第52話 エンカウント
「行ってきます!」
次の日、僕は元気良くアジトを出発した。
昨日は旅の練習と称して、お金のやり取りなどを比較的治安の良いセントルーズの町で行った。
そこでカカシのマークが目印の道具屋の主人で元凄腕冒険者のデッカーや、その昔、僕の祖父光一郎やノマドさんと一緒に行動していた事もある、冒険者ギルドのギルドマスターパーシーなどと知り合うことが出来た。
ギルドマスターのパーシーは僕の旅に同行すると言って聞かなかったが、ノマドさんにギルドマスターの職務の重要性について説得されて、渋々留守番に納得した。
道具屋からは、パーティーメンバーを募集してみたらどうかと提案されたが、今の僕の状況は他人に知られたくないことが多すぎる。
それに今の僕は
戦闘とかになったらば心強いと思うけど、今の僕は逃げ足だけなら世界一かもしれない。
本当は一人での旅よりは、旅の連れが居れば居たで有難い話ではあったけど、今は一日でも早く東の魔女に会うことを目標にしているので、今回は単独行動が良さそうだった。
そんな感じで一人での旅が始まった。
旅はセントルーズよりも更に南のショーカの村から始まりとなった。
ここは小さな牧草地が点在する地域で、牧畜が盛んに行われているそうだ。
この村の礼拝堂の一室がノマドさんが所有する鍵で一番の最南端だった。
この礼拝堂の主は徐霊や悪魔払いを専門とする祈祷師だそうだ。
祈祷師の役割のなかには祈祷による悪魔払いや徐霊などもあるらしい。
取り憑かれた者の中には人に危害を与える者もいて、そういった者を徐霊する際に隔離する部屋があるそうだ。
その中の一室が今回使用した鍵であった。
ノマドさんにその話を聞いたとき、徐霊や悪魔払いが出来る人なら、影に取り憑かれた者を助けられたのではないかと質問してみた。
ノマドさんが言うには、彼はあくまでも民間伝承の祈祷師で、聖水を振りかけたり薬草を焚いたりするらしいが、実際の効果は言い方は悪いが眉唾物なのだそうだ。
この世界の一部では医療と呪術の境目が曖昧で、病気を呪いなどが原因だと考える場合もあるらしい。
その際に祈祷師などが悪魔払いと称して、色々な薬草などを使ったりするらしい。
病気が原因の場合は、薬効により回復することもあるとのことだった。
実際に魔物に取り憑かれる者もいるらしいのだが、その場合は隔離をして様々な対応をするらしい。
そんな話を聞いていた中で鍵が繋がっている部屋は、取り憑かれた者を隔離する部屋と聞いていたので、地下室や窓がない部屋とか、鉄格子の牢獄のイメージがあったが、鍵を使って開けた扉の先には日が射し込む明るい雰囲気の部屋であった。
室内には祭壇があり、祭壇の前には綺麗な花が飾られている。
「輝様、ようこそショーカの村へ。」
綺麗に飾り付けられているなぁと花に魅入っていると、後ろから声をかけられた。
そこには高齢の男性と若い女性が立っていた。
「詳しくはノマドさんから聞いておりますので御安心を」
高齢の男性が優しい口調で挨拶をする。
「自己紹介させて頂きますと、私がこの礼拝堂の管理をしております元エクソシストのタイクン、こちらの若い者がシャーマンのアリスと申します」
「…アリス!?」
元エクソシストと言う言葉にも反応してしまったが、『アリス』という名前に思わず過剰反応してしまった。
あの影が取り憑いた時の龍之介さんがうわ言で繰り返した名前…。
「…私の名前がどうかされましたか?」
首を傾げるシャーマンのアリス。
「いえ、少し前に私の知り合いから同じ名前を聞いたので…」
「その方のお名前は?私が面識のある方かしら?」
「いえ、少なくともその方と貴女は面識はないと思います」
龍之介さんの名前を言っても知り合いの可能性はないだろう。
「ちなみに『アリス』って名前は結構多いんですか?」
「はい。それ程珍しい名前ではないかと思います。1000人程の女性が居れば何人かはアリスと言う名前のものがいてもおかしくはないと思います。私の名前は伝説の聖女からとった名前だとは聞いています」
「そうですか…あまりこちらの事を知らなくて…恥ずかしながら文字も読めないくらいで
…」
「いえ、そういった方は大勢いらっしゃいます。私たちもそういった方に読み書きを教える活動も行っています。そうだわ…良いものがあります。少々お待ちを…」
そう言うとシャーマンのアリスさんは居なくなった。
エクソシストのタイクンと二人だけになった。
「自己紹介では元エクソシストと言われていましたが、もう引退されたと言うことですか?」
自己紹介で元エクソシストとタイクンさんが言ったのが気になったのだ。
僕の勝手なイメージでは、年齢を重ねることで更に熟練していくと言うか…いくつになっても体が動く限りは続けることが出来るイメージだった。
みたところ五体満足のようだし…。
「お恥ずかしながら、自分の無力さと限界を感じましてな。エクソシストの私が本物の悪霊に取り憑かれまして。悪霊に取り憑かれた私は周りの人に迷惑をかけまくりました。その後悪霊は勝手に去っていきましたが、周りの信用を完全に失いましてな……所詮私はその程度だったわけです。それ以来エクソシストは廃業し、最近は読み書きを教えたり、病に効く薬の調合を行ったり…村の者達に少しでも役にたてるように、生業を変えたのです。最近は村の子供達には『先生』と呼ばれるようになりました。…でも、これはこれで、良い人生だと思っております」
エクソシストと言う職業には未練はないようだ。逆に子供達に先生と慕われる今の状況を喜んでいるようにも見えた。
「お待たせしました。よろしかったらこちらを差し上げますのでお使いください。読み書きの教本になります」
シャーマンのアリスから受け取った読み書きの教本は、こちらの世界で良く目にする羊皮紙ではなく、紙を使った教本であった。
パラパラめくってみると、数字の表記があった。これを覚えれば少なくとも物の値段はわかりそうだ。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」
それからお茶を頂きながら少し雑談した後、次の町サバーナへの旅路についた。
栄えている街道から少し外れた所に有るため、人通りはほぼない。
牧畜の為に切り開かれた、広い草原をただひたすら走る。
15キロ程移動したと思うが、山羊や羊にしか出会わなかった。確実に人よりも家畜の方が多いと思う。
そんな感じで代わり映えのない気色の中走っていると、悲鳴の様な声が聞こえた。
山羊か羊の声かも知れないと、一度立ち止まり耳を澄ませた。
「誰か!たすけて!」
────間違いない、女性の悲鳴だ。
悲鳴は少し先の丘の向こうから聞こえて来たようだ。
僕は靴のかかとを6つ鳴らすと、急いで悲鳴の方向へ向かった。
悲鳴の先には羊飼いと思われる男性がうつ伏せで倒れており、近くには若い女性が三匹の魔物に組伏せられていた。
男性は後ろから棍棒で殴られたようで、後頭部からの出血が見られた。
三匹の魔物は僕に気づくとそれぞれがこちらを向き、手に棍棒でを構える
「ゴブリンです!たすけて!」
「わかりました!貴女は出来る限り離れてください!」
────僕の初めての戦いが始まった。
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