閑話 巷で人気の異世界転移に遭遇した
わたし、二宮 美咲は十五歳の高校一年生。
あまり人付き合いは得意じゃないし、一応ながら友人と呼べる人たちも、本当はどう思っているのだろう? と疑ってかかるような性格をしている。……うん、我ながら性質が悪い。
そう気付いてはいるのだが、そういう性格なのだから仕方がないだろう。
今日も昼休みに面白くもない話に笑っている友人たちに対し、ただ頷き返していたときだ。
ふと気付けば体が軽くなっており、そのまま固いなにかの上へ座っていた。
「くぎゅぅっ!?」
どうやら某声優の信者の上へ落ちたらしい。だが、どうやったのかは分からないが、椅子に座っていたわたしの下にいるわけなので、悪いのは確実に相手だ。
ここは先手を取るべきだと思い、先に怒ってみせる。目の前にいる鎧を着た青年は、不服そうにしながらも謝罪を口にしていた。
しかし、これは想定外のことになっている。怒るフリをしてマウントをとりながらも、周囲を見回す。……うん、明らかにおかしい。
町を囲う壁。大きな城。そして魔○村の主人公みたいな鎧を着た青年。これでは海外どころではなく、まるで別世界へ来てしまったようではないか。
……いや、過去の可能性もあるわね。異世界転移か、過去へのタイムスリップ。こう見えてもわたしは、ラノベを愛読し、アニメを視聴、漫画を愛し、ゲームを嗜んでいる。友人にこそ隠しているが、立派な隠れオタクだ。
なので、こういったよくある展開にも慌てたりしない。冷静に対処をして、現代知識で無双をする。バシッとやるだけだわ。
今まではそう思っていたのだが、現実となれば話が違った。わたしはただただあたふたしている。頭の中は真っ白で、どうすればいいかが分からない。なにこれ怖い。
困っているうちに、他にも兵士たちが集まり出す。別に逃げようと思ったわけではないのだが、一歩動いた瞬間、彼らは逃げ道を塞ぐように動いていた。
遊びでもなんでもない。日々弛まぬ訓練を行っているからこそできることだろう。剣呑な空気を感じる。
たぶん、わたしは捕まる。そして牢にぶち込まれる。想像するだけで体が震え、身動きがとれない。
――だがそんなわたしの前に、気付けば彼が立っていた。
必死に、互いに落ち着こうと話してくれている。相手も少し冷静になってくれたのか、すぐにどうこうしようとはしていなさそうだ。
彼が槍を置いて、こちらへ振り向く。……あれ? もしかしてチャンス?
わたしは手を伸ばし、彼の腰元にある剣を引き抜こうと……抜けなかった。漫画ではスラッと抜いていたのに、そんなに簡単な物では無いようだ。
しかし、彼が体を動かした拍子に、スルッと剣が抜ける。わたしは転びそうになったが体勢を立て直し、彼の喉元に剣を突き付けた。
助けてくれようとしてくれた。きっと彼はいい人だろう。
だが、それだけで全面的に信じることができるだろうか? できるはずがない。
国のためと言いながら、裏で金をせしめている政治家がいる。
人のためになりたいと正義から警察となったものが、不祥事を起こしてニュースになる。
わたしは、わたしたちは知っていた。
良い人のほうが多くとも、悪い人は確実に存在するということを。
どうすればいい? 混乱の渦中にあったのだが、一人の兵士が走って来た。
「た、大変だああああああああ!」
「よし、まずは落ち着こう。一呼吸おいてから――」
「ゆ、勇者様の召喚に失敗したあああああああああ! って、誰だその娘?」
なるほど、わたしは勇者として召喚されたのか。
それならば大丈夫だろうと、ようやく一息吐けた。
とりあえず、比較的安全そうに感じたラックスさんを利用げふんげふん。ラックスさんとは離れないようにして、王様に謁見をする前段階となった。今は部屋で待機中だ。
しかし、異世界物にしてはほとんどの人が優しい。正直、うさん臭さすら感じる。
そんな中で現れたのが、ヘクトル殿下と、右腕のディラーネ様だ。
ヘクトル殿下は優しい人だったが、ディラーネ様は違う。謝罪で済みそうな話でブチギレ、ラックスさんの首を跳ねようとしていた。そうそう、これでこそ異世界転移だ。理不尽なキャラのほうが多くて当然よね。
まぁよくある展開で、ヘクトル殿下が止めたことで話は終わったのだが、わたしはふと気付いてしまった。……今、もしヘクトル殿下が止めなかったら、どうなっていたのだろうか?
