2章 息子
「親父、親父……風邪ひくぞ」
自室である書斎のソファーベットで寝ていた春平が小さい目を開けた時。
部屋は夕焼けのオレンジ色に染まっていた。
思いのほか、疲れていたようだ。
――やれやれ、歳は取りたくないものだ
起き上がると、普段は珍奇な、真冬でもアロハシャツや派手な柄ものの短パンをはいている大男がスラックスと長袖のシャツ、その上にダウンコート。
全て黒一色である。
こう見ると、自分の息子ながら中々いい男である。
「秋水、仕事はどうした?」
「ドタキャンされた……誰かが先に獲物を掠め取った」
「そうか、残念だったな……」
首を一度左右に曲げてコリをほぐす。
まだ、少し眠い。
生あくびが出る。
「綾子さんは?」
「俺と入れ替わりで帰ったよ。仕事の振り込みの確認だって……」
「そうか……正行は?」
「綾子を送るついでに夕飯の買い出しに行かせた……一つ、聞いていいか?」
「何だ?」
少し間をおいて息子は問うた。
「親父、朝からいなかったけど、何処に行っていた?」
「散歩だよ」
即答で答えた。
「それだけか?」
射貫くように秋水は父を見る。
「それだけだ……色々なところをブラブラしただけさ」
だが、秋水の目は鋭いままだ。
春平も睨み返す。
どちらかが目をそらせば殺されるような緊迫した空気になる。
そこにバイクの爆音が響く。
二人が縁側に出ると白玉砂利に黒いバイクと、それに跨った男がいた。
フルフェイスのヘルメットを取ると正行の頭部が出た。
後部座席のハガー(荷物入れ)を指さした。
「親父、母さんを街まで送ったよ。あと、商店街で言われたカレーの材料買ってきた」
「誰が作るの?」
春平の問いに秋水が答える。
「俺が作るの、カレー」
「どんな?」
春平が秋水を見る。
「普通のカレーだよ。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎの入った奴………その上にトッピングで手作りハンバーグに半熟卵を乗せる。親父はどうする?」
息子の問いに春平は断言した。
「乗せない理由がないじゃないか」
夜のとばりが下りる。
息子たちの部屋からいびきなどが聞こえる。
春平は寝巻のままウィスキーを飲んでいた。
昼間に寝たせいか眠気がないのである。
まだ、体のどこかで興奮が冷めていないのかも知れない。
来客用のローテーブルに琥珀色の液体の入ったガラスのコップを置いて色々考える。
「あれ? 親父、寝てないの?」
そこに二階から浴衣の息子が眠そうな目でやってきた。
「うん、眠くないんだ」
「歳じゃねえの?」
冷やかし半分で秋水は言う。
だが、眠いのだろう、あくびも出来た。
「お前は何しに来た?」
「トイレだよ」
平野平家のトイレは縁側の奥まった場所。
春平の部屋の隣にある。
秋水は、のそのそと便所へ向かい用を足した。
再び、向かい合う親子。
「なあ、親父」
「何だよ?」
ウィスキーを飲みながら息子の問いに答える父。
「昨日、どこ行っていた?」
「だから、散歩だよ」
秋水の目は眠そうだが、その奥には強い意志がある。
だが、折れたのは息子である秋水だった。
「わかった……親父も早く寝ろよ」
そう言いながら、部屋を去り、孫が眠る二階へと進んだ。
やがて、爆音のようないびきが聞こえ始める。
それも、少しすればだいぶ大人しくなる。
本格的に寝始めた合図だ。
思わず、春平の身体から緊張感が抜ける。
――相変わらず、勘のいい奴
そう愚痴ると春平はウィスキーを煽った。
『自分の息子』というひいき目を無くしても、秋水は実にいい戦士である。
自分が鍛え上げたせいもあるが、世界を回り『傭兵』としての実績がある。
孫の正行も、現在鍛えているが、やはり経験値が圧倒的に少なく『慣れて』いない。
潜在能力はあるはずだが、本人が意図しているのか無意識なのか、能力が開花する気配はない。
もったいない話だ。
――もったいない?
春平は思わず苦笑する。
引き出しから、携帯電話を出し、ポケットから持っていた携帯電話を出す。
二つともよく似ている。
持っていた携帯電話を開いて二つにへし折るとビニール袋に入れ引き出しの奥に隠した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます