第25話 顔のない勇者―3
前回のあらすじ。
生をもたらすレスリリアに仕える巫女をそれと知らず殺してしまったセイ。彼は魔王の赤い目から逃れるように、ユーリュルリュワン皇国にあるという城を目指したのだった。
リューに頭を蹴られ冷静さを取り戻した魔王は、服を血だらけにしたままレスリリア教会にやってきた。早朝のことである。
「おや、これはこれは……」
「これはこれは、じゃねーんだよ、タヌキ親父」
魔王は前蹴りを繰り出すが、法王はそれをひょいと避ける。
「お前、巫女を暗殺させただろ」
「仕方のないことです。世間にアレが巫女と知れれば、混乱が生じます」
「そんなの――!」
「我々のエゴです」
激昂する魔王を嗜めるように、法王は繰り返す。
「人間のエゴです」
「〜〜〜〜ッ!」
魔王は避けることのない樹の幹を殴る。その拳を法王は片手で受け止めた。
「私の前で無益な殺生はおやめください」
「……お前、ムカツク」
「申し訳ありません」
嫌味っぽく笑う法王を見て、魔王は拗ねたように鼻を鳴らす。
そんな魔王を楽しげに見下ろしながら、法王は小さく手招きをした。
「あ?」
「こちらへ」
法王が案内したのは、巫女が横たえられた木陰だった。巫女の遺体を見て魔王の瞳が一瞬で燃え上がる。
「この娘は、リリアンと名付け孤児院で育てていました」
牙を向いて走り出そうとする魔王の頭を掴んで制し、法王はゆっくりと語りだす。
「可愛い娘でしたよ。他の孤児達と変わらず、毎日を精一杯、精一杯生きていました」
老爺の顔は、ひどく穏やかだった。魔王をだまし、暗殺者を勇者に仕立て上げた狡猾な男とは思えないほどひどく穏やかで、
冷えた目をしていた。
「しかし、彼女には巫女となる素質があった。それを無視することも出来たが……知っての通り私は欲深でね、利用しないてなんてなかったよ」
「…………」
「ましてや、魔物の子とはね。娘のように思ってはいたのですが、法王がそれでは信者に示しがつかないでしょう?」
「いやお前……懺悔なら懺悔室でやれよ」
魔王の言葉に笑みだけ返すと、法王は白い頭を掴んでいた手を離し巫女の前で片膝を突く。
「私は詐欺師でした。それが今では、レスリリア教の法王……まったく、おかしな人生ですよね。本当におかしくて、面白い……」
法王はそっと巫女のまぶたを閉じる。
「私を殺すなら、せめてこの娘の葬式を上げてからにしてください。この娘もむくわれ、魔王の悪名も広まる。一石二鳥でしょう?」
「うわ、嫌な奴!」
嫌そうな顔をする魔王に法王は満面の笑みを向け、巫女を抱え上げる。
「現代では、魔物は弔わないのですが、起源を辿れば彼らもまた私達と同じ生をもたらすレスリリア様の御子です。簡素ですが、どうかお付き合いください」
魔王は無言で頷き、それに法王も頷き返す。
「ああ、それと」
魔王に巫女を埋葬させながら、法王は空を見上げる。
「例の勇者は魔王様の城に向かわせておきましたよ」
「俺の……って、どこのだよ」
「ハフフヘレナヤユです」
魔王は一瞬思い出すように考え込んだ後、嫌なものを見るような視線を法王に向ける。
「お前、知っててやってんの?」
「さて……どちらにしても、私はあなたに殺されるのですから、言っても意味のないことでしょう?」
「お前……ホント嫌い」
「申し訳ありません」
巫女を殺した翌日の昼頃、セイはハフフヘレナヤユという霊山の頂上に建つ城の前にやってきた。肩で息をしながら、休む間もなく門を押し開け城内に踏み入る。
「はあ……はあ……くそ、早く眠りたい」
夜通し走り続けたセイは――仮面の下に隠れて確認できないが――目の下に隈を作りながらも、油断なく城内を見回す。調度品の類はない。埃は積もっているが、目立った汚れはない。
ひどく無機質でゾッとするほど神秘的で、人どころか生き物の気配は全くない。
