3-5 僅かながらの休息と土下座

 抜け穴を塞ぎ、山賊の案内で別のアジトへ移動する。彼らはいざというときのことを考え、いくつか拠点を持っているらしい。中々捕まえられないはずだ。

 さすがに全員疲れ切っていたのだが、部屋の隅で休んでいた俺たちの元へ、山賊の頭が近づいて来た。


「捕まえたことについて謝る気はねぇ。だが、世話になった。ありがとな。町までは、うちのやつらが案内する」


 頭が手を振ると、女子供が寄って来た。


「オレたちはあいつらを奇襲する。こいつらは一旦、町に避難させるつもりだ。別に護衛しろなんて言わねぇから、心配すんな。ただの案内人だ」


 数体のオーガを相手取るとなれば、彼らも死を覚悟してのことだろう。放置して逃げ出せばいい。そうも思うが、彼らにだって面子があり、この辺りは彼らのテリトリーだ。放置するわけにはいかないのだろう。


 では、と勇者様を見る。

 彼女は手の平に小石を乗せ、閉じたり開いたりを繰り返していた。


「ミサキお嬢様?」


 勇者様が顔を上げ、自然と目が合う。右目はいまだ青く光っていた。


「……わたしたちも、オーガ退治を手伝うわ」

「分かりました」

「おい! オレたちゃ手伝ってほしいなんて」

「もしうまく討伐ができたら、わたしたちが困っているときに力を貸して。それが交換条件よ」


 手にしていた小石を後ろに放り捨て、条件を提示する。だが俺はそんな勇者様や、山賊の頭ではなく、その小石に目を奪われていた。

 地面に落ちた小石が、そのままドロリと溶ける。砂になったのならばまだ分かる。だが、鍛冶屋が金属を炉で融かすかの如く、小石は歪んで広がったのだ。


 口に手を当て、異様な光景について考えていると、山賊の頭が言った。


「……分かった、条件を飲む。夜遅くなったら奇襲を仕掛ける。飯を食ったら寝ておけ」

「えぇ、分かったわ。ラックスさん、それでいい?」

「もちろんです。頑張りましょう」


 結局、悩んでどうにかできるわけでもない。

 ただの平兵士である俺には学もなく、答えなど分かるはずもなかった。



 食事をとって横になった。

 数時間もすれば起こされ、オーガたちへ奇襲をかける。今は山賊の下っ端たちが見張りを交代で行っているらしい。


 隣で眠る勇者様を眺めつつ、目を閉じる。どうせなにかあれば、妖精さんが、起こし、て――恒例の草原にいた。

 不思議な物だ。現実では覚えていなかったことが、こちらでは思い出せる。この場所限定の記憶、みたいなものだろうか。


 まぁ、とりあえず行くか、と足を進ませる。

 予想通り彼女は、キィキィと音を立てながら、椅子を揺らして楽しんでいた。


「やぁ、エル」

「うむ、散々な目にあったようだな、ラックス」

「本当にな。しかも、これからオーガ退治だ。参っちまうよ」


 俺の発言を聞き、エルも頷く。

 身の丈に合わない相手と戦うことに呆れているのだろう。俺自身がそう思っているのだから、彼女が同意するのは当然だった。

 椅子に腰かけ、背を預ける。溜息を吐きながら、彼女に聞いた。


「勇者様の瞳が青くなった理由、エルは知っているんじゃないか?」

「なぜそう思う?」

「勘だよ」

「良い勘だ」


 エルとの会話は、どこか心地が良い。勇者様と話しているときとは、また違った良さを感じていた。

 しかし、やはり知っていたのか。教えてくれよ、と目で訴える。エルは「ふむ」と一つ頷いた。


「『異世界勇者召喚術』とは、青き血の者が生み出した術式だということは知っておるな?」

「あぁ、そりゃな。青き血、神と呼ばれる人たちが作ったんだろ」


 俺の答えに、エルは鼻で笑って返した。


「神ではない。有翼人だ。まぁ見た目は天使みたいなやつらだな」

「……まるで見たことがあるみたいだな」

「あるさ。あいつらとは因縁があるからな」


 エルの紫色の瞳に、僅かに怒りのようなものが揺らぐ。だがそれはすぐに消え、彼女は椅子をキィキィと鳴らした。


「で、『異世界勇者召喚術』だ。あれで本来は、クソ有翼人どもの尖兵となる、魔族絶対滅ぼすマンとして洗脳された勇者が呼び出される」

「ふむ、魔族を殺す存在が勇者なのか」

「違う。洗脳されていると言っただろ。自分の意思があるように見えて、ただただ魔族を殺すことが当たり前だと思っている。そんな風に捻じ曲げられた勇者を呼び出すのが、『異世界勇者召喚術』だ」


