第24話 顔のない勇者―2
前回のあらすじ。
三日前にレスリリア教の法王から依頼された魔王殺しをようやく達成したが、どういうわけか付き人を殺せなかった。
レスリリア教の法王から受けた依頼は「鳥人間のような姿をした魔王を殺す」ことだけだったが、念の為付き人の子供も殺そうとした。
だが、異様に硬かった。刃が通らないなんて初めてだった。あっちの方が魔王なのではないかと思ったくらいだ。
しかし、俺の速さを目で追えていたわけではないようだったので、それはないだろう。肌が浅黒かったので、噂に聞くゴーレムというやつなのかもしれない。人型ゴーレムは土木工事だけでなく愛玩や護衛にも使われるらしいのだが、皮肉だな。
どれだけ硬くても、速くなければなにも守れない。
「……しかし、どうするかな」
あのゴーレム、どうやら怒っているようだ。眼が赤々と光り出したし、なにやら俺の依頼主が法王であることもわかっているようだった。
放っておけば俺への手がかりを掴むかもしれないが、ゴーレムは奇跡ではなく魔法で動いたはずだ。最近のは二ヶ月保つようになったんだったか。短くはないが、長くもない。手がかりを掴んでも最速の俺を捕まえることはできない。
問題なのは、怒り狂ったアレが法王を殺してしまった場合だ。万が一その原因の一端が俺にあると思われでもしたら、一生世界のお尋ね者だ。まだ二十にもなってないのに隠居生活なんて嫌過ぎる。なのでさっさと殺してしまうに限るのだが……。
「……どうするかな」
ゴーレムの暗殺なんてしたことないから、殺し方がわからない。
とりあえず、魔王の遺体を回収しておこう。
ゴーレムのうなじをダガーの柄尻で殴り、振り返った隙を突いて魔王の遺体を奪う。
「……ん?」
魔王の体は羽根のせいかゴワゴワとした触り心地だが、血が抜けているにしては随分と軽い。もしかしてこの魔王……子供か?
「…………」
もしそうだとしたら、法王に文句を言わなければならない。魔王の親なんてどうせ大魔王に決まってる。俺がいくら世界最速だからって、大魔王なんかに狙われたら勝ち目なんてない。
早く対策を立てなければ。まずは資金を得るために法王から報酬を――
「あれ、魔王様じゃないですか」
「っ!?」
思わず声がした方を確認しながら木陰に隠れる。
「ア? お前……なんデこんなトこにいルんだよ?」
「いえ、魔王様の情けない姿が見れる気がしたので、遠路はるばるやってきたんですよ」
どこから現れたのかわからないが、姿は確認できないが女性の声だった。ひどく扇情的で蠱惑的で、聞いているだけで脳が麻痺してくる。そういうチートだろうか。いやそれより、彼女はゴーレムのことを「魔王様」と呼んでいた。
魔王だと? この鳥人間だけじゃなく、あのゴーレムも魔王だったのか。クソッ、聞いてないぞ!
「いやー、それにしても本当に情けない姿ですね。目なんて真っ赤に泣き腫らしちゃって。また勇者でも殺しちゃったんですか?」
「イや、まだダ。だガ殺ス」
土を踏む音がした。遠ざかっている。さっきの位置から考えて、まっすぐレスリリア教会に向かっているようだ。
「どこへ行くのですか、魔王様?」
「レスリリアの法王ニ会いに行ク。巫女ヲ殺サセたのハアイツだ」
巫女? この鳥人間の魔王は、神と交信する力でも持っていたのか。生をもたらすレスリリアに仕える法王が殺させたのだから……やはり対となる死をもたらすヘイルウェイだろう。その方が魔王らしい。
いやそんなことより、だ。ゴーレムの魔王はやはり法王のもとへ行くようだ。いきあたりばったりだが、先回りして手を打っておかなければ。
体感時間では一時間弱はかかったが、実際にはものの数分でレスリリア教会に辿り着いた。鳥人間の魔王は木陰に隠しておき、人の目を盗んで法王の寝室まで駆け抜ける。
寝室は真っ暗で、人の気配がない。日が暮れたばかりだからだろうか、もしかしたら夕食を食べているのかもしれない。
「おい、話が違うぞ」
「っ」
寝室に帰ってきて火を灯した法王の背後から、その首筋にナイフの刃を当てる。
「話が違う、とは?」
法王は驚いたように少し身を震わせたが、まるで首筋の刃に動じずに問うてきた。
「魔王が二人いたなんて聞いていない」
「魔王が二人いたのですか? 魔王は一人だけのはずですが」
「じゃああのゴーレムはなんなんだよ」
「ゴーレム……?」
不思議そうに考え込む法王を見て、俺は愕然とした。
まさか、知らなかったのか? そんなはずはない、確かにコイツは「王宮占術師の予言によると近い未来、魔王が現れる」と、「今はまだ脅威ではないが、鳥人間のような姿をした魔物を殺せ」と……。
まさかあのゴーレム、予言にない魔王ということか?
「クソッ! こんな依頼受けるんじゃなかった!」
金に目が眩んで後悔したことなんて何度もあっただろ、クソッ! 最悪の気分だ!
「ここは神聖な場です。発言に気を遣ってください」
「ああ……クソッ! 悪かったよ!」
ナイフを引っ込め、八つ当たり気味に法王のベッドを蹴る。靴を履いていたが、爪先が痛くなった。
クソ、クソッ! 魔王だと? しかも、あの魔王には精神に作用するチートを持ったなにかが側にいる。声だけで心を惑わせるだけならまだ良いが、サキュバスのように全身催淫作用の塊みたいなヤベーやつだったら勝ち目がない。
逃げるしかない。
「ああそれと……セイ様、こちらが今回の報酬と……せめてものお詫びです」
「報酬?」
報酬という言葉で反射的に振り返る。見れば、前払いとして受け取ったものと同じくらい膨らんだ麻袋があった。奪い取って中身を確認すると、金貨が詰まっている。金貨だ! 二百枚だろう。クソ、この金で何年遊べるだろうか。あの赤く光る目を思い出すだけで気が滅入る。
お詫びというのは……この古い地図のことだろうか。ユーリュルリュワン皇国南の山に印がつけられている。
「これは?」
宝の地図だろうか。
「古い伝手から聞いた話でして、そこにある城を凶暴な魔物が住処にしていて誰も近寄れないそうなのです。今もそうかはわかりませんが、魔物を退治すればしばらく身を隠せるのでは?」
「魔物……」
そうか、身を隠せばその間にゴーレムの魔王を殺すための準備が出来る。この金と、今まで貯めた金なら資金にも困らない。
「ありがとう。助かる」
「いえ。どうかあなたにも、生をもたらすレスリリア様のご加護があらんことを」
法王の祈りに感謝しながら、俺は地図が示す場所へ走り出す。
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