第51話 北と南

「それはそうと、大事なことを忘れている気がするんだがな」

ギルドマスターが声をかける。


「あ、まだ冒険者ギルドの登録終わってなかった!」


「とりあえず、規則だから記入してもらえるかな。後は保険に入るかどうか。ギルドの登録だけなら大銀貨20枚だ。これで通行手形を発行する。もう10枚出せばクエスト中の事故や行方不明の時に捜索隊を編成できる。これは一年間分の保険料になるので、毎年更新日に更新するなら毎年追加になる。だが、一年間行使しなければ銀貨一枚分割引になる。だから10年間何事もなければ保険料は0になる」


「保険は…やっぱり入った方がいいのかな? 」

「保険に入っていたお陰で命が助かった奴は大勢いる。余程の理由がない限り入ることを勧める」

「じゃあこれでお願いします」

僕が大銀貨10枚をギルドマスターに渡そうとすると、ギルドマスターはそっくりそのまま僕に返してきた。

「これは冒険者ギルドの二階と、このログハウスの間の通行料金二人分としてお受け取りください」


「それは多すぎますよ!」

僕が受け取りを断ろうとするとノマドさんがにっこり笑って間に入った。

「それではこう言うのはいかがでしょうか?」


「ホークスポークス!」

ノマドさんは呪文をとなえると、タクトを振るった。

「輝様の無事の帰還、それに新しい出会いと、旧友との再会を祝して食事などはいかがでしょうか?…ただし、あまり騒がしくできません。今回はアルコールは無しと行きましょうか」


ノマドさんが話をしている最中も、空中に浮遊する鍋にパスタが入る。

フライパンにはトマトや燻製肉、玉ねぎがスライスされて入っていく。

大きな炎が鍋たちを熱して、香ばしい香りが鼻をくすぐる。


瓶に漬け込まれていたザワークラウトが綺麗な平皿に盛り付けられ炎で炙られたソーセージがその上に並んでいく。


ノマドさんをみると、タクトをリズミカルに振っていた。

ノマドさんのタクトが空を切る度に、アルミホイルが面白いようにカットされていく。

アルミホイルはキラキラ輝きながら空中に整列する。

その後アルミホイルに玉葱と香草が敷き詰められ、魚の切り身がのっていく。

ノマドさんが指を鳴らすのと同時に、ホイルがキャンディの包み紙のようにぎゅっと捻られた。

そのままホイル焼き達は行列を作ってオーブンに入っていく。


鍋からゆで上がったパスタが勝手に飛び出し、フライパンのトマトソースに絡んでいく。

ソースに絡んだパスタは、くるくると旋回しながら皿に山の形に盛り付けられ、追加のソースが溶岩の様に流れ出す。

皿がテーブルに着く前には、パスタの上に緑色のパセリのみじん切りが降りかかり、彩りも綺麗になった。


「おっと忘れていた!」

ノマドさんがパチンと指を鳴らすと、棚からマッシュポテトの素が出てきた。

鍋に入った水が一瞬で沸騰し、そこにバターが投入される。少しの牛乳が流れるように注がれ、マッシュポテトの素が投入される。


「このマッシュポテトの素なら簡単ですから、魔法でも作れるようになりましたよ」

ノマドさんが嬉しそうに僕に話す。


撹拌されたマッシュポテトはパスタの皿に付け合わせの様に盛り付けられ、テーブルに並んでいく。


「それでは皆様、席にお着きください」

「そう言えば母さんや精霊達は?」

すっかり忘れていたが、母さんや精霊達は先程から姿が見えない。


「恵様は光一郎様の自宅の水道やガスの再契約の為、サラマンダーを連れて一度現世に戻られました。他の精霊はご兄妹の付き添いをしております」


「なんで祖父の家のガスとかの契約がいるんだろう??」

「恵様は説明もなくサラマンダーを連れて飛び出して行きましたから…私も理由までは…」

相変わらず台風の様な人だ。


「あまり騒がない様にとは言ったけど、こんな大人数で龍之介さん達に迷惑じゃないかな?」

ギルドマスターも道具屋もどちらかと言うと声がでかい。安静が必要な龍之介さん達の睡眠を妨げてしまわないだろうか…。


「その辺りは大丈夫でございます。風の精霊は声などの音も届けますが、音を遮ることもできるのです。今あの部屋は外部からの騒音を完全にシャットアウトしております。快適な、とまでは行きませんが、少なくとも騒音に悩まされることはありません」


「おぉ!?すげぇ!なんだ?これは!熱っ!?」

言っているそばから、道具屋がホイル焼きで騒いでいる。

「この方達とお付き合いするなら、こんな事で驚いていたら、どうにもならんぞ?」

祖父達と付き合いの長いギルドマスターは、少しのことでは動じないようだ。


「ナイフでホイルを破っても良いですが、こうやって開けばいいんですよ」

ノマドさんがホイルの包みを、合わせ目から手で広げる。

香草の香りが、蒸し焼きにされた魚の香りと混ざり食欲をそそる。


「これ、なんだ?金属を薄く延ばしたのか?…南部の方では木の葉や皮で包む調理法もあるが…この銀色の包みのように香りやスープを全て包み込むなんてことは出来ないぞ…」


「まぁまぁ、料理が冷めないうちにいただきましょう」

ノマドさんのおかげで楽しい会食が始まった。


ホイル焼きは絶品だったし、パスタのソースはここで育てたトマトと、お手製の燻製肉がベースになっていて、酸味と甘味が絶妙で鼻に抜ける芳ばしさがたまらなかった。


ザワークラウトは初めて食べたけど、ノマドさんの作ったソーセージとの相性が抜群で、これを食べると、『ソーセージの付け合わせにはザワークラウトしか認めない』って言う人が出てくるのではないかと心配になるレベル。

本当に美味しい!

