5-4 道具屋の血が騒ぐ

 俺は今、壁の武器を見て楽しんでいる。ちなみに後方では、エルが魔族たちに体を返してもらっているので、離れすぎることができないためだ。


「あの若い魔貴族おるじゃろ? あいつが胸を狙っておったのでな。ここは確保しておいてやるべきかと思って――」

「う、うむ。感謝する」

「まおー様の唇って、なんかオスたちに人気だったんですよー。だから、これはマジヤバーと思ったんで、あちきが先に奪っちゃったていうかー」

「そうか……助かったぞ……」


 エルの声は憔悴しているが、声色の中に歓喜の色も混じっているように思えた。


「姉上も女性ですからね。そりゃ、大事な部分を守ってもらえたのは嬉しいでしょう」

「まるで気付いていなかったが、確かにそうだな、と思っている」

「でも全部を確保できたわけではないですからね。残りは普通に考えれば、喰らって力に変えられているでしょう」

「……普通に考えれば?」


 強い魔力を得るために魔王の体を喰らった、という話だったはずだが、普通じゃない場合とはなんだろうか?

 不思議に思っていると、ベーヴェが苦笑いを浮かべた。


「ここまでの話の通りですよ。エル=ウィズヴィースの魔力ではなく、肉体を欲しがった者もいる、ということです」

「……なるほど」


 個人的には、魂なき体を弄ぶなど、ただの冒涜でしかないのだが、それを楽しめる輩がいるのは知っている。物言わぬ死体に興奮する類のやつらだ。

 人間だけではなく、魔族にもそういった性癖の持ち主がいるのだろう。一生理解はできぬが、納得はした。

 ふと、気になったことがあり、ベーヴェに問う。


「体をいくつか取り戻せているが、どの程度の力が戻るんだ?」

「私、体を解体されたことがありそうに見えます?」

「いや、見えない。なら分かるわけないよな」

「まぁ実はあるんですけどね。でも、さすがに食われたことはありませんから……」

「あるのかよ!」


 こんな話を続けていると、ようやくひと段落したのだろう。エルが声を掛けてきた。


「……もう大丈夫だ」

「ん、そうか」


 振り向くと、そこには子供くらいのサイズになったエルがいた。


「七、八歳くらいかしらね? 美少女じゃない!」

「容姿など大した問題ではない。必要なのは、どれだけ力を取り戻せたか、だ」

「そんなことないわ! 可愛いは正義よ!」

「そ、そうか」


 なぜか勇者様は拳を握り、熱弁している。昔、容姿でなにかあったのだろうか?

