第5話 式神収穫祭
森に分け入り数十分。果たして、そこには、確かに人の住みかがあった。
しかし、どう見ても街といえる規模じゃない。
山間の平らな土地はほとんどが田畑で、少しばかりの建物が点在している。建物は木材で組まれた前時代的なものと、一階建ての簡素な家しかない。奥の方にはいくらか他の人工物も見えるが、電柱や、ポスト、ましてやコンビニやスーパーと言った、現代の街で当たり前の物がどこにも見当たらない。街というには粗雑で、かと言って村というには現代の文化が垣間見える、ちぐはぐな風景。
「んー、俺は馬鹿だから、街の定義ってわからねぇんだけど、これはなんか違くね?」
「私も、そう思うぜ」
「うー、まだ気持ち悪い、街じゃないならもう帰ろうよヒバナぁ」
「お師匠が言った街ってのが、どんなものかは分からないからね、行くぞお前ら」
「へーい」
「りょうかーい」。
おそらく入り口なのだろう、上部に藁縄の渡ったニ本の古木の前で、みなが足を止めた。
カンナが古木の感触を確かめ、犬の糞でも踏んづけたような顔をした。
「うぇー、随分古式な鳥居だと思ったら、これトラップだよ潜ったらなんか起こる」
「解除できないのか?」
「今の装備だと数時間くらいかかるかなー、ベースキャンプまで戻って準備してきた方が確実かも」
何があるかもわからない街だ。ちゃんと準備はしてきている。とはいえ、大掛かりな武器の類は荷物になるので、キャンプ地に置いてきた。一応二人とも主武装はあるので、そう簡単に遅れは取らないとは思うが……
「どこかの馬鹿が車壊しやがって……」
「ホントだよ、どこかの筋肉馬鹿のせいで……」
「人の愛車壊しといてよくそんなこと言えるなお前ら⁉」
「どうする二人とも、戻るか」
カンナと正樹はにこりと笑い、各々武器を取りだした。
「「まさか」」
「アッハッハッ! 野暮だったね! それじゃあまぁ、いっちょ派手にぃ、行きますかぁああ!!」
跳躍、勢いを乗せて、二つの柱を横なぎに蹴り飛ばす。古木はいともたやすくへし折れて、周囲一帯の空気を重くした。
「って、バカお前、わざわざぶっ壊す必要ねぇだろうが!」
「結界の中に馬鹿正直に入る方が危ないだろ、なら結界の境で戦った方がいいに決まってる、って思うんだけど、どう思うカンナ?」
「火花の判断ならなんでも正しいよ!」
「ほら」
「ほらじゃねぇだろ! ってなんかきたぁ!」
初めに変化の現れたのは目の前の地面だった。急に土の地面がポコリと隆起したかと思うと、土塊を巻き上げて、二メートル程度の白い帯がぬっと姿を現す。一つ、また一つと、地面が盛り上がり、あたり一面は白帯の畑に大変身。雑な切れ目で手と足が分割されているので、まるで大根だ。
「収穫し損ねた大根のお化け?」
「これ、陰陽の式神だよ……おかしいな、鳥居は古式神式なのに陰陽のトラップなんてあべこべ、しかも結界がまだ完全に消えてない」
「なんだよ、はっきりしねぇな、お前こういうのの専門なんだろ、ズバッと言えズバッと!」
「はー、聞こえないように言うけど、筋肉馬鹿死ねばいいのに」
「顔向けて言いやがったこいつ」
「楽しい話はまた後でだぜ、来た」
何が引き金になったかは分からないが、式神たちが一斉に動き出した。
「じゃ、前衛よろしくね、ゴリラとヒ・バ・ナ♡」
カンナが腕を振るうと、その手から細い糸が飛び出し、地面に突き刺さる。右が赤で、左が青。両の糸はピンと張りつめ、振動を繰り返すと、突然、ひと際遠くにいた式神がばらばらになった。
輪郭だけの鬼が二体、式神の残骸の傍らに立っている。片方の輪郭は赤、もう一方は青。糸でかたどられた二体は、大きく金棒のようなものを振りかぶる。
「義覚、義賢、やっちゃって!」
