第21話  正義の証明

 火花がその場に崩れ落ちる。赤いコートは片袖だけ焼き切れ、焦げ付いた肌が露出していた。

「はぁ、はぁぁ、きっついなこれ、師匠の桜母衣がぼろぼろだ」

「火花さん! 大丈夫ですか!」

 至近距離にいたはずの遥香はカンナのところまで転移していた。遥香の手にはカンナから渡された最後の符が握られている。

 遥香を転移させたその符の裏面には「神が来たら、叫べ」と書かれていた。

 神は言った。自分は人が認知する故に存在できると。それはつまり、忘れ神はここにいる全員の記憶を消しては、死ぬということだ。陰陽師達の記憶を奪ったせいで、存在を失った忘れ神がまさか同じミスを犯すはずがない。

 火花は策を用意した。忘れ神が記憶を残すのなら、最も無害な遥香の可能性が高い。しかし、どこに存在するかもわからない神を前にして、おおっぴらに作戦を立てるのは危険が伴う。

 故に、符を使って遥に協力を仰いだ。自暴自棄になった遥香が協力してくれるかは賭けだったが、火花は信じていた。

 遥香はもう助けを呼んでいる。

「誰もない、助けて」と、渾身の叫びを届けられる人間だと知っている。

 遥香の声は、確かに正義に届いたのだ。

 一連の事情を遥香の口から聞いた火花は、自分が削り取った山の中心へと足を向けた。

 煙を上げて燻ぶる地面に、胸から上だけになった忘れ神が転がっている。

「よもや、遥香にしてやられるとはな」

「人を舐めすぎなんだよ、私たちは自分の足で立てる、何度でもな」

 火花は拳を構えた。

「好きにするがよい、愚かで頑な正義よ、だが、果たして私を消せるかのう?」

「当然だろ」

 言葉とは裏腹に、振り下ろされる寸前だった拳はぴたりと止まっていた。数多くの戦場を駆け抜けてきた火花の勘が、警鐘を鳴らしている。

 浮かんだのはロミアの言葉。


『あなたは近々選択を迫られる』


「私はこの身を陰陽師に封印される際、その者たちの記憶を全て奪った、分かるか? 私を殺せば主は全ての記憶を失うぞ? 大切な師匠との思いでも、共に戦った友の名も、何もかも全て」

 神は酷薄な笑みを浮かべる。

「ほかの誰かに押し付けても構わない、遥香でも連れの男でも女でも好きな者を御供としてたてるがよい、今の私なら殺せるだろう、しかし貴様はここで終わりだ」

「––––––––––––はん」

 火花は鼻で笑う。

 強がりだった。自分がなぜ、正義を自称するのか、それは師匠に会うため。手段であり、目的ではない。火花の理性はそう言っている。

 同時に、本能が叫ぶ。火花がこれまで歩き続けた道が、選ぶべき未来を指し示す。

 それは怖く、寂しく、辛い道。

 ただその道だけが正解だった。

「神の呪いが怖いかよ、こっちは人の呪いを全て抱えて生きると決めてんだ、何度も言うぜ」

 引き絞った拳を振り下ろす。


「私は、正義だ!」


 火花の拳が忘れ神の不気味な笑顔を打ち砕く。忘れ神の体は細かな塵となって消え、あとには膝を折った火花が残った。

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