第3話 自責
ふと気づくとユズルは演習場にいた。
いつもの演習場所、いつもの魔鎧、いつもの対戦相手。
ユズルはすぐに理解した。
そうだ、これは七年前の光景だ。
『カナデちゃんー! 隠れてないで出てきなよー!』
自分の声が、まるで自分のものではないように演習場に響く。
対戦相手であるカナデの駆る魔鎧「ハーミット」は、その名の通り、ステルス性能に特化した機体だ。それを補助する彼女のチームメイトも、そんな彼女が動きやすいように統制の取れた動きをしている。
歌のような音を放出しながら攻め込まれ、いつの間にか接近されて、決闘に持ち込む暇もなくポイントを奪われる。
当時のユズルはそれが苛立たしくてしかたがなかった。一つ上の先輩だからといって、同年代の女の子に負け続けるのは、彼のプライドにぐさぐさと刺さる出来事だった。
『ユズルよぉ、んなこと言ったって出てくるわきゃねぇだろ』
『黙ってて! 君には僕たち二人の決闘の審判してもらうんだから!』
リョウの苦言にもめげることなく、ユズルは声を張り上げ続けた。
『この卑怯者ー! 一人で戦うのが怖いのかー! スサノヲ様に恥ずかしくないのかー!』
『……もう、仕方ないなあ、ユズルくんは』
何の前触れもなく、ユズルたちの前にハーミットは現れた。目の前のビルから飛び降りてきたのだ。
いつの間にか二人の周囲にはハーミットの仲間たちが集まってきていた。ユズルはそんな彼らに目もくれず、彼女に向かって武器を構えた。
『出てきたな、カナデちゃん! 一騎打ち、受けてもらうよ!』
カナデはほとんど顔が見える形のヘルメットを少し上げると、仕方なさそうに年下のユズルを見た。
彼女は常に笑顔を纏っている女の子だった。何を考えているのか分からないほど、いつだって彼女は笑みを顔に浮かべていた。
『ズルはなしだからね! 仲間からデータ取るのもなしだから!』
『分かった分かった。君の言う通り、彼らとの接続は切ろうじゃないか。これで正真正銘一騎打ちだ』
それまで戦場に響いていた甲高い音波が消え去っていく。
ほんの一年しか違わないのに、まるで大人が子供に対してするような態度で、カナデはユズルの挑戦を受けようとしていた。
ユズルはそのことに少しむっとしながら、武器を構えなおす。ユズルの武器は剣、カナデの武器はナイフだ。
『じゃあ行くよ、カナデちゃん!』
『ああおいで、ユズルくん』
てぁあああ! と声を上げ、ユズルはカナデに切りかかる。しかしそれをなんなくカナデはいなし、左手で持っていたナイフでユズルに攻撃をしかけた。
とっさにユズルは身を引いて、直撃はまぬがれる。
一手、また一手。
二人の攻撃は交錯し、何度も離れていく。
やがて二人は二人とも息を切らし、向かい合った。
『意外と粘るね、ユズルくん』
カナデから認められたかのような言葉に、ユズルは嬉しくなって、もう一度剣を構えなおす。
彼女はそれに対して、ナイフを構えなおそうとし――それはかなわなかった。
『……え?』
異変は彼女の鼻から血が垂れてきたことだった。
それを確認した数秒後、カナデはナイフを取り落とし、自分の体を抱えてもだえ苦しみはじめた。
彼女のまとう魔鎧が光輝き、奇妙に変形し、でこぼことした鉱石の結晶のようなものが、魔鎧からいくつも生えては消えていく。
魔鎧の暴走だ。
頭ではそう理解できていても、ユズルはどうすることもできなかった。すぐ後ろにいたリョウが叫んだ。
『カナデちゃん、魔鎧を解除しろ!』
だが、その言葉は遅かった。
その瞬間、彼女の首から突き出たのは、彼女の腰についていたはずの、薄くて鋭いパーツだった。
パーツは首を貫き、その接着面からは血が噴き出し、一気に足の力が抜けた彼女は、くるりと回るようにして崩れ落ちていった。
どこか驚いたような目で、ユズルのことを見つめながら。
のちに彼女の死因は、仲間との接続を切ったことによる、脳への過負荷が原因だと知った。
目を開くと、そこにあったのは都市国家トーキョーの門だった。
「どうしたユズル。んなとこでぼーっとして」
門の中から出て来たリョウに、ユズルはまだぼんやりとしながら尋ねた。
「……僕、どれぐらいこうしてた?」
「十分ってとこかな。いつまでたっても帰って来やしねぇから、迎えに来てやったんだよ」
ほら、魔鎧解きな。とリョウはユズルに促す。彼はぎこちなく頷くと、魔鎧を解除した。
「
身体中を覆っていた鎧が溶けるように消えていき、胸へと収束する。あたたかい飲み物を飲み込んだかのような感触が体に広がっていき、ゆっくりと冷えていった。
横転するトレーラー、荷台に乗っていた魔鎧、ふわりと浮いて近づいてきた彼女の姿――。
ついさっき見たはずのそのどれもが現実の出来事のようには思えず、ユズルは取り繕ったような笑みを浮かべた。
「じゃあ行こっか、そろそろご飯の時間だし」
「待ちな」
歩き始めたユズルの左腕を掴んでリョウは彼を引き止めた。
「ユズルよぉ。テメェ、右手ケガしてんだろ?」
