第50話 握る手
「一体、何がどうなったらギルドの奥の部屋が、こんなログハウスに繋がってるんだ??」
「物理的に繋がってるんじゃない、魔法で繋いだんだ。魔法の鍵束のおとぎ話を知らないのか?」
ギルドマスターが道具屋に質問した。
「魔法の鍵束の事なら知ってるさ!でもあれはおとぎ話の世界の話だろ………」
道具屋が答える。
そしてはっとしてギルドマスターに聞き返す。
「もしかして……実在するアイテムなのか?」
「その通り!実在するマジックアイテムだ。ちなみに元国宝だ!」
「マジか……おとぎ話に有ったように、鍵でドアを開けると別の場所の扉に繋がるってやつか。まぁ、この目で見たし、実際に冒険者ギルドからここに俺自身がぶっ飛んできたんだから信じるしかないわな」
道具屋は窓から外を眺めてそう言った。
「もう外の景色違うもんなぁ。セントルーズの町の近くの植生とはまた違うな。針葉樹の割合も種類もこっちの方が多いところを見るとセントルーズより北の様だが…ん、この鳴き声は…」
道具屋は窓から空を飛ぶ鳥を身を乗り出して観察した。
「あの鷹はセントルーズ近郊では乱獲で絶滅したんだ。あの羽が弓矢の矢羽に適していたからな。お陰で冒険者時代は羽の調達依頼や、羽の調達の護衛で、最大生息地の中央平原の丘陵地帯までよく足を運んだものさ。ここはもしかしたらその近辺か?」
視線は窓の外から外さず、こちらに質問を投げ掛ける道具屋。
現状を分析する情報を外の景色から得ようとしているようだ。
多分その情報と、こちらから話を聞いて内容の整合性を確認して事の真偽を確かめるつもりなのだろう。流石は名の売れた元冒険者。こちらの話だけを鵜呑みにせずに、自分でも情報を集める努力をしている。
…見習わなきゃ。
「面白い植物を育てているみたいだな?ここの主人の趣味か?」
「はい。私の趣味でございます。人との関わりは極力避けて暮らしたいと考えていました故に、主に食材などを……」
ノマドさんが一歩前に進んで道具屋に礼をする。
「申し遅れました。私はこちらのログハウスを管理しています、ノマドと申します。ウロボロスのデッカー様、輝様が大変お世話になりました」
ノマドさんがにっこり笑って右手を差し出す。
「なんで、俺の名前を知ってるんだ?」
道具屋は差し出された右手には手を伸ばさず、睨み付けるような視線を向ける。
「それにすまんな、俺は初対面の奴とは握手をしないことにしているんだ。握手した際に毒針でやられた奴や、右手で握手した際に左のナイフに刺された奴を知っているんでな…悪く思わんでくれ」
「流石は一流冒険者ですね。私も見習うことにしましょう」
ノマドさんが出した右手を下げる。
うわっ、怖い雰囲気だ。
「貴方の名前は、私の使い魔が風にのせて輝様の情報を届けてくれていたので、それで知りました。輝様に良きアドバイスをしていただき、ありがとうございます」
ノマドさんは僕に内緒で監視をしてくれていたみたいだ。
いざと言う時は僕を助けるつもりだったのだろうか?
「面白い物も育てているみたいだな?あれはこの辺じゃ育てられないのだと聞いていたが…」
道具屋が窓の外の魔法植物の方をみてノマドさんに質問した。
「ほう!お目が高い!私は、魔法の研究もしていますので、魔法の植物も各種育てています。高山に育つものは温度の管理で苦労します。日照時間も確保しながら温度を下げる工夫は10年の歳月がかかりました。他にも土を変えることや湿度をコントロールする工夫も行っています。ひとつの畑でこれだけの種類の魔法植物を育てているのは、世界でも類を見ないでしょう」
「すごいな…普通こんなの誰も実現できないぞ…」
道具屋が外の畑を見ながら唾を飲み込む。
「おい、お前、目の前の御方が誰かまだ気付かないのか?」
ギルドマスターがニヤリと笑う。
「そんなに有名人なのか?」
道具屋が首を傾げる。
「この方も光一郎様と旅をした伝説の一人だぞ」
「…どうみても二十歳そこそこの若造にしか見えないが……光一郎様と旅をしたって言うと、こいつは一体何歳だ?光一郎様の最後の旅ですら相当前の話だよな?こいつ、いくつの時に旅をしたんだ?こいつはエルフとかの長寿族でもなさそうだが……待てよ、名前はノマドと言ったか?魔法を研究していると言ったが─────まさか!?」
「やっとわかったか?外見に騙されたな。この方は光一郎様と旅をした名の無き魔法使い様だ。こう見えても俺よりもずっと歳上だ。俺がガキの時に光一郎様に拾われた話はしたよな?30年以上前だな……。ノマド様はあの時から御容姿は変わらない。そう言うことだ」
「た、大変失礼しました!」
慌てて道具屋が頭を下げる。
「髭爺ぃ!人が悪いぞ!なんで黙ってた!?」
「ノマド様はな、故有って名前は非公表なんだよ。だから光一郎様の伝説は有名でもノマド様の事は『名の無き魔法使い』とか『石にされていた魔法使い』としか伝えられていないんだ。尊敬する方の秘密なんだ。それを話せるほど俺は口は軽くないんだ。許してほいしい」
道具屋に説明するギルドマスターが少し可哀想だった。
これで友情にヒビが入らなければいいが…。
信用している人にされた隠し事は精神的にキツい時があるから…。
「…だが、もう貴方は私の秘密を知った仲間だ」
ノマドさんが右手を差し出す。
「今度は私とも握手してくれますか?」
「滅相もない…光一郎様と旅をし、その右腕として活躍した話は知らない者はいない。貴方はこの世界の皆の憧れだ。それは俺も同じです…」
道具屋は右手を差し出すかどうするか迷っていたが、ぎゅっと握りしめた右腕を降ろしてうつむき、声を絞り出した。
「でも、初対面の者とは握手をしないと心に誓ったのです。冒険者の時は自分と仲間の命のために、商売人になってからは商談が成立した時に、と心に誓ったのです」
そこまで言って突然道具屋は顔を上げた。
「失礼と承知でお願いがございます。私の恩人と会っていただけませんか?その男は私の義足を作ってくれた職人で、今はマジックアイテムを作るために、日夜魔法についての研究をしています。しかし上手く行っていないのが実状です。ノマド様と会うことで、何か道が開けるかもしれません!俺はあいつに生きる希望をもらったが、あいつに俺は何もしてやれていないんです。お願いです!!」
「わかりました、私でよければ」
ノマドさんは少し考えた後、また右手を差し出した。
「…では、商談成立の印に。今度こそ握手していただけますか?」
「滅相もない。よろこんで!」
ノマドさんと道具屋はガッチリと握手をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます