4-6 絶望の中に現れた希望
俺は薄く笑う。頭の中にはすでに遺言が浮かんでいた。
大丈夫、遺書は王都の詰所に預けられている。兵士は遺書を残しておかねばならぬ決まりがあり、毎年書いていた甲斐があった。
あー、これはダメですね。ちょっと無理ですねぇ。
見ていると、水竜巻は空に伸びており、柱のようになっていた。まるで昇竜のようだ。
近くにいるオルベリアは、と言えば、特に影響もないのか平然としている。怒りで我を忘れているので、自分が濡れるこどなどはどうでもいいのかもしれない。
オルベリアが片手を上げ、それを振り下ろす。水竜巻の柱が、切り倒された木のように、前へ倒れ出した。
……倒れ出した?
現実逃避をしている場合ではない。勇者様たちが逃げる時間を稼ぐのが、自分のご仕事だ。
迫り来る水竜巻を避けるため、横に駆け出し、そのまま飛ぶ。
水では無く本物の柱が倒れたような衝撃に音。直撃は避けたが、余波で吹き飛ばされた。
辛うじて盾を前に出していたが、気休め程度にしかならない。頭がクラクラするまま、取り出した槍を支えに立ち上がった。
――息を呑んだ。
屋敷の壁が壊れただけではない。その先まで被害は及んでおり、家並みがあったはずな場所で、水竜巻は回転を続けていた。
大地を抉り取りながらも回る水竜巻。その轟音で聞こえないはずにも関わらず、見ているだけで慟哭が聞こえてくるようだった。
受け止めることはできなかった。止めることもできなかった。……だが、と歯軋りをする。
「オルベリアアアアアアアアアアアアア!」
怒りの感情を抑えきれず、ままに叫ぶ。
劇場にかられる俺を見て、僅かばかりに冷静さを取り戻したのか、オルベリアはにたりと笑った。
「いいわぁ。もっとその顔を見せてぇ。その顔で、その声で、嘆きを謳ってぇ!」
オルベリアが腕を少しだけ上げる。なにをするかは分からなかったが、全力で走った。
「死ねえええええええええええええええ!」
届かぬことは分かっていた。だから、先んじて槍を投げた。
腕を横へ振ったオルベリアの胸に、投擲した槍が刺さる。……はずだった。
傷どころか、服に跡すら残せず、槍が地面落ちる。カラン、という乾いた音が、自分の無力さを現しているようだった。
後方から激しい音が聞こえる。剣を掴んで引き抜き、チラリと目を向けた。
倒れた水竜巻が、そのまま横へ移動をしている。オルベリアを軸として、巨大な丸太が転がるように、町を蹂躙していた。
多くの人が日々の生活を送っていた。たくさんの店があり、たくさんの人が訪れ、たくさんの命があった。
ただの瓦礫に化していく光景から目を逸らし、剣を強く握る。
『勝てぬ! 逃げろ!』
「――聞けん!」
妖精さんの忠告を無視して前に走り出す。
今、ここでオルベリアを殺さねばならない。どんな手を使ってでも、必ず殺す。……でなければ、サニスの町に住む全ての人が骸と化してしまう。
「今度、こそおおおおおおおおお!」
強く踏み込み、全力の一撃をお見舞いする。
だが、結果は変わらない。オルベリアの首元で剣は止まっており、逆に俺の手は衝撃で痺れていた。
ただ無力だった。
培って来たものは全て否定され、兵でありながら、誰一人守れていない。何度剣を振ってもそれは変わらず、目からは涙が零れ落ちた。
「――あぁ、いいわぁ」
オルベリアが指を弾き、しっかりと身につけていたはずの兜が後方で音を立てた。
ズブリ、と音が聞こえた気がする。
途端、視界の右半分が黒く染まり、腕で擦った。
だが、何度擦っても右側が暗い。目の奥にまで血が入ったのだろうか? それとも魔法か? ……この激痛は、もしかして――。
「ア、 アァ、ガアアアアアアアアアアアアアア!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
理解をしてしまい、絶叫する。だがすぐに、妖精さんの声が聞こえた。
『精神制御! 痛覚緩和!』
すぅっと心が落ち着きを取り戻す。
まだ右目は痛い。いや、抉り取られたのだから、顔の右側が痛い、のほうが正しいだろう。
息を整え、剣と盾を構える。オルベリアは眉根を寄せていた。
「……急に冷静さを取り戻したわねぇ。一体どういうことぉ?」
「知るか。むしろ聞きたいのはこっちだ。お前が欲しいのは、左目じゃなかったのか?」
そう、こいつが狙っていたのは左目だ。俺の左目を奪う宣言をして、自分の左目を抉ったというキチガイ。それがオルベリア=アクアロールだ。
なのに、なぜか右目が抉られた。
理由が分からず困惑していたのだが、オルベリアがとても嬉しそうに言った。
「だって、先に右目を潰さないと、意味がないでしょぉ?」
「意味?」
「――最後に見たものが、ワタシにならないじゃなぁい」
あぁ、なるほど。ようやく意図が分かった。
まず右目を潰す。それから左目を抉り出せば、俺は二度と光を見ることがないだろう。
そして最後に見たものは、記憶の中に鮮明に残る。……オルベリアというクソ女の笑う姿が、だ。最悪にも程がある。
しかし、参ったな。
このままではその通りになってしまうだろう。今のところ打つ手も思いつかない。
「ワタシの体に、ラックスちゃんじゃ傷一つつけられないわぁ。分かるでしょぉ? 力に差がありすぎるのよぉ」
性格の悪さは理解している。俺が諦め、絶望する姿を見たい。その瞬間を狙い、目を抉り出したい。オルベリアの顔には、そう書かれているようだった。
倒すことはできない。被害を減らす方法も思いつかない。逃げることもできない。なにもできない。
だが諦めることもできず、剣を振った。盾で殴った。それに意味が無いことを理解しながらも、そうするしかなかった。
「いいわぁ、最高よぉ」
必死に足掻いていると、声が聞こえた。
「《フレイム・バースト》!」
オルベリアの左頬に魔法が当たり、破裂する。聞き覚えのある声へ目を向けた。
日の光を背負い。片目を青く光らせ。全身には魔力を漲らせている。俺には彼女が、希望を体現しているように思えた。
勇者様は、ミサキ=ニノミヤは……見ただけで分かるほどに激昂していた。
だが気付いていながら敢えてだろう。オルベリアは軽口をたたく。
「あら、逃げたと思ったのに戻って来るとはねぇ」
高笑いをするオルベリアの挑発にも乗らず、勇者様は剣を抜いて突き付けた。
「どうしてこんなひどいことを!」
「……はぁ?」
意味が分からないと、オルベリアが眉根を寄せる。
さらに勇者様の顔は険しくなり、ギリギリと歯軋りをしている音が聞こえてくるようだ。
もう一度、彼女は問う。
「どうしてこんなひどいことを!」
オルベリアはその問いを鼻で笑い、俺を見た。
「勇者、勇者ねぇ。どうやらあなたたちは失敗したみたいよぉ。いまだに状況を理解できていないものぉ」
今度は勇者様を真っ直ぐに見て、オルベリアは現実を突きつけた。
「――これは戦争よぉ? この程度の被害で、なにを騒いでいるのぉ?」
「この、程度」
周囲を一度見回した後、勇者様は静かに足を進め、俺の隣で止まった。……後ろではない。隣でだ。
「ラックスさん」
「はい、勇者様」
「あいつをぶっ倒すわ!」
「……はい、勇者様!」
勇者と魔貴族の戦端は、こうして開かれた。
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