指摘されて初めて、ユズルは自分の右手から痛みを感じ、目を見開いた。あれは夢ではなかった。あの時確かに自分は彼女に出会っていたのだ。
「ゲッゲッ、隠しきれるわけねぇだろ! 俺様を誰だと思ってんだ」
「ええと、隠してたわけじゃ……」
どう説明したものかとしどろもどろになりながら、ユズルが自分の荷物を持ち上げようとすると、リョウはそれを奪い取った。
「ケガしてんだから荷物なんて持たせられっかよ、おら貸せ!」
そのままずんずんと歩いていってしまうリョウの後ろを、ユズルは小走りでついていく。日頃の行いのせいで二人が歩く先の人々は、彼らを露骨に避けていった。
喧嘩を仲裁する、仲間を思いやる、怪我をした友人の代わりにカバンを持ってあげる。
行動だけ見るのであれば、とんだ善人だというのにどうしてこんなに誤解されてしまうのだろう。
「もう、君ってその話し方さえやめれば、聖人君子なんだけどなあ」
「話し方なんて簡単に変えられるもんでもねぇだろ! ゲッゲッゲッ!」
特徴的な笑い声でリョウは答える。
二人はほんの十分ほどで門のほど近くにある寄宿舎へとたどり着き、一階の奥にあるリョウの部屋へと入っていった。
寄宿舎の部屋はどの部屋も、白を基調にした無機質な印象を受ける部屋だ。しかしリョウはそこに様々な機材を持ち込み、他の生徒の部屋よりは乱雑な部屋を作り出していた。
「七年前のこと、思い出してた」
少しだけ腫れた右手を魔力で治療してもらいながら、ユズルはポツリと切り出した。リョウは治療の手を止めると、真剣な眼差しで彼を見た。
「何かあったのかぁ?」
ユズルはリョウと視線を合わせると、いつになく弱気な声色で呟いた。
「街の外にカナデの幽霊がいたんだ。……信じてもらえないかもしれないけど」
あの時近づいてきた半透明な彼女の姿。幽霊を恐れる文化なんて廃れて久しいが、そう言うしか他に形容しようがない。
リョウは手を止めてそんなユズルを気遣うように一瞬見たが、すぐに治療を終わらせて彼に手を差し出した。
「おら、魔核出しな。調整すんぞ」
我ながら戯言を言ってしまった、と後悔しながら、ユズルは胸へと手を当てる。
「
魔鎧を構築するための魔術道具である魔核は、宝石のようにカットされた石の形をしている。色も大きさも人それぞれだが、ユズルのそれは握りこめるほどの大きさの真っ赤な鉱石の形をしていた。
人体から分離して熱をもった魔核を掴み、ゆっくりと引き抜いて、ユズルは大きく息を吐いた。
「はいこれ」
「おう」
ユズルから魔核を受け取ったリョウは、それを整備用の機器にはめ込んだ。整備機器にはザミエルの魔核が演算装置として付属できるようになっている。
リョウがカスパールを整備し始めたのを横目に、ユズルはカスパール同様に機器にはめ込まれたザミエルと、そのパーツの予備がセットされた箱へと腰掛けた。
基本的に魔核は、持ち主の魔鎧師とその整備士にのみアクセス権がある魔術道具だ。だがユズルとリョウは幼い頃からたった二人のチーム。魔鎧師でありつつ、互いに互いの整備を行う魔鎧整備士でもある。
だから起動しようと思えばこのザミエルをユズルが起動することはできる。もしかしたら、魔鎧師としての適性が低いリョウよりもずっと上手に。
――ダメだ。七年前のことを思っているせいで、感傷的な気分になってしまっている。ザミエルの箱を撫でながら、ユズルはため息をついた。
「ん、妙だな」
魔核を構成する魔術式が表示されたモニターを見て、リョウは声を上げる。ユズルがそちらに目をやると、リョウは不機嫌そうにこちらを見てきた。
「ユズル、俺に黙って変なパーツつけたかぁ?」
「え? そんなものつけてないけど……」
キョトンと目を丸くするユズルを見て、リョウは不審な目で改めてモニターに目をやった。
「とりあえず改めて整備用に起動してみてくれ。何かのバグかもしれねぇ」
整備用に起動するということは、自分とは座標の違う場所へと魔鎧を実体化させるということだ。
もしバグが起こっていたとしたら、本来ならばありえない座標にパーツが出現して最悪死に至る。ちょうど、カナデの時と同様に。だから整備時は基本的に別座標への実体化を行う。
手渡された魔核に魔力を込め、起動式を呟く。
「
魔鎧は宙に浮かび上がり、部屋の中央に魔鎧を形成し始めた。
黒の上半身、灰色の下半身、暗器のついた腰回りに、マント型の兵装。
そして最後に現れたのは、見覚えのない翼だった。
カスパールの背に翼が生えた訳ではない。まるで翼だけが切り取られてそれでもなお空を飛んでいる小鳥のような何かがそこにはあったのだ。
空中をふわふわと羽ばたくそれは、二人が一度瞬きをする間に姿を変えた。
髪は肩の上で切りそろえられた茶髪、淡い灰色の瞳。一瞬で現れた浮遊する彼女は、満面の笑みでユズルに抱きついてきた。
「ユズルくん!」
あの時失ったはずの
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