1-4 旅立ちの日は青空がいい

 ――俺は数日の入院生活となった。

 本来は、数ヶ月は動けないはずだった。だが回復魔法を覚えた勇者様が、毎日かけてくれたお陰らしい。勇者様の魔力量が半端ない。

 彼女は毎日のように俺の元を訪れ、看護をしてくれた。恐れ多いとは思いつつも、女の子が剥いてくれるリンゴはおいしかった。


 そしてあっという間に数日が経ち、翌日に退院となった日のことだ。


「あれ?」

「どう? 似合うかしら?」


 今までは黒のセーラー服とかいう異世界の衣装だったのだが、この日の勇者様は、青のマントに、白を基調とした服、銀の軽鎧を身に着けていた。腰には高そうな剣もある。

 ……つまり、そういうことらしい。


「宝物庫に、旅に必要な物は残しておいてくれたみたい」

「えぇ」

「どの装備も最高級品で、国の宝らしいわ」

「えぇ」

「……」


 ゆっくりと、彼女の話を聞く。

 勇者様はいくつか話した後に、何度か深呼吸をし始める。そして意を決したように告げた。


「わたしに、この世界を救えると思ってないわ」

「……えっ!?」


 想定外の答えに目を瞬かせる。

 勇者様はくすくすと笑った後、話を続けた。


「でも、この国の人たちは好きよ。だから、少しだけ勇者をしてみようかなって思うの」


 彼女は真面目で、安請け合いをできるような人ではない。軽い口調で言ってはいるが、きっとかなりの覚悟を要したはずだ。

 俺は彼女の覚悟に対し、深く頭を下げる。


「ありがとうございます、勇者様。それで、いつ旅立つんですか?」

「明日の早朝だけど、見送りには来ないでね。特にラックスさんは絶対ダメ。約束よ?」

「俺だけダメなんですか!? いや、それはちょっと――」

「退院できるとはいえ、まだ本調子じゃないでしょ? ちゃんと休んで!」

「……分かりました」


 別になにが分かったとは言っていないが、分かったと言ったことで、勇者様は安心した顔を見せていた。


 その後は他愛もない話をする。

 この数日に何度もした、この国の話や、勇者様の国の話。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。勇者様は一息吐いた後、立ち上がった。


「本当にお世話になりました。あなたのお陰で、わたしは前に踏み出せます。……さようなら、ラックスさん」


 彼女は振り向かず、部屋から出て行く。立派な装備で身を包み、覚悟を決めた顔をしていた。誰が見ても、勇者だと思うような。

 だが、その小さな背も、小さな手も、普通の少女と変わらない。違うところがあるとしたら、震えを押し隠しているところだけだろう。


 勇者に選ばれただけあり、弱いながらも、とても強い少女。それが勇者ミサキ=ニノミヤだった。

 そんな弱くも強い勇者様の背に向かい、俺は祈るように告げる。


「旅に幸あらんことを」


 

 ――早朝。

 遠方から喝采が聞こえる。恐らく勇者様が王都から旅立ったのだろう。

 道沿いの地面に背負っていた荷物を置き、岩の上に腰かける。空は青く澄み渡っており、勇者様の青いマントが映える良い天気だろう。

 馬車も、馬も、連れの仲間もいない。勇者ミサキ=ニノミヤは、その全てを旅の内で手に入れると予言者が言っていた。


 陛下どころか、予言した本人まで不服そうだったが、彼女はそれを受け入れ旅立つことを選んだ。 きっと彼女は相応しい仲間に、旅の道中で出会えるのだろう。

 そんなことをボンヤリ考えつつ空を見ていると、僅かに足音が聞こえ出す。それはすぐに大きく強く、速くなり……俺の前で止まった。


「ラックスさん!? 見送りはいらないと言ったじゃない!」


 なにも答えずに岩から降りる。勇者様はとても困った顔で俺を見ていた。

 出会った当初に比べ、随分と感情を見せてくれるようになった。これが信用の証だとしたら、とても嬉しい。

 俺は片膝をつき、槍を地面に置き、片手を胸に当てた。


「……え?」

「勇者様」

「は、はい」


 スーッと鼻から息を吸い込み、ハーッと口から吐き出す。幾分か落ち着きを取り戻してから、空いた手を彼女に伸ばす。

 そして、まだ落ち着かずにいる勇者様へ、事前に用意しておいた言葉を述べた。


「――勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?」

「っ!?」


 顔も上げず、ただ手を伸ばし続ける。

 彼女は何度も手を伸ばし、引っ込め、そしてまた伸ばす。そんなことを繰り返していることが、地面に映し出された影で分かってしまっていた。少しだけ申し訳ない。

 勇者様は何度も躊躇った後、手を戻した状態で聞いた。


「なぜ? どうして? ラックスさんに、一緒に来て欲しくない。また、あんな目に合うところを見たくない! 今度は助からないかもしれないのよ!?」

「……」


 俺の心配とは、どこまで勇者様は優しいんだか。……ならこちらも本音で答えさせてもらおう。

 なーに、本音を口に出すというカッコ悪い所業はすでに経験済み。もう一度やったところで、俺がさらに恥ずかしい思いをするだけだ。楽勝さ。

 体勢を変えず、水を飲みたいと思うほどに口がカラカラのまま、彼女に告げた。


「――あなたは俺が守ります。そう言ったじゃないですか」

「……っ」


 なにを言いたいのか、躊躇っているのかは分かる。

 それはあの時だけの約束で、すでに果たされた誓い。

 彼女は、きっとそう言いたいのだろう。


 しかし、顔も上げず体勢も変えない俺を見て、こちらの気持ちを理解してくれたのだろう。勇者様は少し呆れた声で、だが嬉しそうに言った。


「……口に出したらカッコ悪いわよ?」

「自分でもそう思います」


 苦笑いを浮かべながら言うと、勇者様が答えた。


「でもわたしには――世界で一番カッコ良く思えちゃった」


 手が強く握られる。俺も強く、だが優しく握り返した。


 こうして平兵士ラックス=スタンダードは、勇者様と共に旅立つことにした。

 特別な力があるわけではない。むしろ足を引っ張ってしまうかもしれない。そんな、取り柄の無い凡人が、だ。

 ……しかし、そんな平兵士にも、勇者様の肩の力を抜き、震えを止めることくらいはできるらしい。

 くすくすと笑っている勇者様を見て、俺は誇らしく思いながら笑うのだった。

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