恐くなった。震えが止まらない。少し浮かれていた気持ちが消え失せ、ここが別の倫理観を持つ世界だと、再認識してしまった。
そんなわたしが出した答えは、さっさと元の世界に帰る。これだった。
だが、なんやかんやあって残ることになった。
陛下にほだされたのもあるが、ラックスさんに多少の恩義を感じていたこともある。数日の間だけ滞在して、ミューステルム王国を見て回ることになった。
そしてよく分かったのだが、この国はいい人だらけだ。偽っているのではなく、本当にお人好しばかりに見える。そう信じてしまいそうなほどに、この国の人は優しかった。
しかし、わたしに世界を救うような、そんな義理は無い。この国がどうなろうと知ったことではない。もっと相応しい人材がいる。
……ずっとそう考えていたのだが、そんな考えは少しずつ変わってきており、自分なんかでは無理だと、無力さと申し訳なさを覚えるようになっていた。
もしかしたら勇者は一人、といった縛りがあるかもしれない。ゲームなどではよくある話だ。……ならば尚更のこと早く立ち去るべきだろう。
決めてしまえば早く、わたしは陛下の元へ向かおうと歩き出し、それに合わせてラックスさんも歩き出した。
なにも聞いてこないことからも分かるが、不思議なことに、彼にはわたしの気持ちが分かっている気がする。
ラックスさんはどうやら、人の感情を見抜くのが得意なようだ。すごい人だなと、素直に感心していた。彼と出会えたことが、この異世界に来て一番運の良かったことだろう。
その後、陛下に謝罪をして、元の世界に帰ることを告げる。一波乱あるかと思ったが、特に何事もなく受け入れてもらい、部屋へと戻った。
この世界での最後の夜だ。なにも起きないはずがなかった。
まるで物語のように問題が起き、わたしはラックスさんに連れられて宝物庫内へ避難する。
これが物語だとすれば、次は宝物庫へ敵が攻め込んで来るだろう。そして、わたしは戦うことになり、力が覚醒したりとかするのだ。
敵を撃退すれば褒められて、成り行きで世界を救う旅へ出ることになる。想像は容易かった。
しかし、まず本当に生き残れるのだろうか? という疑問が湧く。
腕を抱いて震えを止めようとしていると、わたしの前に立っているラックスさんが、同じく膝を震わせながらも固い笑顔で言った。
「自分が、あなたを守ります」
臭いセリフだ。こんなことで女の子がときめくと思っているのかしら? 漫画や小説で似たようなセリフを何度も見て、その度に呆れていた。使い古されているぞ、と。
しかし、実際は違った。
吊り橋効果かもしれないが、わたしは間違いなくときめいてしまっていた。
栗色の巻き毛で、少し垂れ目。いつも鉄の鎧を着込んでいる青年が。これ以上ないほどに、素敵に見えてしまったのだ。
一応言っておこう。決して恋ではない。
だが、ラックス=スタンダードという青年は信じられる。そう思うのには十分だった。
その後、予想通りに下級魔族のベーヴェという男が現れる。ラックスさんは勇者のフリをして、わたしの存在を隠してくれた。
ベーヴェへ抱き着き、殺されそうなほどに殴られているラックスさんを見て、思わず後退りしてしまう。
さらに剣が飛んで来たことで、大きく動いてしまい、物音が立って存在に気付かれてしまった。
しかし、ラックスさんはそんなわたしを責めることもせず、逃げろと言ってくれた。
逃げたい。……でも逃げられない。
わたしは勇者として召喚された。ならば、恩義に報いるために、一度くらいは勇気を振り絞るべきではないだろうか?
震える手で、涙を流しながら、ラックスさんの剣を拾い上げる。胸に熱いものを感じながら、強く踏み込んだ。
――驚いた。
まるで自分の体ではないように力強く、弾丸のように体が飛び出した。しかも、感覚はそれについていけている。半信半疑だったのだが、勇者として召喚されたというのは本当だったみたい。
ベーヴェの腕を難なく斬り落とす。
人の腕を斬り落としたことなどは当然無い。未知の体験、手に残り続ける嫌な感触。わたしはそれを振り払おうと剣を手放し、ラックスさんへ近づいた。
確認すると、ベーヴェは錯乱している。逃げるならば今だろう。肩を貸して、二人で逃げ出した。
もう少しで宝物庫から出られる。それからどこへ向かおう? ……そうだ、ヘクトル殿下のところへ行けばいい。彼は強いと聞いている。きっと守ってくれるはずだわ。
思考が纏まったところで、ドンッと強く突き飛ばされる。なにが起きたのか分からないまま、突き飛ばした相手を見た。
……ラックスさんは、成し遂げたような表情で微笑んでいた。
待ってほしい。まだ、終わらせたくない。まだ、なにも返せていない!