道具屋はノマドさんに植物の育て方について色々質問していたし、僕はギルドマスターに祖父の昔話を色々聞くことができた。


色々収穫の多い会食であったが、その中でも一番の収穫は今後の東の魔女に会いに行くルートについてであった。


「北のルートは今はお勧めできないな」

「そうだな、北は最近は魔物が増えていて、長旅をするルートに選ぶのはあまり薦められない」

「冒険者の需要は多いがな…あそこは今は旅をするルートではなく、稼ぐ場所だな」

「陸路の後の海路にも問題があるな」

「そうだな、光一郎様が海賊に睨みを利かせていた頃と違い、少し物騒になっているな。海賊以外にもクラーケンとかアスピドケロン、ヒュドラにケルピーなんかが港や浅場まで現れることが増えていて、魔物のお陰で近海の航路も機能を果たしていないそうだな」


「海の魔物は俺たち人間には相性が悪いからな。海に引きずり込まれるだけで、俺たちは一巻の終わりだからな…討伐も上手くいっていないようだ」


「僕が旅をするならやっぱり南がいいんですか?」

「南か…南は南で大変だがな。北よりは少しはマシってだけだな」


「南は小国が乱立しててな。小競り合いも多い。その小競り合いに冒険者が巻き込まれることが多々有るのが最近のギルドの悩みの種だ」


「今回の目的は東の魔女の所に行って龍之介りゅうのすけさんと麻弥まみさんの傷を治して貰うことで、魔物退治やお金を稼ぐことではないし、北ルートだと陸路も海路も問題が有りそうだから、僕としては南ルートで行こうと思いますが…どうでしょう?」


「その辺は問題はございません。輝様のお心のままに…。それから移動先とこちらをどうやって行き来するかですが、良いものを御用意しました」

ノマドさんが指をパチンと鳴らすと使い古した小さな革製の旅行鞄 が飛んできた。

「手荷物入れとしても良いですが、鍵付きですので、鍵束を使えば鞄を扉代わりに行き来をすることができます。ある程度進んだら宿屋に泊まり、この鞄を使ってこちらに戻ってくる。それを繰り返す事により、輝様の現世での生活にも影響なく旅が続けられるでしょう」


「ちなみにギルドの扉の鍵を使ってくだされば、かさばるアイテムを大量に収納もできますよ。光一郎様も昔はそういった鍵束の使い方をしていました。……そういえば、昔俺が無くした鍵で、そういう使い方していた鍵が有ったなぁ!あの鍵が有ったら大金持ちなんだがなぁ!」


「今となっては笑い話なんですか、宝で埋まった部屋の鍵を俺が酔っぱらって無くしましてね!いや~、周りの皆には物凄く怒られましたわ。そこにいるノマド様と、光一郎様だけは『お前らしい』と笑って許してくれましたがね!」


「あの時はパーシー君の無くした鍵の権利を光一郎様が買い取ると言い出して、私財を皆に分配して解決したのでしたな。結局鍵は見つからず終いでしたが」


「あの御方にはいつも迷惑をかけ続けておりました。しかし、あの御方は無欲でいらっしゃった。自分の事はいつも後回し…だから助けられた皆が光一郎様のために何かしたいと、ついていったのだろうと思います。特にあの頃は魔女が討伐された事で、逆に世の中が荒んでしまった頃でしたからな」


「魔女が討伐されたのに、世の中が荒れたんですか?」


「はい。魔女の呪縛から解放された後は、国同士の覇権争いや、第二の魔女になろうとするものまで現れました。争い事は増え、それにより世は荒み、光一郎様も大変心を痛めておりました」


「どうやって解決したんですか?」


「光一郎様が声明を出されたのです」


「『魔女の呪縛から解放された後に醜い争いをするものに警告する。魔女はまだ死んではいない。眠っているだけだ。魔女が眠りから覚めたとき、自分の築いた椅子に誰が座っているか?その時の事を考えて行動することを勧める』光一郎様はこの声明を出したのち姿を消しました。面白いことに、それまで争っていたもの達は一斉におとなしくなりました。魔女の矛先が自分に向くことを恐れたのです」


「いざと言うときは、英雄である光一郎様が何とかしてくれるだろうと思っていたのに、光一郎さまに梯子を外されたわけだ」


「それ以来は小競り合いはあるが、大きな戦もなく、平和な世の中になって今に至るって感じかな」

最後を道具屋がまとめる。


「まぁそんな感じだから、南ルートを使って旅をすることで決まりって事で!南の方が街道沿いの町も、野宿しないでいいくらいの間隔で存在するから都合がいいはずだ」


そんな感じで僕の東の魔女への面会ルートは南ルートできまった







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