第45話 タンブリング商会
僕は道具屋に聞いたタンブリング商会の場所を目指して歩いた。
カカシの道具屋は人通りの少ない奥まった場所だったが、タンブリング商会は大通りに面した人通りの多い場所にあった。
この通りにある店は店の構えが大きい店が多く、ちょっと飲食店なんかでは敷居が高そうな店もあった。
多くの商店は客引きが立ち、通りを行く者に声をかけ、自分の店の宣伝をしていた。
その中でも一際大きな店舗がタンブリング商会だった。
看板は道具屋が言っていたように、モチーフは弓矢とたいまつで、彩色されたアイアンワークの飾り看板は見事な造りだった。
入り口は解放されていて両脇に店員が立ち、実演販売の様なことをしている。
「さー、皆さん、今度はこの砥石!そんじょそこらの砥石とは訳が違う!この砥石!かの有名なマウンテン・シュワルツァーの方にある村で産出されたという、大変貴重な砥石だよ!我がタンブリング商会だから取り扱える大変貴重な砥石!ほら見て、この砥石で研げない包丁はないよ!研げるのは包丁だけじゃない!ほら、研ぐ前は大根だってまともに切れない、こんななまくら刀もちょっとこの砥石で擦れば…ほら、こんな大根位ならわけなく切れるよ!ほら、こんな砥石が赤字覚悟の超特価、今だけたったの大銀貨50枚!限定30セットだよ!買った買った!」
「安い!俺にくれ!」
「俺にも!」
一人が購入すると我先にと客が買い求める。
横から見ていたが、かなり突っ込みどころ満載な叩き売りであった。
まず、『有名なマウンテン・シュワルツァーの方にある』って有名な消火器の押し売り詐欺の『消防署の方から来ました』と同じパターンじゃないか。
それから、さも研いだから刀が切れる様になったと見せているが、多分両刃の刀の片側が切れなくて、もう片側が元々切れる様になったいるんだと思う。
なんの変哲もない砥石を、さも凄い砥石と思わせて高値で売る。
砥石としては偽物ではないし、普通には使えるはずだから良いのだけど…
こちらではお米が大銀貨一枚で30キロ位買えるらしい。
そこから考えると大銀貨50ってかなり高め。
僕の中で一気にタンブリング商会のイメージが悪くなった。
でもまぁ、ここが当初の目的地であったわけだし、ここに行かないで帰ると言うのもどうかと思い、人混みを掻き分けて店内に入った。
門構えから広い店内を想像していたが、想像以上の広さだった。
柱のない大きな広間があり、多くの棚が並ぶ。
棚一つ一つに担当らしき人が付き、客の対応をしている。
色々なジャンルの道具を扱っているため、道具をジャンル分けして担当者をつけているようだ。
奥にはカウンターがあり、買い取りはそちらでやっているようだった。
僕は空いているカウンターに向かう。
「毛皮の買い取りをお願いしたいんですけど…」
「毛皮?とりあえず見せてもらおうか」
カウンターの男がトントンと指でカウンターを叩く。
…ここに置けと言うことかな?
…横柄な態度に少し腹が立ってきた。
初見の買い取り客は客と思っていないのかな?
口で説明するのも面倒…そんな態度だった。
最初はノマドさんの名前を出すことになっていたのだけど、ちょっとこのまま対応を見てみようかという気持ちになってきた。
ノマドさんの名前を出す前と後で値段が変わるかどうか、実験してみようかなと思ったんだ。
カカシの道具屋さんはノマドさんの毛皮を良い毛皮だと誉めてくれた。
だから、例えタンブリング商会のこの態度の悪い店員が、ノマドさんの毛皮に良い値段をつけたとしても売らないで帰ろうかと思っていた。
そう思うと腹立たしさも少し収まった。
まぁ、こんな態度の買い取り屋より、良い買い取り屋が有ったとカカシの道具屋さんをノマドさんに紹介しようかな。
「初めて見る客だけど、ここは初めてかい?」
「はい。とりあえずこの毛皮を見てください」
「ふん」
僕が毛皮をカウンターに置くと、さも面倒臭そうに毛皮を見る。
「小銀貨8枚ってとこだが、初めて来る客だし、特別に大銀貨1枚で買い取ってやろう」
そう言うと男は、僕の返事も聞かずに毛皮を奥に引っ込めようとする。
「ちょっと待ってください!実は僕はある人の代理でここに来ました。大銀貨1枚では売るなと、持ち主から言われています。ここでは売りませんので毛皮を返してください」
「は?売らないのか?せっかく査定してやったのに!?」
カウンターの男が苛立っているのが手に取るようにわかる。
「はい。持ち主からの指示ですから」
「持ち主ってだれだ?なんで自分でこない?」
「持ち主の方は、こんな所にわざわざ来ることが出来ない位忙しいので、暇な僕が代理できたのです」
ちょっと腹がたったのでわざと嫌みな言い方をした。
「この俺が…この俺が、この店の買い取り主任のデクレッシ様と知って言っているのか!?だれだ!?天下のタンブリング商会にこんな使いを寄越しやがる奴は!?そんな奴の品物は金輪際この店で買い取り出来ないようにしてやる!!」
───自分で自分に『様』をつける人初めて見た!
