5-6 会議では役に立たない平兵士

 翌朝。目を覚ました俺は、二人を起こさぬように気を付けて部屋を出た。

 先日、アグラに教えてもらった場所へ向かい、まずは軽く走る。程よく体が温まったところで素振りを始めた。


 凡人たる自分が、いきなり強くなることはないだろう。だが日々の鍛錬は、薄皮一枚でも自分を前に進ませてくれている。もし進めていなかったとしても、下がるようなことはない。鍛錬とはそういうものだと信じていた。

 これ以上強くなるために、これ以上弱くならないために、鍛錬を欠かすことはできない。暑くなり、上着を脱いで鍛錬を続けた。


「あなた、強くなっていますね」

「……曲者!」


 持っていた剣を投擲し、さらに別の剣をマジックバッグから引き抜く。距離を詰めて剣を振り下ろしたが、容易く投げた剣で受け止められた。


「なんだ、ベーヴェか」

「明らかに姿を確認してから剣を投げましたよね!?」

「ソンナコトアルワケナイダロ」


 俺は剣を鞘へ納めてから鞄へ戻し、ベーヴェに返してもらった剣で素振りを再開した。

 しかし、俺が強くなっているだって? そんなことあるはずがない。目に見えて強くなるなんていうのは、子供や天才にだけ起り得ることだ。俺には絶対にあり得ない。

 だが岩に腰かけながら見ているベーヴェは、また同じことを口にした。


「あなた、強くなっていますね」

「世辞はやめろ、気持ち悪い」

「私があなたに媚びを売ってなんの意味があるんですか?」

「……まぁ、そうだな」


 納得できる理由ではあったが、やはり強くなったというのは釈然としない。

 俺は素振りをしたまま、少し癪に思いながらもベーヴェへ聞いた。


「お前が実力者だったことは分かっている。今現在でも、俺より遥かに強いのもだ。……そんなお前だから、微々たる変化に気付けたのか?」


 そうですよ、と言われると思っていた。だがベーヴェは肩を竦めた。


「もしそうだとしたら、別に言いませんよ。特に意味を感じませんからね。私が聞いた理由は、なぜ目に見えて強くなっているのか。そのわけが知りたかったからです」

「目に見えて……?」


 少し考えた後、一つ思い至ることがあった。


「エルが体を取り戻したことで、俺にも変化が起きているのか?」

「それは私も考えたんですけどね。でも、それだけでは説明がつかないなぁと」

「……どういうことだ?」


 剣から槍に変え素振りを続ける。


「確かに姉上と魂が混じり合っている以上、影響は出るでしょう。しかし、それ以上に強くなっています。戦力が増えるのは喜ばしい限りですが、よく分からない理由で強くなるのは嫌ですね」

