第19話 理不尽

「遥香、協力してほしい」

「……」

「お前はなかったことにしたいと言った」

「……」

「でもね、起こったことはなくならない、たとえお前が忘れようとも、その事実は変わらない」

「……やめて」

「お前は神に操られて住民を殺したんだ」

「やめてってば!!」

 暴れた遥香の手が火花の頬を掠め、薄く皮膚を裂く。滲んだ血に遥香は恐怖し身を震わした。

「知らないのに、分かるの、私が何をしてしまったか、私の中にいた何かがしてきたことが、今は分かるの、消えないの!」

 遥香の手はボロボロだった、何度も地面に叩きつけ、掻きむしったのか、皮膚と土が癒着している。

「火花さん、私を殺して、あなたならできるでしょ?」

 それだけが救いだとでもいうように、懇願するように、遥香は火花に縋った。

 火花は一度目を瞑り、その言葉を受けとめる。

「分かった」

 遥香は掠れるような声でありがとう、とつぶやき、その場に力なく手足を投げ出した。

「おい、カンナ」

 火花がカンナに耳打ちし、カンナがためらいがちに頷く。

「いんだね、それで」

「本当に、それでいいのか、火花」

「言っただろ、私は正義だ」

「そうかよ、じゃあ好きにやりな」

 正樹は近くの木に体を預けると、目を閉じてうつむいた。他に方法もないが認めたくもない、そんな感情が伝わってくるような態度。

 火花が見守る中、神を遥香に固定する準備が整えられていく。カンナは符に呪文や文様を描きつつ、それらを遥香の周りに置いていく。

最後に遥香に一枚の符を手渡し、カンナは息をついた。

「私が合図したら、その符を地面に置いて」

「……これ」

「黙って、私、あなたのこと嫌い、まるで昔の自分を見てるみたいで、嫌気がさす」

「……」

「どうにもならないんだよ、起こったことは絶対もとには戻せない、たとえそれが自分のせいじゃなくてもね」

「……」

「どうせ死ぬなら、最後くらい協力して」

「……」

「時間がないから略式だけど、数秒は固定できると思う、あとは任せたよ、火花」

 カンナが火花に場所を譲ると、火花は拳を構えた。

「あまり、共感とかって性に合わないんだけどね、私は戦争孤児でさ、幼いころにどこぞの爺のおもちゃにされて死ぬところだったんだ、でも、私は叫んだんだ、これは違う!ってな、そうしたら、師匠が来て私を救ってくれた、この世は理不尽で満ちてるかもしれないけどな、奇跡だって同じくらいあるんだぜ、でもそいつは、理不尽にもがく人間の元にしかやってこない、だからきっと遥香も叫べるって私は信じてる」

「……」

「じゃあね、生まれ変わったら、もっと幸せに生きられるよう願ってる」

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