3-6 奇襲作戦開始

 夜間の奇襲。彼らも昼の戦闘で疲れ、眠っているだろう。モンスターと言えど、夜行性でなければ夜は寝る。当たり前のことだ。

さすがにあの壁は破壊されているだろうが、洞窟内を根城にしているとしても、こちらには山賊たちがいる。内部の構造には詳しく、決して不利にはならないはずだ。


 山賊たち先導のもと、例の洞窟へと辿り着く。予定通り現場は静かで――なんてことはなかった。

 恐らく、山賊たちが残した食料だろう。それを洞窟の入口へ持ち出し、彼らはドンチャン騒ぎをしていた。


「クソッ、どれだけ苦労して食料を奪ったと思ってんだ……!」


 せめて買うか、育ててから文句を言えよ! 心の底からそう思ったが、口に出してしまえば、仮初の協調関係が崩れてしまう。グッと耐えた。

 勇者様はどう思っているのだろう? と目を向ける。彼女は「どっちもどっちね」と呆れ声で言っていた。全くもって同感だ。


 しかし、彼らは油断しきっている。今は攻める好機と言えた。

 山賊の頭は、敵を包囲するよう部下たちに指示を出す。やつらは山賊たちの酒を飲んでいる。火の魔法や火矢を用いて、引火させて混乱を巻き起こそうという算段らしい。


 特に異論は無いのだが、聞きたいのはその後だ。ゴブリン程度ならば弱体化するし問題無いだろう。だが、オーガはどうするのか?

 見える限りで三体。襲撃されたときに確認されたオーガは五体。残り二体は洞窟内で休んでいるのだろう。


「嬢ちゃん、入口を魔法で塞げるか?」

「任せて、と言いたいところだけど、できる限り近づいたほうが確実ね。何人か人を回してもらえるかしら?」

「ミサキお嬢様! 護衛でしたら自分が」

「わたしたち二人より、数人で行うほうが安全よ。ラックスさんもそう思うでしょ?」

「全くもってその通りです。皆で協力して入口を塞ぎ、その間に外にいるゴブリンとオーガを討伐。それから洞窟内のも始末しましょう」

「分かった、五人まわす。残りでやつらに奇襲を仕掛ける。混乱している最中に突撃して乱戦に持ち込む。嬢ちゃんたちもそのタイミングで突っ込んでくれ」

「分かったわ」


 彼らもギリギリのはずだが、五人も貸してくれたのは、それだけ洞窟内のオーガ、ゴブリンを警戒しているのだろう。


 しかし、大きな問題がある。この七人に対して、誰が陣頭をとるか、ということだ。

 もちろん俺は山賊の下につく気はない。勇者様にだってつかせたくない。

 では、先手を取るしかないだろう。俺はコホンと一つ咳払いをして注目を集めた。


「ここは誰が指揮をとるのか決めておいたほうがいいでしょう。自分はミサキお嬢様がいいと思うのですが、異論はありませんよね?」

「え? ラックスさんが指示を出すんでしょ?」

「え?」


 なぜ? と思っていたら、勇者様に山賊も続いた。


「オレたちゃどっちでもいいが、なら、あんちゃん頼むわ」

「おう、よろしくな。あんちゃんの指示通り動くからよ。今は仲間だ。頼ってくれていいぜ」

「……よ、よろしくな!」


 物分かりの良すぎる山賊たちに戸惑いを覚えつつも、俺がこの七人に指示を出すことになった。


 とはいえ、やることは簡単だ。

 突撃のタイミングに合わせ、勇者様を囲って移動。もちろん先頭は俺だ。全身鎧に盾。防御力なら一番ある。

 辿り着けば壁を作るが、破壊しようとしてくるだろう。俺たちはその場に留まり、壁を作る勇者様を守り続けるというわけだ。


「いいんじゃねぇか?」

「わたしも異論は無いわ。皆さん、わたしを守ってください。よろしくお願いします」


 ぺこり、と勇者様が頭を下げる。

 勇者様が頭を下げる必要なんてないんですよおおおおおお! 必要があるのなら、自分がいくらでも下げますからあああああああああ!


 と、叫びかけていたのだが、肩にポンッと手を置かれた。

 見ると、山賊たちが生温かい目を向けている。


「いい嫁さんじゃねぇか」

「いや、婚約者じゃねぇか? もしくは彼女」

「主従関係なんだから、駆け落ちに決まってんだろ」


 好き勝手言っている山賊たちに呆れてしまい、肩を竦める。勇者様も溜息を吐いていた。

 俺たちの関係は、勇者と仲間。いい響きだ、もう一度言っておこう。勇者と仲間!

