第18話 神の消失

 火花の拳が忘れ神の心臓を背後から突き破り、朱を散らした。

「……不愉快だ」

「なっ⁉」

「人間はいつまでも変わらず愚かよな、道理を知らぬ、感情で動く、気味が悪い」

 神の体から素早く腕を抜き、火花は後退する。

 胸に空いた空洞を晒しながら、神は悠然と火花を見下ろしていた。

「どうして生きてやがる」

「残念だったの、その手ではどうも私を食いきれんようだ、言ったであろう、神は認知の存在であると、つまり貴様らが私を覚えている限り、私の存在は補填され続ける」

「おいおい、デタラメすぎるだろ」

「何を言うか、その手、私の存在そのものを食らっておるぞ、神の在り方を揺るがすなど常識の埒外よ、故に、私も手段を選ぶわけにはいかない」

「––––––––っ!!」

 脳みそがわしづかみにされるよう感触を得て、火花は膝を折った。

「くそっ、てめぇ、なにしやがった!」

「私を消したいのだろ? 望み通り主らの記憶から私を消してやったのだ、時期に私が何者なのかもわからなくなるだろうよ」

 声が分かる、顔もわかる、姿形も記憶にある。あれは神だと知っているのに、どういうわけかそう認知するのが難しい。

「諸刃の剣であるが仕方ない、主と正面からやりあうのは得策ではないからの、また記憶がなくなった頃に現れよう、なにしばしの別れだ、では、さらば」

「待て!」

 忘れ神の姿が消失し、あたりに静けさが戻ってきた。

「どいつもこいつも逃げやがって、根性なしが!」

「ヒバナ、大丈夫⁉」

「怪我は大したことじゃない、そっちは?」

「私も大丈夫、だけど、記憶がどんどん混濁してるの、このままだと、あの神のこと忘れちゃうよ」

「俺の方も同じだ、消しゴムかけられているみてぇに、記憶が薄くなってきやがった」

 潜伏場所から出てきた正樹が、こめかみをもみつつやってくる。

「まずいぞ、このままだと誰と戦ってたか忘れて、神の野郎に一方的にやられちまう」

「カンナ、あいつの居場所は分かる?」

「ごめん、無理、気配が多すぎて逆に特定できない」

「どういうこと?」

「長らくこの土地に縛れていたからかな、あれはもう土地神みたいな存在なの、空間全体に気配がある感じ、これじゃ本体のいる場所を特定できない」

「ちっ、神のクセにステルスかよ、何か手はないのかこのままじゃなぶり殺しだぜ」

「分かってる! でも、こんなのどうしたら……」

「くそっ、あのやろう、あれだ、あの……ああもう名前すら出なくなってきた!」

「忘れ神だ、もとよりあいつに名前なんてない」

「名前……そうか名前! 何かあの神を縛るものがあればそこに固定できる! ってああああ! だからその名前がないんだよぅ!」

「……いや、あるぜ」

 火花は境内の隅に目をやった。

 手足を投げ出して、地面に力なく座る遥香の姿がある。

「忘れ神は遥香の体に乗り移っていた、その間あいつは遥香として存在していたはずだ、できるか?」

「依り代なら、経験があるから……たぶん、できる」

「おい、火花、お前まさか」

「……ヒバナ」

「知ってるだろ、私は正義だ」

「正義は何物にも屈しない」

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