 エル曰く、本来の勇者とは魔族を殺すことに躊躇いなどは持たず、ガンガンやろうぜ、という感じらしい。

 だが、勇者様は……ミサキ=ニノミヤは違う。

 何度も躊躇い、それでも殺せないと涙を流し、常に悩みながら旅をしている。そんな、とても人間らしい勇者だ。


 では、なぜそうなったのか、ということになる。エルはニヤリと笑った。


「吾が介入した。そして、あの勇者を本来の召喚陣の上ではなく、お主の上に召喚したわけだ」

「危ないことをするなぁ。もし壁の中に召喚でもされていたら――」

「お主の上に偶然召喚された・・・のではない。召喚した・・のだ」

「はた迷惑な話だな!?」


 全く、なんの嫌がらせなのか。変な声が出るほどの衝撃だったし、その後も大変だったんだぞ? 全てエルのせいだったと分かれば、苦情の一つや百を言いたくなるのも当然だった。

 しかし、エルはくっくっくっと笑う。悪役っぽい笑い方だ。


「吾はお主の中にいるのだぞ? お主の上でなければ意味がなかろう」

「……俺と勇者様を引き合わせたかった、ってことか?」

「いや、そうではない。本来なら――ただの失敗だ」


 今、彼女はなにかを言おうとして隠した。それは分かっていたので、目をじっと見る。困った顔で頬を掻いていたので、やれやれと肩を竦めた。


「甘い男だ。そして、吾も甘くなったものだ」

「エルのことは知らないが、俺は甘い男じゃない。冷酷な男ラックスとして、軍でも有名だったからな」

「初耳だが?」

「自称だからな」


 胸を張ったのだが、笑われてしまった。

 ふと、エルが空を見る。


「時間だな」

「そうか、分かった」


 立ち上がり、ストレッチをする。どうせまた忘れてしまうのだが、もっと気軽に来れればいいのに、と思う。


「まだ早い。そもそも失敗した。だが、手立てはある。もしかしたら届くかもしれない。そうなれば、ここでのできごとも無駄にはならない。これは、そういう話だ」

「さっぱり分からないんだが!?」


 やはりエルは、くっくっくっと笑った。本当に困ったやつだ。


「一つ、こちらからも聞きたいことがある」

「なんだ?」

「なぜ、翼のことを聞かなかった?」


 彼女が黒い翼をはためかせたので、俺も真似をしてクックックッと笑う。頬を思い切り引っ張られた。釈然としない。

 ジンジンとする頬を押さえながら、エルに答える。


「言いたくなったら言うだろ。今は、言いたくないから言わなかった。俺はそう思ったから聞かなかった」

「……本当に甘い男だ」


 空から光が差し、この世界が白く染まっていく。目覚めが近いようだ。

 さて、オーガ討伐か。気合を入れていくかね。気合を入れていると、聞いてほしくないが聞いてほしい。そんな曖昧な声量で呟く声が届いた。


「お主を、ラックス=スタンダードを選んだことは、吾の致命的な失敗だ」


 間違いなくその通りだ。凡人代表である俺を選んだことは、エルの最大の失敗で、致命的だろう。 だが、彼女の言葉はまだ続いた。


「――しかし、最大の幸運だったとも思っているよ」


 その言葉に胸が熱くなる。

 ならその期待に答えようと、俺は拳を握り、腕を上げた。



 拳になにか妙な感触。薄いが例えようのない柔らかさだった。


「……ん?」


 目を開くと、口を開いたまま固まっている勇者様の姿。

 俺が首を傾げると、彼女はとても微妙な顔で微笑んだ。


「そ、そろそろ行くらしいわ」

「はい、分かりました。……ところで、もしかして勇者様を殴ったりしましたか? いえ、殴ったというほどではなかったのですが、たぶん頬、かな? 申し訳ないです」

「頬? 今、頬と言ったかしら? 人の胸を触っておきながら頬!? 寝ぼけていたから見逃してやろうと思ったのに、喧嘩を売っているのね! よぉし買ったわ。表に出なさい!」


 俺は、即座に額を地面に叩きつけるのであった。

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