2-2 殺すことのない世界から

 正直、どう言えばいいのかが分からない。

 鶏を調理するとき、首を斬り落とすだろう。

 魚を捌くとき、内臓を取り出すだろう。

 モンスターと戦うとき、息の根を止めるだろう。

 相手は人では無い。殺すことに対して疑念など抱いたことはなかった。……いや、人であったとしても、敵だと分かれば迷うことではない。知り合いや特殊な場合は除く。


 では、勇者様にはコブリンの友人がいるのだろうか? ……そんなはずがない。もしそうならば、最初からコブリン退治などしないはずだ。

 なぜ? なぜ? なぜ?

 ただただ疑問が渦巻いている中、勇者様の悲鳴が聞こえた。


「いたっ! 痛い! やめて! ……思っていたほど痛くないけれど!」


 コブリンの攻撃が弱いのもあるが、『勇者』とは特殊な力を持っているらしい。詳しくは分からないが、普通より頑丈だったり、力が強かったり、魔力が多かったりするとか。

 つまり、コブリンの攻撃など、最初から問題にならないだろう。防具だって着けている。


 俺は慌てて割り込む必要は無いと判断し、静かにコブリンへと近付く。

 そして後ろから頭を掴み、喉元を切り裂いた。紫の血が噴き出し、辺りへ飛び散る。


「「「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」」」


 なぜか勇者様が、コブリンと一緒に声を上げた。分からない。分からないが話を聞くためにも、さっさとこの五体を片付けよう。……おっと、もう四体だったか。


 飛び掛かって来た一体を地面に叩きつけ、槍を腹へ突き刺す。

 手近な一体の顔を蹴り上げて、倒れたところを剣で斬る。

 頭を掴んで、近くの岩に叩きつけて潰す。

 最後の一体は転ばせてから、首の骨を足でへし折った。


 そんな感じに四体を手早く片付けてから、勇者様へ声をかける。

 彼女は、見てとれるほどに大きく震えていた。


「え、っと。なにかありましたか、勇者様? ……顔が青いですね。もしかして、体調を崩していましたか?」


 気付かなかったとは何たる落ち度。自分は護衛として、勇者様の盾となるべく旅のお供に志願したのに、体調不良にも気付けないとは。

 とりあえず返り血を落とそうと、水の魔法アクアドロップを唱えて、自分と勇者様の上に水を落とす。

 大粒の雨のような水滴が短時間ではあるが降り注ぎ、俺たちの体からは、紫の血が流れ落ちていた。魔力が少ないので、もう数回しか使えない。二回目はやめておこう。

 勇者様の背を撫で、声をかける。


「一度、どこかで休みましょう。横になったほうがいいですよ」

「――る」

「安全な場所は……ん? すみません、もう一度言ってもらえますか?」


 小声でなにか言っていたのだが、聞こえなかったため、もう一度と頼む。

 勇者様は泣いているのか、水魔法で濡れたせいか分からないが、顔がぐしゃぐしゃのまま叫んだ。


「元の世界に帰る! 殺すのとか、やっぱり無理!」

「……えっ」


 それから勇者様は、わんわんと泣き出した。まるで小さな子供のように、我慢の限界だと言わんばかりに。

 俺はどうしたらいいのかが分からず、背中を擦り、落ち着かせようと努力するだけだった。



 まだ王都を出て一日。戻ることも十分に可能な距離だったが、その気力すらも無さそうな勇者様を気遣い、近くで夜営をすることにした。

 あれから時間は経っているが、いまだ話は聞けていない。彼女は布で全身を覆った状態で、膝を抱えて小さくなっていた。


 俺は、マジックバック内の物を確認し、鍋を発見したので取り出して、シチューを作っていた。なにか食べれば元気が出るかもしれない、と考えてのことでもあり、夕食を作る必要があったからでもある。どんな状況でも腹は減るものだ。


