第44話 商売はかくありき

「困ったな…字が読めない…」

 作成した地図に書いてもらった地名とか、ノマドさんは日本語で書いてくれていたから、こっちの文字の読み書きについては問題が有るとはきづかず、盲点だったよ。


 こちらの文字が全く読めない!

 これは大問題だ。

 看板とかのマークでなんとなく何屋さんかわかるのだけど、これだけ同業者が多い中で、固有名詞が読めなければタンブリング商会を見つけることが出来ない…。


 …待てよ、文字が読めないだけじゃなくて言葉も通じなかったらどうしよう!?

 だとしたら、お使いはちょっと難しい。


 ……初のミッションは失敗か?


 とりあえず道の脇に寄りつつ、他の人の話し声に聞き耳をたてる。

 すぐ近くで立ち話をする二人の若い男。

 一人が凄く早口で何かもう一人に一生懸命話している。


「──────らさ、でるんだって」

「そんなわけあるか、あそこは昔から安全で有名だろ?」

「この目でみたんだって!」

「ものすごい速さで動き回る魔物、いや怪物だって!」

「ウサギかなんなじゃないのか?」

「ウサギのわけねぇよ!二本足で走ってたんだ!そりゃああもう、すげえ速さで!ありゃあとんでもねぇ化け物にちげぇねぇ!」

「どれ位の大きさだったんだ?」

「牛ぐらいの…いや、熊位の大きさだった……かもしれない」

「『かもしれない』ってなんだよ?遠くて大きさもわからんかったんだろ?」

「いや、大入道くらいだ!そうだ、大入道位の大きさはきっとあった!」


 …こちらの言葉は一応理解できるみたい。

 文字が読めないだけで、会話は出来そうだ。

 ───それよりも、会話の内容が気になる。

 もしかして、見られただろうか?


「ちょっとよろしいですか?」

 思いきって二人に話しかけてみた。


「なんだ?今の俺の話に興味持ったか?」

「はい、怪物とのことだったので…」

「その格好、冒険者か、賞金稼ぎか?そんなら向こうの隠者の森の近くの林道に化け物が出たんだ!兄ちゃんがもし腕っぷしに自信があるなら、きっと倒せばいい稼ぎになるはずだぜ?」

「あはは、僕はこれから冒険者ギルドで冒険者の登録する新参者なので、僕なんかでは恐ろしい怪物退治はまだまだ無理ですよ…」

 少し芝居がかった口調になっちゃったかも。

 それに多分怪物の正体は僕だから…。


「そうか、これから冒険者になるんか!頑張れよ!もし旅支度に足りないものがあったらうちの店が道具屋だから買いに来てくれよな!」もう一人の男は道具屋らしい。


「こいつのとこの道具は高くて有名だから、ケツの毛までむしられないように気をつけろよ!」


「バカ野郎、うちは良い品物しか扱わないんだよ!緊急時に使い物にならない品物で命を落とした冒険者がどれだけいると思ってるんだ!」


「あぁ、また始まった、悪かったよ、スマン、スマン。あ、こいつは冒険者なんだよ、だからその辺のこだわりが凄くてな、一度火がつくと煩くてな~、俺はこれで退散するわ~またな~」


 怪物を見たという男は逃げるように去っていった。


「…逃げたか。まぁいいや。そうだ、まぁ兄さん、何か困り事があったら『道具屋ムラマンタイン』にきてくれよな。買い取りもやってるから採取した薬草とか動物やら魔物の牙だとか皮だとかも査定はするから」


「え?動物の皮も買い取ってくれるんですか?」


「あぁ、ただしな、条件があってな。うちはさっき言った通り良い品物しか扱わないんだ。買い取りも良い品物しか買い取らない。どんな物でも買い取りますなんて、タンブリングの奴みたいな事は言わねぇから。悪い品物は金を貰っても買い取らねえ。その代わり良い品物には金に糸目はつけねえ、それが俺のポリシーだ」


「毛皮を売るのにタンブリング商会を紹介されたのですが、評判が悪い店なんですか?」


 会話の中にお目当てのタンブリング商会が出てきたのでビックリしたが、これも何かの巡り合わせと、聞いてみた。


「いや、タンブリングの商売を否定するわけではないんだ。あそこは質が良いものも悪い物も同じように買取りする店なんだ。何でも買うからあまり高くは買えないわな。あそこは質より量だな」


 タンブリング商会…どんな店だろう。

 話を聞く限りではちょっと怖いかも。


「あとな、あそこの買い取り値段の決め方はな、物の良し悪しで値段を決めるんじゃなく、人の足元みて値段決める商売だから、金に困ってるやつほど安く買い叩かれる。そこは俺の気に入らなやいとこだな」


「僕本当はタンブリング商会で毛皮を売るつもりだったんですが、一応見てもらうことはできますか?」


「ああ、いいぜ、まぁ俺の値段聞いて、タンブリングと比べてから売る方決めても良いぜ。俺んとこは見積もり無料だ」


「それならお願いしようかな…。これなんですが…」


 僕は麻袋に入れて持ってきた毛皮を道具屋の男に見せた。

「ほう、これは見事だな。どうやって毛皮に無駄な傷を付けずに倒したんだ?眉間にも心臓にも傷がない。…毒か?魔法か?こいつらの急所と言われるところに傷がない。お前さんの持ってる刀じゃこんなやりかたでシメることはできないだろ?だれだ?こんな芸当が出来るのは?」