まるでスローモーションのように遅くなった世界で、必死に手を伸ばす。
そんなわたしたちの間を、一つの影が高速で通り過ぎた。
「死ねぇっ!」
一太刀でベーヴェの首を斬り飛ばしたのは、ヘクトル殿下だった。強いなんてものじゃない。
だがまぁ、そんなこんなでわたしは助かり、ラックスさんは倒れて入院した。
入院しているラックスさんのお見舞いへ行く傍ら、わたしは剣や魔法を習うことにした。
理由はまぁ単純だとしか言えないが、この世界に情が移ったからだ。
無理なら諦めて戻ってくる。そして自分の世界へ帰る。わたしは、そんな逃げ道を用意してから旅立つことにした。
陛下にヘクトル殿下。ディラーネさん、兵士の人たち、国民の方々。
大勢に見送られ、わたしはミューステルム王国から旅立つ。無理なら諦めるという情けなさを持ちながらも、勇者として。
……ちなみに、ラックスさんは見送りに来ていない。来ないでくれるよう、事前にわたしが頼んだからだ。
もし姿を見たら、一緒に来てほしいと口に出してしまうと思う。そうなれば、きっと彼は喜んで首を縦に振ってくれるだろう。そして、ただの人間である彼は、簡単に死んでしまう可能性が高い。
だから、それが分かっているからこそ、来ないでくれるように伝えた。
怪しい予言者の話では、わたしは必要な物を旅の中で手に入れると言われている。仲間もそのうちの一つだ。
きっとこれから大変なこともたくさんあるが、素晴らしい出会いもたくさんある。その一つ一つを糧として、わたしは真の勇者へと成長するというわけね。
先を想像して、身体がぶるりと震える。
……考えないようにしていた。誤魔化そうとしていた。
だがそれは簡単なことではなかったらしい。わたしは
必死に足を前に出し、どうにか一歩ずつ進む。先を見ることすら怖い。なにが待ち受けているのかを知りたくない。まるで泥沼に沈み、もがきながら進んでいるかのように、体が重かった。
キラリ、となにかが陽の光を反射する。なにかと思い顔を上げると、そこには見覚えのある鉄の鎧を着た青年がおり、岩の上に腰かけていた。
足を出す速度が少しずつ速くなり、軽くもなる。気付けば走っており、あっという間にその場へ辿り着いていた。
わたしは困惑したまま彼に言った。
「ラックスさん!? 見送りはいらないと言ったじゃない!」
……本当は嬉しい。
大きな荷物があることからも、彼がどうしてここにいたのかは想像できていた。
でも、それでも、口では真逆のことを告げていた。素直になれないにも程がある。
そんなわたしに対し、ラックスさんは片膝をつき、槍を地面に置き、片手を胸に当てた。
「……え?」
「勇者様」
「は、はい」
真剣な表情、緊迫した空気。自然と緊張してしまい、あたふたとする。
ラックスさんは空いた手を、静かにわたしへ伸ばした。
「――勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?」
その手を握るべきか、何度も躊躇った。自分と一緒に来たら、またひどい目に合うことは間違いない。そんな姿を見たくないと、本当に思っていた。
しかし、身動き一つとらない彼を見て、説得することを諦めた。その覚悟を蔑ろにしたくはないと……いや、違う。わたしが、彼と一緒に行きたいのだ。
そしてわたしは彼の手をとり、最初のパーティーメンバーとして迎え入れる。
彼の名前はラックス=スタンダード。
職業は王国の兵士。
特別な能力や出自は無い。
……ただし、誰よりもカッコいい平兵士だと付け加えさせてもらおう。
わたしは、軽くなった足取りで進み始める。
魔王を倒せるなんて思っていない。何一つ成し遂げられないかもしれない。
……だが、行けるところまでいってみよう。そんな軽い決意のまま。
青空の下、踊るように足を進ませるのだった。
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