「……勇者様、シチューが出来ました。少しでもいいので食べませんか?」

「……」


 反応は無い。自分の至らなさに頭を抱えてしまう。

 なにを失敗したのだろう? 殺せないと勇者様は言っていたが、なぜ殺せないのだろう? どうにか理解せねばと必死になっていると、勇者様が口を開いた。


「わたしの世界、モンスターとかいないわ」

「えぇ、そうらしいですね!」


 もう話してくれただけで嬉しく、満面の笑みで答える。

 しかし、勇者様の声は暗い。これではいけないと思い、顔を引き締め直した。


「戦争をしている国とかもあるけど、わたしの国はしてないわ。表面的には、かもしれないけれど、戦争はしていない。だから、なにかを殺すようなこともないのよ。自分の手で殺したことがあるのは、小さな虫くらいよ……」

「……え、っと。料理はどうするんですか? 自分で切らないといけませんよね?」

「調理された肉や魚が売っているわ」

「ふぁ!?!?」


 ポツポツと話してくれる内容を聞き、俺はようやく彼女の惑いを理解した。

 勇者様のいた異世界、ニホンという国では、自分の手でなにかを殺すということが、一般的には無い。すーぱーとかいうところにいけば、すでに部位ごとにバラされた肉が売っているらしい。すごい話だ。


 しかし、どうすればいいのだろうか。俺たちは常日頃からやっていたことで、モンスターを殺すことに躊躇いなどは覚えたことがない。

 女子供、老人は逃がす対象だとも勇者様は言っていたが、ここでは場合によっては彼らだって戦う。

 老人は若いときに戦っていた経験がある。女性だって武器を手に取れる。子供だって物を運べる。つまり、誰もが戦うのが当たり前なのだ。戦わないなどと、考えた事が無かった。


 よって、どうすればいいのか分からない。

 しばらく悩んだ後、俺は一つの結論を導き出した。

 ……ならば、そういったことは後で考えよう。


「では、殺すのはやめましょう」

「……え?」

「身を守る術は必要ですから、剣の鍛錬などは行います。後は魔法を中心に鍛え、相手の動きを止めることに特化すればいいです。倒せそうなら、自分が止めを刺します。無理なら逃げましょう」

「で、でもそれじゃ勇者として――」


 ごにょごにょと、そんなのでいいのか、そういった問題を乗り越えてこそ勇者ではないか、と勇者様が言う。

 俺は肩を竦め、笑いながら答えた。


「いいじゃないですか。勇者ってのは異質な存在ですよ? 殺さないなんて、その最たるものです。決心がつけば殺せばいい。つかなければ殺さずに、魔王の元まで行きましょう。でも、それではダメだったら……」

「ダメ、だったら?」


 目を見開き聞いて来る勇者様に対し、俺は努めて軽い口調で言った。


「帰りましょう。元々、これは俺たちの世界の問題です。勇者様に無理をさせてまで、背負わせる必要は無い。陛下もそう仰っていました」


 そう、これは俺たちの問題だ。勇者様に解決ができなくとも、別の方法を模索すればいい。彼女に押し付けることだけは絶対にしてはならない。

 封印の魔法を覚えて、片っ端から封印しちゃいましょうよ! と無責任なことを告げる。だがそれを聞き、勇者様は笑ってくれた。


「なんなら魔王だって封印しちゃえばいいんですよ。殺さないといけない、と決まったわけじゃないんですからね」

「……確かに、ラックスさんの言う通りね。わたしが殺せなくても、殺せる人材を仲間にするっていうのも手よね。例えばヘクトル殿下みたいな人を。わたしは足止めに特化して、場合によっては封印も――」


 ようやく元気が出て来たようだ。俺は温め直したシチューを器に入れ、勇者様に手渡す。今度は笑顔で受け取ってもらえた。


 こうして一時はどうなるかと思ったが、俺と勇者様の旅は再開されることとなった。

 危うく、出立して一日で帰還するところだったけどね。ヒヤッとしたよ。

 しかし、たったの一日で様々なことが分かったと言える。この旅は自分が思っていたよりも困難であり、勇者様は普通よりも「死に敏感な少女」だということだ。

 今は泣き疲れて眠ってしまっている彼女を見つつ、焚火へ枝を放る。


「……最初から英雄だった人なんていませんよ、勇者様」


 もしどうしても無理になったらその時は……。


 ――この命に代えても彼女を逃がし、元の世界に戻してみせる。


 それだけは絶対に成し遂げると、空に浮かぶ青い月へ誓い、拳を強く握った。

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