「僕の知り合いなんです。どうやったかまでは聞いていないので…」

「これはタンブリングなら良くて毛皮一枚を大銀貨2枚で買い取りって所だろうな。お前さんだと足元見られて大銀貨1枚って所かな。だが、俺ならこの毛皮一枚大銀貨3枚と小銀貨5枚の値段をつけるね」


「え?そんなに!?僕の知り合いに頼まれて売りに来たんですが、そんなに値段の違いがあるなら貴方の所で買い取って貰おうかな。でも、タンブリング商会にも顔を売っておきたいので、良いものではない何枚かは向こうで買い取って貰おうかと思います。」


「お兄さん、その考え方いいよ!人を信用しすぎてはいけない。簡単に情報を鵜呑みにしてはいけない。でも利用出来るところは最低限を見極めて線引きする。…長生きの秘訣だ」


「僕が知り合いに聞いてきたタンブリング商会の毛皮の買い取り値段と、貴方が言ったタンブリング商会の買い取り値段の話が合致しました。だから貴方の言うことは正しいと判断しましたし、僕は貴方は信用出来る人だと思えます。だから本当は全部買い取って貰っても良いのですが…」


「嬉しいことを言ってくれるね!お兄さんは『人たらし』の素質があるよ。ただ、その考えは危険だ。人を騙すやつは嘘のなかに少し本当の事を混ぜるんだ。それで嘘を本当の事の様に信じ混ませるんだ。それで命を落とした腕の良い冒険者を何人も知っている」

 道具屋は少し考えるような素振りをする。


「俺も商売人の端くれだ。精一杯の査定をさせてもらうよ。ただ、ここではちょっと出来ないから、店まで来てくれるか?俺の店はそんなに儲かっている訳じゃないから、大通りから外れたちょっと分かりにくい場所なんだが、ついてきてくれるかい?」


「はい。お願いします」


「じゃ、こっちだ。ついてきてくれ」

 僕は道具屋の後ろについていった。


「ちなみにな、自分でやっておいて言うのもなんだが、今俺がやってるこう言うのも気をつけな。一人だと安心させて、人気のないところに誘いだし、場所につくと仲間が出てきて…って詐欺や美人局の常套手段だ」


「まぁ、今回の俺は大丈夫だがな。未来のお得意様にそんな真似はできないからな!」

 道具屋が笑うのにつられて笑う。


「ここが俺の店だ。入ってくれ」


 看板を見るとカカシの回りに剣や盾のレリーフ。カカシがマスコットなのかな?


 道具屋が扉の鍵を開けて中に招き入れてくれた。


 店内は凄く綺麗に整理されていた。

 多分良い道具を仕入れて、維持管理にも気をつかっているのだろう。


「毛皮を見せてもらうよ」

 道具屋は片眼鏡モノクルをつけると手際よく皮を査定していく。


 毛皮の山がいくつか出来た。

「この山は大きさ、質が凄くいい!大銀貨5枚だ。こっちが大4枚。こっちは大3枚小5枚。これは大3枚」


「どれも良いものだったから難しいがこの山が少し皮に傷がある。野生の生き物だから縄張り争いや藪のなかのトゲで自然に傷がつくのがある。この3枚は他のに比べると傷跡が皮の中心寄りにあるから、加工時に邪魔になる。でも余計な傷もないし、使い勝手は良い。大銀貨2枚、小銀貨8枚。これが今回の俺の査定金額だ」


「え?そんなに!?」

「あぁ、この毛皮にはそれだけの価値がある。俺ならこの値段をつけるね」


 どうしようか…ノマドさんからは大銀貨二枚以上なら他で売ってもいいと言われているから良いのだけど…


「もし迷っているのなら、タンブリング商会に何枚か持っていって査定してもいいんじゃないかい?俺はお兄さんの持ってきた毛皮を、うちが引き取るならこの金額って提示しただけだ。お兄さんがどかで売ろうがそれはお兄さんの自由だ。うちの査定額をタンブリング商会に言って、向こうの買い取り値段をつり上げたっていい。それが商売ってもんだ」


「まぁ、気長に待ってるからこの毛皮持ってタンブリング商会に行ってきな。もしその後で気が変わったらうちに持ってきてくれよな!」


 うーん、この道具屋さん、僕に人たらしの才能があるって言ってたけど、この道具屋さんの方が人たらしって言葉がぴったりだよ。

 だって、僕はまだタンブリング商会に行ってもいないのに、この道具屋さんに全部売っても良いかなって気になっている。


「ちなみにな、タンブリング商会の場所は、さっき立ち話をしていた場所の一本東の通りの一番でかい店だ。看板は弓矢とたいまつだ」


「ありがとうございます。実は僕は文字が読めないので…」

 僕は文字が読めない事を道具屋に正直に話した。


「文字が読めない奴なんざ、この世の中五万といるさ。恥ずかしがることはない。まぁ、読み書き出来る若い奴が冒険者なんかするもんか。まぁ、読み書き位なら、俺が良い先生紹介してやるさ」


「ありがとうございます。とりあえず、一番査定の低かった三枚の毛皮をタンブリング商会に持っていってみます。買い取り価格を聞いた後の事は考えていませんが、また相談に来ます」


「あぁ、いいさ。お互い納得のいく商売をするべきさ。まぁ、今回に限らず、いつでも顔出してくれよな」


「ありがとうございます。多分またすぐにきますよ」


「あいよ、まぁ、気長に待ってるさ」


 僕は毛皮を、タンブリング商会に査定に出すものだけ別の袋に入れて、タンブリング商会に向かったのだった。

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