第4話 タイヤを止めるにゃ頭を使う

 私はなんでも楽しめる方だ。

 銃弾の飛び交う戦場は祭りの花火、嵐に揺れる船内は草原の丘を転がるようなもの。

 楽天的と言えば聞こえはいいが、正確にはおおざっぱなのだろう。

 正義は最強でなければならず、最強には脅威があってはならない。つまり私は鈍感で、あらゆる刺激を大味にとらえている。

 だからそう、山道の急なカーブが来るたびに、正樹がうずうずしていたのには気づいていたのだけど、放置していた。

 山間にあるというセイギの街に向かう道中。音楽と談笑と昔ばなしだけじゃ、ちょっと物足りないよね。

「ねぇ、ちょっと、ゴリラ、さっきから何をそわそわしてんのよ」

「がぁ!! もう辛抱できねぇ!!」

「ちょ、お前!!」

 もう何度目かわからない急カーブに差し掛かり、正樹がとうとうアクセルを踏み込んだ。

 車体は対向車線にはみ出し、後部車輪が上滑り、強烈なGがかかり、ジープの内壁に身が潰される。あー、この感覚はダンプカーにはねられた時の感覚に似ているなーとか思っていたら、ガードレールすれすれで全輪が地面を噛む。

「おいくそゴリラ! てめえいきなりなにしやがる!」

「山、車、急カーブ、せめるっきゃねぇだろうよ!」

 カンナは猫を被る余裕もないようで、口やら目や鼻やらから汁を漏らし、悲痛な声を上げながら正樹の首に手を伸ばす。

「俺は誰にもとめられねぇ!」

「ううううっぷ!」

 華麗なハンドルさばきで狭い山道を器用に蛇行。カンナの小さな体は揺り動かされ、右に左に上下に動き、オメメがグルグル渦を巻いている。

「アッハッハッハ!! ジェットコースターみたいだな!」

「お褒めにあずかり恐悦至極ってな! でもまだまだこれからだぜ!」

 目先には特大のUカーブ。久しぶりの日本で退屈していたので、いい余興だ。ドライバーとして雇うかなこいつ。

 とか思ってたら、バックミラー一杯に映るカンナの死に顔。あっこりゃまずい。

「そんなにスリルが欲しけりゃ、地獄にでもいけぇえええ!」

「ごフぇ!」

 カンナの手刀がヘッドレスの隙間を縫って正樹の頸椎に直撃。

 糸の切れた人形みたいに正樹の頭がハンドルに沈む。

「「アッ」」

 ジープはガードレールをモノともせず、突き破り、踏み台にして、天高くと舞い上がる!

 まあもちろん、羽根などないわけで、暫しの浮遊感を楽しんだ後は、フロントガラスに広がる木々の群れ。

 地上まで目算でおよそ30メートルくらいなので、こりゃぺしゃんこだな!

「アハハハ! ――死ぬぞぉおおお!」

「ごめえぇえん、助けてヒバナぁ!」

 割と余裕そうな声で抱き着いてきたカンナを、ひょいと担ぎあげ、ついでに正樹も抱えて、扉をけ破り、空へ。そのまま自由落下に身を任せる。

「サミー! 山はやっぱり冷えるなー!」

「ヒバナと空中散歩なんて、夢見た――い!」

「カンナは狂人の才能があるよねー」

 グングンと迫りくる木の幹に狙いをつけて、斜めに着地、反動で飛べれば面白かったけど、残念、根性が足りなかったらしく、木々は根元からミシミシと折れてしまう。

 棒倒しのてっぺんから落とされるみたいに木が倒れるのと、近くに落ちたジープの爆発音が重なった。

 熱風をコートでガードして、運よく難を逃れて転がってきたタイヤには、抱えていた正樹をぶつけて跳ね返す。あいつも本望だろう。

「……はっ! ぁあああ、俺の車ぁあ!」

 うわ、気持ち悪い。涙流しながら、タイヤにキスしてやがる。

「ヒバナ、見てあれ! 街っぽいのがあるよ!」

「よっし、不幸中の幸いってやつだな!」

「マイカーぁああ!!」

 タイヤを抱きしめて離さない正樹を引きずりながら、カンナの差し示す方へと向かう。

 いよいよ冒険の始まりだ。


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