第9話 誰も知らない神様

「はぁー、なかなか立派な神社だな」

「神主さんと巫女さんが、いつも綺麗にしていましたから」

くすみのない赤の鳥居に、綺麗に敷き詰められた真白の玉砂利。境内は山の斜面に作った平地にしては広く、周囲の木々は切り揃えられている。

静かで、厳かだ。近くに人が住んでいないのだから、当然なんだけど、それを置いても身の引き締まるような緊張感がある。敵意や脅威は感じないから、本能が反応してるのだろう。

念のため、警戒して鳥居を潜るが、反応なし。ここに。来るまでにも、特に襲われるようなことはなかった、街の防衛機能は入り口の式神だけのようだ。

あの物量だ、私達じゃなければ普通はやられてる。不用心とは言わないさ。

「陰陽道に神主とに巫女か……習合、混淆は日本のお家芸だから、不思議ではないけど、隠れ里にわざわざ置く仕事じゃない」

「確かに、そうですよね、周囲のみんなも特に気にしてなかったから、当たり前だと思ってました」

本堂の鍵をいじる。当然ガッツリと閉ざされていた。扉の隙間から覗いても中は真っ暗。

「先に謝っとくよ、ごめん」

「えっ、何がですか」

「ふんっ!」

 錠前で固く閉ざされていた社の扉を無理やり引きはがした。

「こ、こらぁああああ!! なんてことするんですか!?」

「だから謝っただろ、それより見てみなよ」

「だ、だめですよ! 神主さん以外中はみちゃいけないんです!」

「だろうね」

「…………えっ?」

「確かに、この神社に神はいないよ、もぬけの殻だ」

 社の中には何一つ物が置かれていなかった。それどころか、誰かが何かを持ち込んだ形跡、使われた形跡すら一切ない。綺麗な板張りの床と天井があるだけ。

「そんな、大事な神様がいるって」

「ここのことは、神主しか知らないのか?」

「……たぶん、大人だけが知ってる行事とかがあるので、本当は、知ってたのかも知れませんけど」

「カンナの受け売りだけどさ、日本の神様ってのは自然崇拝からきてる、ご神体の本体は山や川で、目の前にモノがあるなら、代替品を祀る必要はない……と私は思うんだけど」

境内をぐるりと一周する。本殿の他は社務所兼生活のための家しかない。宝物殿や手水舎はなかった。

「……遥香、この街には祭りってあったか?」

「春夏秋冬に、一回ずつありました、最近だと夏祭りですね、みんなで自慢の料理を出し合って、外で一緒に食べるんです、楽しいんですよ!」

「神輿とか、祭囃子ってわかる?」

「なんですか、それ?」

遥香は当然のように答えた。祭りは知ってる、けれど神輿や、祭囃子を知らない。

「……お祭りにはさ、神を楽しませるための儀式っていう面もあるんだ、神輿は神様の乗り物、祭囃子は神様用の音楽だ」

「へぇー、なんだか賑やかですね、私は、神様はいつも眠っているから、起こさないようにって教えられました、だから神社にも近づいちゃダメって」

「眠ってるか」

 なるほど、この街は、神を祀っているわけではない。むしろ表向きは神をないものとして扱っている。自然が御神体というわけでもなければ、他の存在を祀るでもない、そのくせ、神社があり、神の存在は匂わせる――――陰陽師達の、街。

「……嫌な予感がするぜ、この街の神の扱い、覚えがある」

「扱い、ですか?」

「ああ、神の秘匿ってのはさ、詰まるところ触れてはいけないってことの裏返しだ、例えば、悪い神を封印していたりとかさ」

「悪い神……けど、みんな、神を嫌ってはいませんでした、怖い感じではないんです」

 遥香は心細そうに目を彷徨わせた。賛同する住民はここにはいない。自分の常識が覆るというのは恐ろしいことだ。

「一旦みんなと合流しようか、あいつらもなんか見つけてるはずだし、敵が神なら神奈がいた方がいい――」

 静まり返った街に銃声が響いた。

  南南東、正樹が向かった方角。

「ちっ! 先手を打たれた!」

「だ、大丈夫なんですか!」

「危険を知らせる余裕があったんだから、死んではいないさ、それよりも」

境内の地面を這うようにして、猛スピードで符が飛び込んでくる。キャッチして紙面を読む。

『逃げて♡』

「余裕があるんだか、ないんだがわからない奴……これで決まりだぜ、正樹と神奈はリタイヤ、生死は不明だが、まあ生きてるだろうさ」

「……ご、ごめんなさい、私が助けを呼んだから、皆さんが」

「それは違う」

 カタカタと震えだす遥香の小さな肩を抱く。

「遥香は間違ってなんかいない、辛くて苦しくて悲しくて、声を上げていい、その声を、正義は絶対聞き遂げる」

「……はい」

 目の縁に溜まった涙を拭ってやり、誰もいない街に視線を巡らせる。

 肌がぴりつくこの感じ、暫くぶりの修羅場って感じだぜ。

「行こう、まずはカンナのいた方向に向かう。

 符には赤い糸が結ばれており、ずっと先まで続いていた。

「神様だか、なんだか知らないけど、私のダチに手を出したなら一発ぶん殴んなきゃね」

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