 伝えられないのを残念に思っていると、山賊の頭の声が夜の森に響き渡った。


「アーヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイ!」


 合わせて、同じように叫びながら山賊たちの攻撃が開始された。

 いつ突撃を開始するのか。同時に飛び込むより、少し遅れて飛び出したほうがいいだろう。相手が注意を惹いてからのほうが、こちらも安全にことが運べる。


「ラ、ラックスさん。この掛け声みたいのは、なにか意味があるの? アーヤイヤイってやつ」

「そりゃあると思いますよ。今のは攻撃開始で、突撃も別の言葉で合図を出すんじゃないですかね」

「突撃―って叫ぶわけじゃないのね」

「気分の問題じゃないですかね。うちの兵士長なんかは『娘にパパ臭いって言われたあああああああ!』とかを突撃の合図にしたりします」

「それでいいの!?」

 肩の力も抜けるしいいのではないか、と思う。

 敵も、こいつらなに言ってんだ!? と考え唖然としてしまうらしく、隙を突ける有効な戦術だと、我が国では言い伝えられていた。


「本当変わった国よね……」

「いい国ですよ」

「そうね、そこは間違いないわ。山賊いるけどね」


 まぁ山賊なんていうのはどの国にでもいるのでしょうがない。撲滅するほうが難しいだろう。

 彼らはそういう風に産まれ、そういう風に育った。兵士になればいいと思うが、他の生き方を知らないのだから、中々に難しい問題だ。


「ラールララララララララララララララ!」


 妙な声に合わせ、突撃が始まる。酒樽は火が点き、周囲は炎上。そんな状況に突撃していくのだから、山賊たちも勇猛果敢だ

 さて、こちらもそろそろ動くことにしよう。


「なるべく音を立てず。気付いたやつは始末していくが、本格的にマズくなるまでは走らない。ゆっくり行くぞ」

「ラールララララララ」

「静かにな!」


 突撃の合図を言えないことが悲しいのか、山賊たちは肩を落としていたが、気にしていられない。俺たちはコソコソと移動を開始した。



「グギッ?」


 振り向いたゴブリンの喉笛を掻き切る。倒れるときに音はしたが、周囲は騒然としているので、まだ気付かれていない。

 ゆっくりと、安全第一に……。


「ラックスさん。そろそろ走ったほうがいいんじゃない?」

「いえ、まだ気付かれていません。このままいきましょう」

「でもあっちが気付いていると思うんだけど……」

「気付かれていませんよ?」

「そうじゃなくて、洞窟内のほうよ」

「……全員走れ! 急ぐぞ!」


 慎重になり過ぎていたというか、洞窟を塞ぐのは洞窟内から出て来させないためなのに、安全第一で失敗していた。なによりも優先されるべきはスピード。もたもたしている場合じゃない。

 見落としていた愚かな自分に反省していると、声が聞こえた。


『左に盾を構えろ』


 妖精さんの言われた通りにすると、すぐにガンッと攻撃を防いだ音。これだから妖精さんは頼りになる。


『左、前、前、左、前』

「ちょ、ちょ、ちょちょちょ」


 剣と盾を駆使して、ギリギリ攻撃を防ぐ。攻撃する暇すらないと思っていたのだが、そこは後方の山賊たちが前に出て、ゴブリンたちを倒してくれた。


「あんちゃんやるじゃねぇか!」

「洞窟はもうすぐそこだぜ」


 ふと顔を上げれば、洞窟の入口はもう目と鼻の先。

 必死になっている内に、随分距離を詰めていたようだ。


「ミサキお嬢様!」

「えぇ、任せて! 《ストーン・ウォール》。からの《ストーン・ラバー》! かける2!」


 二枚のぐにぐにした壁が洞窟の入口を塞ぐ。これですぐに出て来れるようなことはない。

 気付いたのだろう。山賊の頭が声を上げた。


「一気に片付けるぞ! オーガには気を付けろ! ラールラララララララララ!」

「「「ラールラララララララララ!」」」

「ら、らーるらら」

「やらなくて大丈夫ですからね!?」


 場の空気に合わせようとしていた勇者様は、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。ちょっと可愛かった。

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