第26話 無人の教会
前回のあらすじ。
図らずもまた一人勇者を殺すことに成功した。というか、人を殺すのに利用された。
簡素だったが、巫女の葬儀を終えた俺は街から離れた場所で待たせていたリューの元へ帰る。
「すう……すう……」
わさとらしい寝息とともに、リューが立っていた。絶対起きてるじゃん……。コイツ寝てる時寝息立てないもん。
「おい、起きろ」
「すう……すう……」
「いや起きろよ。起きてるだろ」
リューの脛を蹴るが、ビクともしない。ていうか、コイツ骨ないじゃん。キモ。
「魔王様今失礼なこと考えてません?」
「うおお!? いきなり起きるなよ!」
「ずっと起きてましたよ」
やっぱ起きてたじゃん……。
「そんなことより魔王様、私お腹が空きました」
「そうか」
「なのでしばらくここで待っててくださいね。すぐ戻りますから」
ひらひらと手を振りながら歩き去るリューを見送り、俺はその辺の樹の根本に腰を下ろす。
リューの食事風景は、旅の途中で何度か見たことがある。リューはあのシスター姿を擬態と言っていたが、サキュバスが肉の花と呼ばれることと合わせて、それらが嫌というほど納得できる風景だった。
ひだや触肢で体や衣服を模してはいるが、野生のサキュバスと同じでアレは常に裸なのだ。頭が割れて数本の触肢に戻り、風もないのに服が捲れて歯のない口が現れた時にはグロ過ぎて泣いた。そのことでリューやエィンには散々馬鹿にされからかわれたが、二週間口をきかなかったら流石に反省してくれたようで、リューは俺の前で食事をしなくなった。
ただ、リューはどうやら食いしん坊属性があるようで、雑食なのもあわさりなんでも口にしたがる。土や砂はまだ良い方で、俺の切り落とした髪やエィンの落ち葉を拾って服の中に突っ込んでいた時は一瞬なにしてんのかと思った。道端の石を持って帰る子供と同じやつかと。
いや流石にあれは食いしん坊キャラのすることじゃねーわ。腹が減ったからってハーピィの群れ食い尽くすかよ、普通。
「……おい待て、まさか街襲ってたりしないよな?」
あり得る。十二分にあり得る。リューは結局サキュバスとかいう紛れもない害獣だ。あの姿も過去に食べたシスターを模したものと言っていたし、疑う余地しかない。
アレは躊躇いなく人間を食う。
ついでに「魔王様が世界征服するための手助けですよ」とかなんとか言って俺のせいにもするだろう。
法王は人間にしてはやけに強かったけど、流石に天然のチート生物サキュバスには勝てないだろうし、そうでないにしてもあんな人間がホイホイいてたまるか。
こうしちゃいられない。魔王としての名声は勇者を呼び寄せる格好の餌になるが、別に俺自身は世界を敵に回したいわけじゃない。
「クソ、油断も隙もないな……!」
俺は勢い良く腰を上げ、リューが向かった方向、法都レスリリアへ向けて駆け出した。
「あれ、魔王様?」
駆け出した直後、リューとすれ違う。
「いやいるのかよ!」
なんだよ! 帰ってくるの早いな! びっくりしすぎて顔面から地面に突っ込んでしまった。
「慌てて走ると転びますよって、前にも言いましたよね」
「うるせ……」
差し出された手を取って立ち上がる。シミひとつないキレイな肌のリューと対象的に、俺は土や血で汚れきっていた。
そんなことを考えていると、突然リューの頭が割れる。
「へ!?」
なにごとかとリューから離れようとしたが、いつの間にか肩を掴まれており逃げることは叶わなかった。ホントにナニゴト……。
「転んだらどうなるかも、教えましたよね?」
「いやそんなもギャッ!?」
頭が触肢になったのに、どこから声が出ているのだろうか。生理的嫌悪感しか感じないサキュバスに舐め回されながら、そんな現実逃避をしてみた。
やっぱ魔王だからって魅了されないのおかしいと思うわ。つーかリューの口臭エッグいな! 臭ェ!
リューに全身舐め回され、正直精神的にまいってしまったので横になりたい気分だったが、また土で汚れたら舐め回されかねないので頑張って立っている。
「ツラ……」
精神汚染されないとか魔王最強じゃん! とか思ってたのを後悔している。精神汚染されないせいで精神ダメージ受けるとかヤバいでしょ。矛盾してるだろ、これ。
「さ、魔王様、ルフユカヘトヌへ帰りましょう」
「え、あそこ帰んの? 今?」
正直、頭がどうにかなってたとはいえ盗賊団の一員を殺してしまったから、なるべく近寄りたくない。巫女をあそこに連れて行こうとは考えていたが、それは他にマトモな城がなかったからだ。
獲物を麻痺毒でジワジワと殺す吸血鬼の森か、鼻が曲がるほど臭いワーウルフの寝床か、勇者を殺すためだけにあるトラップキャッスルか、どこにあるのか一見してわからない砂上の城か。
マトモそうなのがひとつもねえな、魔王城。ついでに知名度もない。観光名所行く気分で魔王城に人集まんねーかな。
「あ、そういえば魔王様、ひとつ思い出しました」
「え、なに突然」
どうせろくなことじゃないでしょ。
「近々、コハ連邦が吸血鬼討伐隊を組んで森を焼き討ちにするそうですよ」
「は? 焼き討ち? なにを?」
「エィンの仲間である吸血鬼です」
「天才か?」
人間はあの吸血鬼どもをどうやったら倒せるんだよと常々悩んでいたが、そうか、近付かずに火攻めにすれば良いのか。まるで思いつかなかった。樹木だからよく燃えるに違いない。
「めっちゃ面白そうじゃん! 見に行こうぜ!」
「魔王様……もう一回殴っておきますか?」
「え、ヤだよ」
もう頭おかしな状態じゃないだろ。
「そんなことより、どうしてそんなこと知ってるんだよ」
「それはもちろん、死をもたらすヘイルウェイ様からですよ」
祭壇のあるところでしか喋れないんじゃなかったのかよ。そんな風に疑いの眼差しを向けていたからだろうか、リューは楽しそうに笑う。
「近くにあるんですよ、ヘイルウェイ教の教会が」
「へえ」
そうなんだ。
「……え!? そんなのあんの!?」
「廃墟ですけどね。ヘイルウェイ教の信徒は私が食べたので最後だったみたいですし、教典は全部燃やされてますよ」
「え、いや、食ったの!? さっき!? 俺の信者だぞ!」
今すぐ吐き出せ!
「昔の話ですよ。魔王様が生まれる十年以上前の話です」
「なんだ」
ならいいや。
……ん?
「じゃあなんだ、今そこに人がいないってことか?」
「ええ、人はいないですね」
「……人は?」
「ええ、人は」
『人は』いないらしい。
「じゃあなにがいるんだよ」
「聞いたら後悔すると思いますよ」
「え、怖……」
なにがいるんだよ……。
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