 少し考えた後、俺は勇者様に言った。


「勇者様の幼少時も、利発で可愛らしかったのでしょうね」

「……ラックスさん。誉めてくれたのは嬉しいけれど、今はわたしを誉めるところじゃないでしょ?」

「えっ」

「空気を読め、空気を」

「えっっ」

「ダメな男ですね」

「なに便乗してるんだ」


 勇者様とアグラはともかく、なぜベーヴェにまで言われねばならぬのか。納得できずにいると、エルが腰に手を当てながら言った。


「お主たちは分かっておらぬな。ラックスが自覚して女を誉められるはずがないだろう。こいつは無自覚に誉め、変な女に付きまとわれるタイプだ」

「「あー」」

「いや、そもそもモテないタイプだと思いますよ?」

「さっきからお前は喧嘩を売っているのか?」


 そろそろベーヴェと取っ組み合いになりそうだったのだが、アグラがパンパンと手を叩いた。


「とりあえず部屋を用意させてある。今日はそこで休んでくれ。食事も用意させているので、部屋へ人を寄越す」


 確かに野宿続きだった。少しでも休めるのであれば、それは助かることだと気が緩む。

 ――兜の上から頭を叩いた。

 今、俺はなにを考えた? ここは魔族の拠点であり、やつらは人間の敵だ。信用できる相手とはいえ、気を緩めていい場所ではない。

 もう二、三発叩くと、勇者様に止められた。


「ラックスさん、なにをしているの!?」

「いえ、大丈夫です。気を緩めたりはしていません。お任せください、勇者様」

「なにを言っているのか分からないけれど、とりあえず、すごく疲れていそうだということは分かったわ」


 なぜか気を遣われながら部屋へ案内される。人を頭がおかしい人みたいに扱うのはやめていただきたいものだ。

 案内された部屋は、無駄にデカいベッドのある部屋だった。天蓋までついている。こんなの初めて使うし、ここで自分が寝るのか、と考えるだけで狼狽えてしまう。


「はぁー、食事まで少し寝るのもいいわね」

「いや、先に風呂へ入るのはどうだ? 力もだいぶ戻ったからな。ラックスからも離れられるぞ」

「いいわね! そうしましょう!」


 二人はウキウキした様子で部屋を出て行った。

 その背を見送った後、俺は独りごちる。


「……なんであの二人、俺の部屋で相談してたんだ?」


 さっぱり分からなかった。



 部屋で一人荷物の整理などをしていると、扉がノックされる。

 立ち上がり扉へ近づくと、返事をするよりも早く扉は開かれた。


「少しいいか」


 アグラだ。この屋敷の主である彼女ならば、どこの扉をいつ開けようと問題はない。そんなものだろうと納得し、俺は彼女の問いに頷いた。

 彼女の背に続いて歩く。辿り着いたのは、先ほどの部屋だった


「武器や防具が足りないのだろう。用意をしてやってもいいが、一つ試させてもらいたい」

「試す……?」

「なに、大したことではない。この部屋には数本だけ業物がある。それがどれかを当てられれば、相応の武器防具を譲ろう」


 道具屋の息子だからか、彼女がなぜこんなことを言い出したのかが分かる。だから、納得して周囲を見回した。


「理由が分からない、と言うのだろう? まぁそれはそうだろうな、突然こんなことを言われれば首を傾げるのは自然なことだ。しかし、大切な武器や防具を譲るということは――」

「信頼できる相手でなければならない。なによりも大切にしている武器や防具というのは、我が子と変わらないものだからだ」

「……ほう。少しは分かっているようだな」


 無辜の民を斬り殺すような輩に、大切な武器を渡せるはずがない。

 道具とは、使う者で変わる。料理人に包丁を渡す者がいても、バスタードソードを渡す者はいない。

 正しき者に、必要な物を。それを見極めることこそが、譲る人間にとって大切なことであり、託される相手に必要な資質でもあった。……まぁ両親の受け売りだがな。


 俺は四方の壁を一つ一つチェックして回る。

 そして全部見終わった後、首を傾げた。


「アグラ」

「なんだ? もう見抜いたのか?」

「見抜いたというか……。ここにある物はどれもよく手入れがされており、俺には十分な代物だ。できればいくつか譲ってもらいたいが、あまり多く要求するのも申し訳なく感じるので困っていた。」

「……そうか」


 ほんの少し、アグラは落胆した表情を見せた。

 だがすぐに表情は戻り、つまらなさそうに言った。


「持てるだけ持って行け。遠慮はいらん」


 さすがは魔貴族といえばいいだろうか。豪気な言葉に感心しつつ、マジックバッグへ全ての武器を納めた。


「待て待て待て待て待て待てぇ! 今のはどういうことだ!?」

「どうって……。これは勇者様より借り受けているマジックバッグだ」

「マジックバッグ!? なんだそれは! ここにあった武器が全て納まるなんて話が違うぞ!」

「いや、だが好きに持っていけと……」

「全部持っていけるとは思わんだろ!」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。申し訳なさを覚えた俺は、武器を一本ずつ取り出して壁へ戻すことにした。


「待て! それはそれで自分の器が小さかったように感じるな……!」

「お前、面倒なやつなんだな。だが、業物があるというのは嘘・・・・・・・・・・・だったが、装備を譲ってくれるいいやつだ」

「――今、なんと言った?」

「お前、面倒なやつなんだな」

「そこではない。というか、それは違うので二度と言うな。……業物が無いと見抜いていたのか?」


 俺を目を瞬かせた後、当たり前だろと頷いた。


「見た瞬間から分かっていたさ。この部屋にある業物と言えば、アグラが腰につけている刀くらいしかないからな」

「……ふむ」

「それで、武器は元通りにするが少し時間をもらえるか?」

「……」


 返事がないため振り向くと、アグラは顎に手を当てたままなにか考えこんでいた。まさか、本当に武器を全部譲るつもりなのだろうか? 一度止めたくらいだから、それはこちらとしても気まずさを覚えてしまうが……。

 困ったまま待っていると、アグラは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「武器はそのままでいい。ついてこい」

「どこにだ? ……あぁ、もしかして他に倉庫があるんだろう。そこでも目利きを調べようって言うんだな。面白い、付き合ってやる」


 道具屋の息子の血が騒ぐ、と言えばいいだろうか。俺は意気揚々と彼女に続いた。

 ……しかし、辿り着い先は用意された自室だった。

 室内には、戻ってきていた二人の姿。髪がまだ濡れているが、しっかり乾かさないと風邪引くのではないだろうか? 心配だ。


「あら、ラックスさん。アグラさんと一緒にいたのね」

「気をつけろよ。そやつは気に入らぬやつの首をすぐに切り落とすからな。ベーヴェなど何回切り落とされたことか」


 ベーヴェって気の毒なやつなんだなぁ。深く同情していたのだが、当の切り落としている本人であるアグラは、なぜか俺の腕に手を回した。

 勇者様とエルが不思議そうに見てくる。だがたぶん、それ以上に俺自身が不思議に思っていた。

 そしてアグラは出会ってから一番の笑顔で口を開いた。


「ラックスが気に入った。エル、こいつを譲ってくれ」


 世界が止まったような気がした。

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