第20話 セイギの向かう先

火花の手袋の紋章が一際強い光を放つ。大気が震え、拳を中心とした空間にヒビが入り、稲光のようなものが時折走り出す。

「カンナ、頼んだ」

「カウントするよ」

「五」

「四」

「三」

「二」

「一」

「いまッ!」

 遥香が符を地面に置いた瞬間、遥香の体ががくんとのけぞった。

「……これが主の正義か」

 遥香の声は氷のように冷たく、凍てついた視線が周囲の温度を下げる。

「一人の娘の命で貴様の正義は救われるのだ、さあ、この体もろとも吹き飛ばすがいい」

「……」

「何を怖気づいている? たかが小娘一人であろう? 殺せ、殺すがよい、そして大事にひび割れの正義を抱えて、死んで行け」

「ヒ、ヒバナ、早く!」

「おい、火花、もう記憶が」

「……」

「……なんぞ、興ざめだの、あれだけの大言壮語を吐いておきながら、結局はこのざまか、どうやら期待外れのようだの、貴様の正義とやらは」

 遥香を囲んでいた符が燃え尽きた。

 遥香の頬を涙が伝う。

「……火花さん、なぜ、こんな私を助けてくれるんですか」

「何度も言ってるだろ、私は正義だからな、困っている人間は放っておけないんだ」

 なんの気負いもない満面の笑顔だった。

 それを境に時が止まる。

 火花達の意識が途切れた。決定的な認識の変化をそうと気づかない一瞬の内、まるで初めからそこにいたかのように、忘れ神が火花の横に立った。

「終わりだ」

 忘れ神の指が火花に触れる寸前––––––––


「助けて――――火花さん!」


 火花の右手が忘れ神の首の根を掴んでいた。

「ぐっ、貴様なぜ私を認識できる!」

「よくわかんないけど、遥香が助けてって言ったんだから、お前敵だろ」

「……っ、気づいてたのか、遥香にだけ私の記憶を残すことを!」

「何言ってるかわかないよ、――でも、一つだけわかるぜ、私は正義、そしてお前が悪だ」

 火花の右拳から放たれる稲光が、後方に束となって伸びていく。

 忘れ神の体は何者かに掴まれたかのように中空に縫い付けられ、必死の形相で振りほどこうとするもびくりともしない。

 火花は本能で悟っていた。拳に宿った生命の躍動と、それを解き放つための引き金を。


 「私は正義」


 己を最強とするための短い暗示をつぶやく。繰り返しつぶやき魂にまで染み込ませた、ただ最愛の人に会うためだけの一途な言葉を。

 真っ赤な手袋が光を真紅に変える。カンナが作成し、火花に授けた最強の生命を元にする手袋、《竜手甲》。地を割り、天を割く、万物を砕く会心の武器を、火花は神に向けた。

「はぁ食いしばれぇぇえええ!!」

 火花の拳が神の心臓をとらえ、走る。赤色の雷光が、神の存在を貪り食らい、周囲一帯を破壊尽くして、背後の山もろとも粉砕。大爆風が生じ、天にかかっていた雲すら吹き飛ばした。

 竜の一撃、正義の鉄拳。あらゆる悪を貫く、渾身の拳だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る