「っ!?」
なにかおかしい。そう感じ踵を返した頃には既に門は音もなく閉ざされていた。
「なっ!?」
開け放しておいたはずの門は、まるで意思を持ったかのように開こうとしない。入る時は簡単に開いたのが嘘のような重さだった。
「クソッ、なんなんだよ……!」
セイは門を殴り、振り向きざまに加速し廊下に並んだガラスのない窓のひとつに向かって身を投げる。本能から、逃走を図ったのだ。
「ガッ!?」
窓から飛び出すはずだった体は、しかし透明な壁に強く打ち付けられ廊下に転がった。なにが起きたのかわからないと言いたげな表情でセイは立ち上がり、窓に向かって手を伸ばす。
やはり、無色透明な壁が彼を阻んだ。
「なんだよ……なんなんだよ、これ!」
混乱し走り出そうとするセイ。そんな彼の前に、ロングソードを両手で持った鎧が立ちはだかる。その生気のない立ち振る舞いから、リビングメイルだということが容易に想像できた。
それ自体は別に驚くべきことではない。もともと魔物が多い土地のようだったし、異常に強いリビングメイルがいてもなんらおかしなことではない。それに、セイは何度かリビングメイル系の魔物と戦ったことがある。
「ッ!」
それ故に、彼は目をみはる。
「速い!」
ありえないことが起きていた。『超音速』のチートを与えられたセイに匹敵するの速さでリビングメイルが動いている。リビングメイルらしいぎこちなさがあるおかげで剣戟を避けられはするが、頼り切っていた速さが通用しないとわかった途端セイの頭の中は混乱しまとまらなくなった思考でいっぱいになる。
「クソ、強い!」
セイは以前倒したリビングメイルと同じように鎧の関節部を切断しバラバラにしようと試みるが、ロングソードの広いリーチに気圧され中々近づけないでいた。
チートが通用しなくなっただけで、こんなに弱くなるのか。
セイは自分の未熟さを思い知らされたようで、半ば自暴自棄になってリビングメイルに突進する。倒すためなら、多少の怪我も厭わない覚悟だった。
「――――」
「ガッ――!」
セイはリビングメイルの兜を殴り付けるが、逆に殴った拳の方が怪我をした。しかも相打ち覚悟で攻撃したことが裏目に出て、セイの左肩に深くロングソードの刃が食い込んでいる。
「ぐ……がっ……!」
獣のようなうめき声を上げながら、セイは目の前の鎧を蹴って後ろに転がる。肩から鮮血が吹き出し、ボタボタと床を青く濡らす。
「くそ、こんな怪我初めてだ……」
左肩を押さえ動かない左腕から止めどなく垂れる血を見ながら、セイは唸る。今まで擦り傷や指先を少し切る程度の怪我しかしたことがなかったため、止血の仕方がわからないのだ。
先程と変わらず機械的に剣を振り続けるリビングメイルが床に垂れたセイの青い血を踏む。そのまま転んでしまえとセイは祈るが、そんな都合の良いことは起こらなかった。
「……えっ?」
ハッと、セイは床を見る。
超音速の世界にも関わらず血が垂れている。
今まで、血は何度もみてきた。半日ほど前だって、鳥人間の魔王を殺したときもその首筋からゆっくりと滲み出る青い血を目にしている。
そう、滲み出るだけ。セイが速すぎて、超音速の世界では血などすぐには噴き出さない。
それがどうだろうか、超音速で動いているはずなのだから、肩を斬られてもすぐに血が噴き出すはずはない。心臓に近いとしても、右手に感じる溢れ出る感触はまだ早いはずだ。
それなのに、生温かく流れ溢れる感触はおさまらない。
「もしかしてコイツ……チートを無効化し――ッ!」
言葉の途中で、セイの胸から鉄の刃が生えた。振り返れないが、気配もしないが、いたのだろう。
勇者を殺すための、もう一体が。
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