「確かに、戦力として当てにできるか分からないものな」

「あ、そこは元々当てにしていませんから」


 この野郎……! と思いつつ、考え直す。他に理由は無いかと必死になったが、なにも思いつくことはなかった。


「死にかけたことや、戦闘経験を積んだことですかね。うーん、しっくりこない。そんな理由で身体能力が上がるのなら、最前線にいるニンゲンの兵士は最強になっていますよ」

「同感だ。強くなるというのは、そんなに簡単なことではない」


 ベーヴェと意見が合うのは気に食わないが、事実なのだから仕方がない。彼の言う通りだと同意するしかなかった。

 そして、理由の分からない強さは信用がおけない。突然手に入れたものなんて、いつ失われるか分からないからだ。


 気に入らないな、と思う。もし誰かが俺に力を与えたのだとしたら、そんなものはすぐに消してほしい。力を得ることと、力を与えられることは違う。

 気分が悪いまま、朝の鍛錬を終えることになるのだった。



 朝食が済んだ後、全員が集まり、今後の会議が始まった。


「左目を除いた頭部、両手両足、そして心臓。これを取り戻すことが課題だ。片っ端から潰していくしかないと思っているが、良い案があるものはいるか?」

「はい、姉上」

「……」

「あ、姉上!」

「……まぁ、一応聞いておくか。どうした、愚弟」

「このひどい扱い!」


 拳を握り、震えながら俯いているベーヴェ。待遇の悪さに怒り心頭といったところか。

 そう思っていたのだが、全然違った。

 ベーヴェはパッと両手を開き、恍惚とした表情で言う。


「昔を思い出しますな!」

「さっさと意見を述べろ」

「ハッ!」


 やっぱり愚弟だな。俺と勇者様は呆れた顔で肩を竦めた。

 立ち上がったベーヴェは、壁に貼り付けられている地図の前に立ち、いくつかの場所にしるしをつけた。


「この地点に姉上の体を保持している魔貴族がおります。他国と戦っている最中ですので、後方から襲うのが良いでしょう」

「さすが魔族だな……やり方が汚い」

「確かに、とてつもなく汚いけど最善の方法よ」

「あなたたち――」

「待て、二人とも!」


 強い口調で割って入ったアグラに、ベーヴェは味方を得たと笑みを浮かべる。

 しかし、そんなことはなかった。


「魔族が汚いわけではない。ベーヴェが汚いのだ。私とエルは、どちらかと言えば正面から戦うタイプだからな。実力が違うのだよ」

「私が弱いみたいに話さないでもらえます?」

「……そうだな。ベーヴェは弱くない。だが、汚い男だ」

「もっとひどくなりましたね!?」


 ベーヴェは汚い男、ということで話はまとまった。

 本題に戻ろう。エルが一つ咳払いをした。


「とりあえず、一人でいる者。対策を練りやすい者。条件を絞れば、自ずと倒す順番も決まるであろう」


 やりやすいやつから倒し、エルの戦力を増す。特に異論もなく頷いていたが、アグラだけは違った。我関せずという顔で、どうでも良さそうにしていた。

 それに対し、エルやベーヴェはなにも言わない。少し気になったので聞こうかと思ったら、先に勇者様が口を開いていた。


「アグラさんはすごく強い人なのよね? それなら、アグラさんが戦いやすい相手を――」

「アグラは来んぞ」

「え?」


 勇者様は答えたエルを見た後、アグラへ目を向ける。彼女は無言のまま、肯定するように肩を竦めた。


「ど、どうして? 仲間なのよね?」


 至極当然な疑問に対し、アグラは短く答えた。


「内戦となるからだ」


 ……同族を殺せば、戦いが始まるのは当然だ。エルは死んだと思われているため問題がなく、俺と勇者様もいるはずのない存在。この三人だけならば、露呈したとしても誤魔化せるということだろうか。


「そちらのお二人は、バレたとしても問題ありませんからね。アグラに裏で手を回してもらい、居場所を騙して時間を稼ぎます」

「でも、エルとベーヴェさんは、そうはいかないでしょ?」

「姉上は子供の姿ですからね。まだ見られても気付かれません。……私は、オルベリアを殺したような状況を作らねば、手を貸すのは難しいですね。なにせ、ここは暗黒大陸ですから。魔族の目はいくらでもあります」


 つまり、相手をうまく一人だけ誘き出しでもしない限り、自分たち三人で魔貴族を打倒しなければならない、ということだ。

 かなり難しそうだと思いつつ、未知の戦力である人に期待をすべく、目を向けた。


「いや、力が戻っているといっても、吾だけで魔貴族を倒すことはできん。ラックスとミサキの力を足しても、八割無理だな」

「……それはかなり厳し――」

「二割もあるのか。それならいけそうだな」


 想像よりも良い状況だと分かり、これならばどうにかなるかもしれないと思う。二割もあれば、十人中二人は生き残れる。勝率は悪くない。

 しかし、勇者様は笑顔で言った。


「ラックスさん」

「はい!」

「大人しく座っていてね」

「え? 座っていますよ? ですが分かりました!」


 もう一度座り直す。勇者様は満足げに頷いていた。


「さて、話を戻しましょう。わたしたちがいきなり強くなれるわけではない。ならば戦うに適した状況を作りつつ、他にも手を打つべきね」

「同感だが、なにか手があるのか? ミサキの言い方からして思いついているようだが……」


 勇者様は眼鏡をクイッと押し上げた。


「ふふん、よく分かったわね。我に秘策あり、よ!」

「さすがは勇者様!」

「まだなにも言っていないからね? ラックスさんは、もう少し座っていてね?」

「え、はい。分かりました!」


 すでに座っているのだが、なぜ座ることを強調するのだろう。もしかして隠語かなにかで、コッソリ伝えようとしているのだろうか?


「違うぞ。黙って話を聞いていろ、ということだ」

「そうなのか。分かった」

「エル!? ハッキリ言わないであげてよ!」


 まぁ俺は利口なほうではないので、話だけ聞いておけば良い。指示などは二人が出してくれる、ということだ。

 ……いや、でも勇者様に自分で考えることも大事で、それが欠けていると怒られたな。

 自分でできることも考えようと、机の下で拳を握る。目が合ったエルはニヤニヤと笑っていた。


「はー、それじゃあ、わたしの考えを述べるわね」

「うむ」

「――ヘクトル様に協力を申し出て、挟撃しましょう」


 状況も整えられる可能性が高く、戦力も増やせる。

 隙の無い完璧な作戦だと、俺は感心していた。さすがは勇者様!

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