に毒ですよ?普段から使い慣れている商売道具とも言える毒ですよ?バカにしているとしか思えませんでした」
「……それからその貴族をどうしたの?」
「特に何も……広大な領地、隣国と接する防波堤となるために持つ強大な武力。そんな辺境伯に私が何かするなど……命は惜しかったものですから……」
そこまで話すと何処からか鈴の音が聞こえてきた。
「───あらあら、少し事実と異なるようね?」
東の魔女は紐の付いた小さな鈴を摘まんでアマンダに見せた。
「この鈴はね、嘘を付いたときだけ鳴るのよ?」
そう言って東の魔女が鈴を鳴らすように横に振ったが鈴からは音がすることはなかった。
─────マジックアイテム
この鈴もアマンダのマスクや輝の持つ鍵束の様に、魔法の力を持つ道具だったのだ。
「───嘘を付いたから厳しいお仕置きが必要ね?」
そう言って東の魔女が鈴を振ると、今度は涼やかな鈴の音が聞こえた。
「フフフ、この鈴の前には私も嘘はつけないのだよ」
そう言って東の魔女は優しい表情で笑った。
「────それから提案なのだが、いつまでもこのようなテーブルの下で話すのはどうかと思うのだが……そちらの長椅子に移動しないかね?」
「私は構いません。主導権は貴女が握っておられると思っております。私が少しでもおかしな事をすれば命は無いものと思っております」
「おやおや、少し誤解が有るようだ。まぁ、移動してから話そうか」
そう言った東の魔女はテーブルの下から出ると長椅子に移動してさっさと座ってしまった。
「この仮面を付けたままの貴女に見られたくなかったのよ」
先程までアマンダがつけていたマスクを指さす。
「……このマスクが何か?このマスクは五感を鋭敏にする効果と認識阻害の効果が有りますが……あのように後ろを取られては私には為す術はなかったと……」
「……たしかに貴女には何も出来なかったかもね。───でもこのマスクにはまだ貴女の知らない機能があるの」
「このマスクに??」
「……とても趣味の悪いモノよ」
「趣味の悪い機能??」
完全に東の魔女のペースになっているのはわかったが、アマンダにはオウムのように聞き直す位しか出来なかった。
このマスクについては東の魔女の方が詳しく知っている……そう思った。
「この仮面……いや、貴女の言うようにマスクと呼ぼうか。それがきっと今風の呼び方なのだな」
東の魔女はニコリと笑う。
それを見てアマンダはいつの間にか東の魔女に対する恐怖心がなくなっているのに気づいた。
「このマスクにはね、マスクを装着する者の見ている映像を別の場所に映し出す機能があるのだよ」
「貴女がそのマスクを着けて私を見た瞬間、捕虜の者達にかけられていた魔法が解かれてしまったよ」
「え?」
絶句するアマンダ。
(もしかして、今まで私がマスクを着けていたときの事は総て誰かに筒抜けだったということか?)
「……気づいたようだね。貴女が見ていた光景をマスク越しに他の者も見ていたのだよ。しかも、私が現れたのを見て捕虜から情報が漏れるのを防ぐためにあの者達との繋がりを慌てて切ったようだ」
「……ということは??」
「今回のこの事件の首謀者は私の事を知っている人物で、魔法を使える者。しかもそのマスクを作製する技術を持ち、覗き見まがいの事をやって喜んでいる趣味の悪い人物─────」
「そいつは輝殿の命を狙っている者と同一人物よ」
「え?あのうちの宿の近くに現れたワイバーンを作ったという魔法使いってことですか?」
「そういうことになるわね。あー、もう!憎たらしい!!」
東の魔女は本当に忌々しいといった表情で言った。
「人の成功を妬み、ひねくれた考えで嫌がらせや迷惑行為……それで困る人をみて悦に入り喜びに浸る……陰湿で嫌味で粘着質……あいつの悪口を言い始めたら止まらないわ」
「───げに恐ろしきは女の情念と人は言うけれど、男の腐った奴も負けてはいないわね……」
東の魔女は大きく溜め息をついた。
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