2-3 勇者の勘は大体当たる

「《アイスニードル》!」


 後方から勇者様の放った氷の魔法が、コブリンの足を凍らせ地面に縫い付ける。動けなくなったところを見計らい、その首を剣で斬り落とした。


「うぅぅ……グロ注意よ……」


 勇者様は目を逸らしているが、この数日でだいぶ慣れたのだろう。連携もとれてきていた。


 俺が前衛として、敵の注意を惹く。勇者様が後衛として、魔法で援護をする。

 よくある陣形ではあるが、様になってきたな、と思う。だが一番の問題がまさか、コブリンを見つけ出すことだったとは、本当に笑い話だ。

 どこにでもいるモンスターだったのに、妙に数が少ない。探すのも一苦労というやつだった。


 しかし、探して倒した甲斐はあったと思える。俺は満面の笑みで頷いた。


「コブリン相手なら、もう安心ですね。直に村も見えてきます。そこか、次の町を拠点として、より

強い相手と戦って鍛錬を積みましょう」

「いきなり強敵と戦わされないので安心できるわ……」

「そんなことをしたら死んじゃうじゃないですか。階段は一段ずつ。命は大事に。当たり前のことですよ」

「そう、その通りよ! レベルを一つずつ上げて、適正の相手と戦う! それが大事だわ! ……でもわたしが読んでいた小説や漫画とかだと、ここらでイベントが起きて、大変なことになるのよねぇ」


 勇者様はたまに変なことを言うが、いきなり大変なことになるなんていうのは、そうあることではない。

 しっかりとした備えを常日頃からしておけば……いや、そんなことはないか。


 実際、ベーヴェのときは死ぬ一歩手前だったもんなぁ。生き残れて本当に良かったとしか言えない。

 だが、空から魔族が降ってでも来ない限り、妙なことに巻き込まれたりはしないだろう。

 空へ目を向けて見るが、魔族が降ってくる気配などこれっぽっちもない。どちらかと言えば、雨が降らないかが少し心配だった。


「勇者様、とりあえず村まで急ぎましょう。天気が崩れそうです」

「うん、了解。久しぶりに地面以外のところで寝られるわね!」


 勇者様は厚手の布の上に寝ていたため、地面の上では無い。あのマジックバッグのお陰で、とても楽な旅をしているのだが……。うん、言わないでおこう。

 その後、勇者様の嫌な勘が当たることもなく、俺たちは無事にテトラの村へと辿り着いた。



 宿へ入ると、数人の男たちと、カウンターに突っ伏している男性がいた。


「なにあれ。職務怠慢じゃない?」


 別に客がいなければ休んでいてもいいと思うが……あぁ、自分たちがその客だったか。

 勇者様の言う通りだと思い直し、男性へ近づき、肩を叩いた。


「……ん?」

「二部屋。とりあえず一泊で」

「あぁ、ほれ」


 宿代の書かれた板を男が指差し、その通りの金額を――勇者様に止められた。


「ミサキお嬢様?」

「おじょ……こほん。お金は節約すべきよ。一部屋でいいわ」

「いやいや、そういうわけには……」

「あいよ、一部屋な。女がそう言ってるのに、男がブツクサ言ってんじゃねぇよ。二階の手前から二つ目の部屋が空いてるから使いな」


 多数決で俺が負けた。

 納得できないが、宿帳に名前を記載して部屋に向かう。……釈然とはしなかった。


「へぇー、こんな部屋なのね」


 中流の宿を選んだが、勇者様は物珍しそうに見ている。そちらの世界では、この宿はどのくらいのランクなのだろうか?

 荷物を下ろし、体を休めていると、勇者様が話しかけて来た。


「そういえば、一階に武装した人たちがいたわよね。なにかあったのかしら?」

「あぁ、違いますよ。彼らは護衛です」

「護衛?」


 なるほど、だから職務怠慢だと言っていたのか。彼ら護衛を、客だと勘違いしていたようだ。

 勇者様にはできる限り説明をする必要があると理解しているため、護衛についての話を始めた。


「護衛のいない宿では、荷物も命も、自分たちでしっかり守らなければなりません。夜営よりは少しマシ、といった感じでしょうか。その点、護衛がいれば安心です。先に護衛が襲われますからね」

「……護衛が見過ごす可能性は?」

「そんなやつらを雇うと思いますか?」

「なるほど、その通りね」


 話をしつつ休憩をとり、道具屋へ新しい鞄の買い出しへ。勇者様が背負うようのやつだ。

 それから酒場で食事をとり、宿へ戻って横になった。

 すぐに眠気は訪れたのだが、勇者様が躊躇いがちに肩を突く。目を開き、体を起こした。


「どうしました?」

「あの……今、気付いたの。ごめんなさい」

「はい?」


 急な謝罪に困惑していると、勇者様は頭を下げたまま言った。


「ずっと、寝ずに番をしてくれていたのよね。交代でやらなくちゃいけないのに、そんな当たり前のことが分かってなかったから……」

「あぁ、そんなことですか。体力には自信があるんです! 気にしないでください!」

「体力のあるなしじゃ――」


 本当に申し訳なさそうにしているので、まぁ信じてもらえないだろうと思いながらも、俺は真実を伝えてみることにした。


「実はピンチになると、妖精さんが教えてくれるんですよ」

「……おちょくってるの?」

「ハハハッ、気配には敏感なもので、寝ていてもすぐ起きれる特異体質です。兵士に向いているでしょう?」


 勇者様は納得いかなさそうな顔をしており、さらになにか言おうとしたので、先んじて口を開いた。


「まぁですが、お言葉に甘えて、今日はゆっくり寝かさせてもらいますね。おやすみなさい」

「あ……おやすみなさい」


 話を無理矢理終わらせ、布団を被る。

 彼女もベッドへ戻った音が聞こえたので、そっと左手の手袋を外した。

 俺は基本、鎧を脱がない。そして鎧を脱いだとしても、手袋は外さない。


 理由はこの――黒く染まった、左手の薬指を見せたくないからだ。


 いつからか、薄っすらと黒く染まっていた。それは年々濃くなり、今では真っ黒だ。

 これが妖精さんの正体なのかは分からないが、本当に危険なときは声が聞こえるようになったのも、指が黒くなりだしてからだった。


 だからこそ、火の番も苦ではない。ヤバければ起こしてもらえるからだ。

 それでも、さすがに数日は長かったが、どうにかなる範囲でもあった。ほぼ寝ているのだから、あれくらいならば問題無い。


「旅で、妖精さんの正体も分かったりするのかなぁ」


 隣から聞こえる小さな寝息よりも、さらに小さな声で、俺は呟くのだった。



 ――そしてそれから数時間。

 夜の闇がより深くなったころ。


『起きろ』


 妖精さんの声で目を覚まし、同時に、一階から叫ぶような声が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る