カンナの言葉に答えるように、鬼は大きく口を開いて、声なき咆哮を表し、周りの式神をバラバラにして見せた。
「ヒュー、流石、元教祖、下僕を使うのがうまいねぇ」
「んふふ、火花に褒められたから百人力だよー」
カンナの操る鬼がノリノリで金棒を振るう。
本来ならあんな簡単な依り代で複雑な戦闘は不可能。にもかかわらず、それを行えるのは、ひとえに彼女の出自に関係する。
御剣神無(みつるぎかんな)。その正体は今は無き新興宗教団体が生み出した人工の天才霊能力者。縁あって私が救ってからというもの、初めの人形みたいだった頃からは信じられない勢いで人間らしさを獲得し、今や私が引くほどの感情家になった。
「頼んだよヒバナ!」
「俺もいるってのッ!」
間近に迫った式神に対して、正樹が躍り出た。カウンター気味に突き出した手には、鋭利なナイフが握られている。正樹の腕が蛇のごとく式神を這い、式紙の体が崩壊。
「正樹!」
「分かってる!」
両脇から迫ってきた式神に対し、獲物をハンドガンに持ち替え、敵の大ぶりな攻撃をかわす。そして続けざまにツーショット。銃弾は見事に式神の額に風穴を開けた。
「でっけえ的だぜ」
「あいかわらず、武器の扱いがうまいな!」
「お褒めにあずかり、恐悦至極、ってな!」
言っている最中も近・中・長距離問わず、武器を持ち替え式神を倒していく。
見た目はゴリラだが、身のこなしは曲芸師も真っ青の超絶技巧。
本名は唐井正樹(からいまさき)。通称、《戦場士》。傭兵として中東紛争を駆け抜けたあらゆる武器を使いこなすオールラウンダーで、一度ドンパチした仲である。それからというもの、なんだか馬が合い、こうして何度か一緒に仕事をしていた。
(性格に似合わず、器用なんだけど、やっぱり性格がなぁ……)
眉間に風穴の開いた式神が、何事もなかったかのように襲い掛かってきた。
「うおっと! だめだこいつら! 動かねぇようにしねぇと動く!」
「そうだろうよ!」
奮闘する二人から離れると、目も鼻もない癖に式紙は正確に私を追ってきた。
両の手袋の具合を確かめて拳を構える。
(私にゃ、カンナや正樹のように技があるけじゃない)
「けど、悪いな、誰も正義には勝てないんだぜ!」
心奥に秘めた炉が熱く、熱く発熱する。血液はマグマに、肉体は鋼鉄と化し、溶け合い混ざり、正義が私を染め上げる。
燃え盛る炉に、魔法の言葉を放り込む。
私は正義、正義は私。
腰を落とし、拳を固める。構えた拳の文様が赤く光り、焼けるように熱くなる。
「歯があったら、食いしばれぇえ!!」
一線、打ち抜いた。
拳の直線状に穴が開く。空気が揺らぎ周囲の式神も地面も何もかもごちゃまぜにして飲み込んで、はるか遠くの民家までをも吹き飛ばした。遅れてきた破壊音と共に構えを解く。
巨獣の爪痕のような溝が地面に刻まれている。大挙して押し寄せてきた式神はほとんどが細切れになり、あたり一面綺麗さっぱり式神が消し飛んでいた。
「……ふー、軽いなこいつら」
「相変わらずデタラメだよな……」
「カッコイイよヒバナぁ! 抱いて!」
駆け寄ってきたカンナを手だけで受けて止めて、クルリと前方を向かせた。
「そら、おかわりが来たぜ」
またまた地面がぽこぽこと隆起し始めた。見える限りではじめと同じ量はいる。
「ちっ、空気が読めねぇくそカス陰陽オモチャめ、私とヒバナの蜜月を邪魔するやつみんな殺す!!」
「だー! こんなことなら爆弾とか持ってくればよかったな」
「なんだ、二人とも、お疲れかな?」
そういうと獰猛な笑みが二人分返ってきた。
「「まさか」」
「アッハッハ! 頼もしいなほんと!」
高揚感が胸を包む。迫りくる式神たちにビシッと指を差す。
「一匹残らず収穫だ!」
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