第15話 死線準備
光柱が消え、中から人が現れる。
「感謝するぞ火花、存在を確定させるためには、私を神と認知する者が必要だった」
「それが私たちを呼び寄せた理由か、けど残念だなお前は私が殺す」
「ふむ」
上空に浮いていた忘れ神が一瞬で目の前に移動してきた。
「そういえば約束したのだったな」
「っ、てめぇ! 止めろ!」
「なに、遠慮することはない、主はよく頑張った、これは褒美だ」
忘れ神の指が少しずつ近づいてくる。
「執着する故に争う、固執する故に苦しむ、何もかも忘却の彼方に置いてしまえば、幸福になれる」
「そんなもの私は望んでいない! 私は正義だ! 正義が私だ!」
「いいや、そのようなものはない、主だってわかっているであろう? 誰も、正義などという確固たるものを、求めていないと」
芯が冷えるのを感じた。記憶を、心を見られた。師匠にさえ言葉に出していなかったことをこの神は知っている。
「てめぇ……」
「この世に主の居場所はないのだ、もう、楽になってよいぞ」
神の指先が額に触れる寸前だった。鋭い音が通り抜け、神の指が消失した。
「何者だ!」
続けざまに鋭い音が襲いかかり、忘れ神が私から距離をとるように後退。空いたスペースに上空から放物線を描いて何かが落ちてきて、一面に煙をまき散らす。
「遅くなって、ごめんね火花」
背後から懐かしい声が聞こえる。
「連絡くらい入れろよな」
「じゃあ今度はスマホ壊さないでよ」
「あいよ」
早口で何事かが唱えられ、私を拘束していた縄が外れる。
後ろの奴を抱き上げ、ついでに遥香を拾い地上に向けて大跳躍。
外に出るとそこは昼間に来た神社の境内だった。
「ぷはー、しっかし死んでるかと思ったぜカンナ!」
「私も怖かったよヒバナぁ! ヒシ」
カンナが全身でしがみついてきた。
「ここの陰陽師たちが残した文献を漁ってたら、封印しているものの正体に気づいたの、式神で火花に連絡入れようとしたんだけど、その瞬間に記憶が曖昧になりだして、急いであのゴリラに車出させて、準備を整えてきたよ!」
「ありがとよ、正樹もサンキューな!」
返事はない。周囲の木々に身を隠して援護射撃に徹するつもりなのだろう。ホントそういうところは繊細だよなお前!
「火花、右手見せて」
「おう」
赤い紋章の入った方の白手袋を見せる。
素手で戦うことしかできなかった私を見かねてか、カンナが見繕ってくれた異常に丈夫な手袋。
カンナは私の手を取り、真剣な表情を向けてきた。
「本当なら今すぐ逃げてほしいの」
「私は誰だ?」
「正義だよ、私を救ってくれた私のヒーロー……うん、わかってる、火花ならそうするよね、なら、私も逃げない、火花、構えて」
カンナは紋章をなぞり何事かを呟く。赤い紋章が赤光を放つと同時、激痛が走った。
「……っ!」
「耐えて」
赤い筋が紋章を中心にして伸びていく。まるで白い手袋に血が通うかのように、無数の筋は白い手袋を真紅に染め上げる。
異質な存在を右手から感じた。気を抜けば右手だけではなく、全身を覆ってしまうかのような別の力が右手に宿ったことが分かる。
「何かが仕込まれてる気はしてたんだけど、とんでもない代物だなこりゃ」
「《竜手甲》、これならきっと神だって食らえるよ」
「あのホラは本当だったのか」
「うん、だからよく聞いてね、火花、あの忘れ神は神話にも伝承にも記されなかった流浪の神なの、普通、名もない神は意識を持たないないけど、あれは別、文献の推察だと、忘れ神の生まれはそれこそ人類史の始まりに近い、人の原始的な願いから生まれた、ほぼ概念に等しい存在なの」
「概念ときたか、私も戦うのは初めてだな」
「そう、普通に戦っても、きっと攻撃を当てることもできないよ、私も正樹も対霊武装をしてきたけど、それだって十分じゃない、だからこれは切り札、だけど諸刃の剣でもあるの、いい? 火花、《竜手甲》はまだこれでも完全じゃない、最後の封印は火花が解いて、解き方は……」
「大丈夫だなんとなくわかる、一回切りだってことも」
「……うん、きっと二回目はない、それ以上は火花ですら死ぬと思う」
「安心しな、私は正義だぜ、正義は死なないさ」
「ヒバナ!」
カンナが抱き着いてきた。その頭を数度叩き、地上に出現した忘れ神に向き合う。
「遥香のことは任せた」
「……うん、ヒバナとの約束なら死んでも守る」
私は拳を打ち鳴らし構えを取る。
全身を貫く痺れ、久しく感じていなかった死の予感を笑顔で噛み潰す。
「さぁだれが悪か、はっきりさせようか!」
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