3章 依頼
事の始まりは昨日。
昼時。
秋水と正行が仕事と大学へ行くと、自分の仕事を進め、書いている原稿を切り上げて、麦茶でも飲もうと土間の冷蔵庫へ向かうと玄関の引き戸に分厚い封筒が挟まれていた。
新聞やピザなどのダイレクトメールなどは表の門にあるポストに入っているはずだから誰かが来て置いて行ったのだろう。
正行が大学に行ってから原稿を書き始め昼食も部屋から出ず先に作っておいたおにぎり済ましたため、玄関には気が付かなかった。
差出人を見てみる。
書いてない。
表を見ると『鬼様』と書かれている。
もう、十年来の久々だが、これだけで何となく内容が分かった。
とりあえず、自室の文机の前に座り小刀で封を開け内容を見た。
それは、ある暴力団と暴力団の抗争をまとめたものだ。
書き方などは優秀な研究レポートのように理路整然としている。
内容は、あるビルをめぐって古くからある暴力団と、本州からやってきた新興暴力団との争いだ。
その上、彼らは血で血を洗う抗争をする一方で一部の者たちは結託して星ノ宮港を舞台に人身売買をしているという。
暴力団がいることは構わない。
AVや風俗で糊口をしのぎ、未練も残さず去るものもいる。
人間は全てが全て聖人ではない。
世の中をうまく回す潤滑油には、教科書や理想だけでは割り切れないアンチモラルなものや、あやふやなものが必要なのだ。
ただ、問題はそこに個人の意思があるということ。
資料を見ると一桁の子供も多くいた。
この子供たちは客との性行為などで生まれた私生児である。
産んだ彼女らに養育する能力も知識も金もない。
そこでバックの暴力団が母親と引き離し海外に売った。
国内外にアブない奴はいる。
彼らからすれば子供たちはまたとない『商品』であった。
また、上玉の女でも客に反抗的な態度をとり、移籍や『娑婆に戻りたい』というものを麻薬漬けにして売り飛ばす。
これらを読んで春平は頭を抱えた。
自分が若かった頃も似たようなことはあった。
何も知らない老人が語る『昔はよかった』なんて幻想に過ぎない。
ただ、時を経るに毎に、特にここ十年はサイクルが早くなった。
電話ボックスなんてものはめっきり見かけなくなり、誰もが携帯電話、またはスマートフォンを持つ時代だ。
ため息をつきつつ、再び文机で原稿を書いた。
三十分もしない頃。
車の停車音で気が付くと縁側に出ると、『如何にも』なベンツが門の前に止まった。
そこから、また、『如何にも』なダークスーツを着てサングラスをかけた屈強な男が後ろのドアを開け、予想通りの長着を着た
――今日は、久しぶりに街に出てラーメンを食べようと思っていたのに……
数分後。
居間で二人は向かい合って春平の出した麦茶を飲んでいた。
「昨日の手紙を読まれましたか?」
春平より確実に年上であろう老人は、年下の男に敬語で問うた。
困ったように春平は言った。
「はい。拝読させていただきましたが……自分は現在、しがないモノガキです。そちらの世界は息子たちに任せていますので、彼らに連絡してもらえませんか?」
だが、男は引き下がらない。
「彼らが『強い』ことは認めましょう。秋水さん、正行君たちのチームは様々な事件を解決していることも存じ上げています。しかし、彼らは肝心肝要なことができない」
春平は黙っている。
「しかし、あなたは違う。『それ』が完璧にできます」
ため息をつく。
昔は十秒程度で終わったのに、今は倍以上にかかる。
「正義ぶるわけではないですけど……ああ『それ』ですが……まあ、特技でしょうし、好き好んでいるのは事実でしょうね。認めたくないですけど……」
チラリッと縁側を見ると、その庭先に二人のダークスーツの男が立っていた。
「それに、だいぶ腕は落ちましたよ。でも、あの二人に『それ』をやれというのならやりましょうか?」
『冷蔵庫に羊羹があるから出しましょうか?』のような気軽さで春平は言った。
慌てる老人。
「いや、結構です‼」
「冗談ですよ……冗談だからね!」
男たちに声をかけた。
返答はない。
――よく訓練されている
春平は半ば呆れながらも感心した。
そういう人間なのだろう。
春平は麦茶を飲んだ。
本来なら好きなのに、あまり美味しくない。
自分の性格が嫌になる。
自分の家系が忌々しく思う。
だが、それは一切表に出さずに言った。
「今夜、雨が降りますかね?」
「雨……ですか?」
老人は少し考えて言った。
「夜に降るみたいです」
「大いに結構です」
その言葉に老人の顔は一気に明るくなった。
「ありがとうございます」
「そのかわり、俺の言うとおりにしてください」
「なんなりと」
夕方。
依頼主が帰ると春平は『風邪をひいた』とほぼ、自室にこもっていた。
食事とトイレ以外はソファー兼用のベットで身を横にしていた。
さすがにこういう状態の春平を見て帰宅した息子たちも無下に隣の居間でテレビを見ようとはせず(元々、見る番組も少ない)自分の部屋で勉強や趣味に没頭していた。
食事は秋水が作った胃に優しい中華粥だった。
『寝汗で気持ち悪いので、風呂を焚いてくれ』と言ったら普段は文句ばかり言う孫が何も言わず、せっせと作ってくれた。
風呂に入った順に就寝していく。
日が沈み、辺りが暗くなり、息子たちが完全に寝静まったのを確認して、春平は家を出た。
表は玉砂利が敷かれている。
万が一、小さい音でも、正行はともかく、傭兵をやっていた秋水はすぐに気がつくだろう。
なので、少し遠回りにはなるが裏庭から道に出る。
足音は極力消し、足跡も残さない。
肉親でもバレるようなヘマはしない。
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