こんな人にノマドさんの毛皮を渡すことは絶対嫌だし、取引なんて絶対嫌だ。
「この毛皮の持ち主は『ノマドさん』と言う方です。早く毛皮を僕に返してください。ノマドさんにも、こんな店とは取引しないようにと進言させてもらいますよ」
「ノ、ノマド…ってあのノマド様か!?」
カウンターの男が大きな声を出して立ち上がる。
「…お前…いえ、貴方はノマド様のお使いで来られたのですか??」
カウンターの男の顔色が変わる。
その時、カウンターの後ろにあるドアが大きな音をたてて開き、女性が飛び出してきた。
「────ノマド様がいらしたの!?」
その女性はフリルの付いた薄いピンク色のドレス姿であったが、身軽な身のこなしでカウンターを飛び越えて僕の目の前に降り立った。
「ノマド様は!?ノマド様は何処!?」
「…ノマドさんはいません。僕はノマドさんの使いです」
事情はわからないけど、この女性はノマドさんがいないことを知るとガックリと肩を落とした。
「最近ノマド様は来てくださらないのね…」
「ノマドさんに何かご用があったのですか?」
あまりの消沈振りに思わず質問した。
「貴方はどなた?ノマド様とどういうご関係?」
僕の質問には答えず、逆に質問で返してきた。
「僕はノマドさんの使いで毛皮を売りに来たのですが、そのカウンターの方があまりに失礼なので…」
男が直立不動になる。
「……デク?それは本当?あなた、ノマド様のお使いの方に失礼なことを? 」
女性の目付きが鋭くなる。
「いえ、ジェニー会長、とんでもないです。この方の勘違いです。ノマド様の関係者に私が何かするはないです!」
このピンクのドレスの女性は、タンブリング商会の会長であるらしかった。
「まぁいいわ、その話は後で聞くわ。それよりも、この方を別室へお連れして」
女性の命令にデクと呼ばれたカウンターの男はしぶしぶ僕を別室へ案内しようとする。
「いえ、今日はもう他に用事もありますので帰ります。毛皮だけ返していただけないでしょうか?」
「…わかりました。デク、この方に毛皮をきちんとお返しして。────粗相のないように」
「かしこまりました。どうぞこれを…。お出口はこちらになります。ご案内させてください…」
さっきの横柄な態度と同じ人物とは思ない物腰で、カウンターの男が僕に毛皮を返して出口まで案内する。
出口へ出て、ジェニー会長が見えなくなると、男は突然その場で深々と頭を下げる。
ビックリする僕に大して天下の往来で大声で謝罪するデクと呼ばれたカウンターの男。
「ノマド様のお使いの方とは知らずご無礼を致しました。どうかお許しを!」
あまりの卑屈さに先程の怒りは引っ込んだ。「もういいですよ、頭を上げてください」
「無礼を承知でお願いがございます!」
頭を上げることなく、デクは続ける。
「このままでは私がジェニー会長に処罰されてしまいます!私を助けると思ってその毛皮をお譲りください!」
「でも、申し訳ないのだけど、もう売る気は無いんだ。僕が持ってきた位の毛皮ならいくらでも手にはいるでしょ?」
「いえ、滅相もございません!その毛皮は最高級の毛皮でございます!大銀貨5枚…いや、10枚で!!」
顔を上げたデクは先程の面影はなく、涙だけでなく、鼻水まで垂らしている。
「この毛皮にそんな価値はないと思うよ。この毛皮にそんなお金払うと、その分他のお客さんの買取価格を安くしちゃうでしょ?」
「いえ!そんな事は……信じてもらえないのでしたらば、…今回の毛皮、私が個人的に買い取らせていただくというのは!?」
デクが必死に食い下がる。
「ど、どうしてそんなに必死なんですか?」
僕はちょっと引きつつも聞いてみた。
「そ、それは……ある時ジェニー会長のお父上、前の会長のダンファン様とジェニー様が暴漢に襲われた際、颯爽と現れたノマド様に助けられました。前会長は大変感謝され、褒賞金をお渡しになられようとしましたが、ノマド様は固辞され受け取りませんでした」
「それまで何でもお金で解決出来ると思っていたお二人でしたので、衝撃だったようです。ジェニー様はそれ以来ノマド様の事をお慕いしておりまして…ノマド様に恋い焦がれ、毎日ノマド様が来店されるのを心待ちにされているのです…」
「そんなノマド様のお使いに、このような仕打ちをしたことが知られてしまったら、私はどのような仕打ちを受けるかわかりません…」
「どうかお許しを!それからノマド様にも今まで通りのお付き合いをしていただける様に、何卒…」
とうとうデクは土下座までしてしまった。
「…わかりました。では、この毛皮をお譲りします。この毛皮は他の店で大銀貨2枚、小銀貨8枚の値段をつけてもらいました。それと同じ値段で引き取ってもらえますか?」
かわいそうになってしまったのでタンブリング商会に毛皮を売ることにした。
「ありがとうございます!!このご恩は一生忘れません!」
涙と鼻水で顔中大変な事になっている。
「それは良いですから、他のお客さんにも親切にしてください。それが僕からのお願いです」
「わかりました!!」
───そんなこんなで僕はタンブリング商会に毛皮を売却し、その後カカシの道具屋に向かったのだった。
────後日談。
「タンブリング商会の買取、ものすごく丁寧だよな!」
「そうそう、持ち込み品をしっかり査定してくれるようになったしな!」
「買取価格も交渉にのってくれるし…」
あれからタンブリング商会の買取の評判は上々で、更にタンブリング商会の利益が上がったとの事だった。
買取カウンターの男、デクは心を入れ換え大変親身になって査定してくれると特に評判で、彼のカウンターには毎日行列ができているとの事だった。
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